*あらすじ*
「本当に凄い夢って観たことある?」
潮見秋(しおみしゅう)は早朝の喫茶店で西沢瑠理香(にしざわるりか)にそう訊ねられた。
秋が偶然早起きして散歩をしている最中、数か月ぶりに思いがけず瑠璃花さんと再会してしまった。
二人は中学の同級生であり、そして中学三年の冬、数か月間だけ恋人同士だった。
秋はポンカンジュースを飲みつつ、瑠璃花さんとの出会いを思い返しつつ、瑠璃花さんに見惚れつつ、話を聞いていた。
そしていよいよ、瑠璃花さんは自分の観た『凄い夢』について語りだそうとしていた。
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「ぼくの夢はモノクロだよ」
「そう」と玲さんは答える。
思っていた以上にそっけない反応をされて、ぼくの調子はさらに狂う。
自分で話題をふっておきながら、瑠璃花さんはときどきこういうことがある。
「わたしの夢はね、色が付くことがあるの」
ストローで空になったグラスをいじっくっていたぼくは顔を上げる。
「へえ」
「凄いっしょ」
「うん」
「ねえ、本当にそう思ってる?」
「もしかして、凄い夢って、そういうこと?」
「なによ」
「あ、いや、別に」
ぼくは気が弱い。
「もちろん、これで終わりじゃないわよ。
いい?
ちゃんと聞いてよ」
そう念を押した瑠璃花さんは、なぜか、どこか哀しげだった。
黒い影が降りてきて、わたしは闇に包まれた。
体の奥の方で何かがざわめくような感覚があって、気付くと虎柄の空間にいた。
でも、照明が点いているの。はじめはずっと赤だった。
しばらくすると青と黄色。次々と切り替わるの。
目まぐるしくて、わたしは目を閉じてしまった。
そして再び闇に包まれた。
黒い影がすうっと消えていくのを感じた。
そのときようやくわたしは眠気を感じたの。
瑠璃花さんは噛みしめるようにゆっくりゆっくりと話をした。
時折、一生懸命思い出すようにして。
その表情はやはり哀しげで、切なくて。
「どう?」
「まるで作り話みたいだ」
「夢なんて、ほとんどが自分自身で作り出した、作り話よ」
「意外と覚えてるじゃないか」
「なに?」
「今の話。
夢のことさ」
「そうね。
覚えてないといったわりには」
「凄いっていうより、不思議って感じ」
「ねえ、シュウ」
「うん」
「わたしは何の夢を観たの?」
「それは、どういうこと?」
「そのままの通りよ」
「どうしてそんな不思議な夢を観たかっていう、深層心理いたいな領域をいっている?」
「そう。
わたしがどうしてあんな夢を観たのか。
それを知りたい」
「ぼくにわかるわけがない」
「……そう」
さっきの「そう」とはニュアンスが違うことぐらい、ぼくにだってわかる。
ちょっと冷たすぎたかなとぼくは思った。
でも、そんな無茶なお願いを安請け合いできるほど、ぼくはお人よしではない。
いくらぼくが気が弱いからといって。
「その夢に何か意味があるのだとしたら……」
「あるのだとしたら?」
「きっと、瑠璃花さんはひどく疲れていた」
「どうして?」
「赤や青や黄色なんていう原色に照らされるなんて、きっと疲れていたんだよ」
「ねえ、真面目に考えてよ」
それ以外にぼくに答えようはあるのだろうか。
そうだ、やはりぼくには瑠璃花さんのためにその答えを出してあげることはできそうにない。
でも、たった一つできることがある。
ぼくは、こういう不思議な話に幾度となく解答を出してきた人物に心当たりがある。
この四月出会ったばかりの、あの赤髪のクラスメイトだ。
「わたしの話はこれでおしまい」
瑠璃花さんはカップに残っていたコーヒーを呑み干すと席を立つ。
「先に行くわ。
シュウはしばらくそこに座ってなさい」
まるで母親のような言い方だった。
まあ、ぼくには母親がいなかったから、それが本当に母親のような言い方だったのか正確には断定できないのだけれど。
母親がいたのなら、きっとそんな感じなのだろうと思ったのだ。
「瑠璃花さん」
ぼくは慌てて瑠璃花さんを引き止めた。
それを察知してか、眉を吊り上げ少し驚いた様子で瑠璃花さんは振り返った。
「そうしたの?
わたしと別れが惜しい」
「うん」
「冗談よね?」
「心当たりがある」
「え?」
「今の話、夢のことさ。
解決してくれそうな人に心当たりがある。
だからそいつに話をしてみる」
瑠璃花さんは少し間を空けて「信頼できる人?」と訊ねた。
「信頼できる」
「そう。
わかった。
じゃあ、シュウに任せるわ」
「わかった」
二日後、同じ時間、同じ席で。
それだけ言い残して瑠璃花さんは店を出て行った。
ぼくは瑠璃花さんにいわれた通り、しばらくその席に座っていた。
ぼくは席に座ったまま、瑠璃花さんの観たという夢の話を反芻していた。
いよいよぼくが店を出ようと席を立ったとき、伝票がないことに気が付いた。
瑠璃花さんが伝票を手に取る瞬間を、瑠璃花さんがポンカンジュースを奢ってくれる瞬間をぼくは見逃していた。
その間、ぼくは瑠璃花さんの全てに見惚れていたのだ。