男はつらいよ 柴又慕情 その5 | 岩崎公宏のブログ

男はつらいよ 柴又慕情 その5

同じ旅館に歌子たちも宿泊していた。廊下をはさんで反対側の部屋で寛いでいた。みどりは「歌子さんたちと旅行するのもこれが最後か。結婚して子供を産んで、女の人生なんてあっけらかんとしてるわねえ」と言った。歌子はみどりとマリに小学校6年生のころに両親と多摩川の遊園地に遊びに行ったときのことを話した。母親がいなくなる2年前だと言っていた。マリは「幸せってどういうことなのかなあ」と呟いた。

寅が登と旅館の女中たちを集めて騒いでいたので、女将が寅の部屋に電話をかけて「隣の人がやかましくて、眠れんて言うてますから、静かにしてくださいよ」と注意した。女中たちがいなくてなって静かになったけど、寅と登が昔話をしてまた騒ぎ始めた。登は障子を突き破って廊下の転げ出てしまった。怒ったマリが顔を出して「静かにしてください」と注意した。

朝になって寅が起きたときに仲居から登の手紙を渡された。手紙には兄貴と一緒にいたいけど、京都の政吉親分に義理があるので先に行きますと書かれていた。寅は一人で旅館を出て行った。他の作品なら旅館への支払いに窮して揉めるというパターンになるところだけど、それはなかった。

歌子たちは福井の永平寺を見学したあと味噌田楽の店に入った。この店に先客として寅がいた。旅館に宿泊していたときには互いに顔は合わせていないので気がつかなかった。店の中で歌子がみどりとマリの写真を撮っているときに後ずさりして寅にぶつかってしまった。歌子は寅の身なりを見て素人とは思えず恐縮したけど、寅は三人に気さくに声をかけて明るく振舞った。

店のおばさんが三人にどこから来たのか尋ねると「東京です」と答えた。おばさんは寅にも「あんたも生まれは東京やったね。うちの娘も東京の巣鴨に嫁に行ってるがね」と言った。寅はおばさんに自分の故郷が柴又だと話して、30年も帰っていないなどと口から出まかせを語っていた。話しているうちに三人の女性のことを思い出して「こちらのお嬢さん方に何か美味しいものでも差し上げてください」とおばさんに伝えた。

食事を終えて店を出たときにマリが「記念写真を」と言ったので、寅は歌子とみどりと一緒に店の前に立った。マリがシャッターを押す直前に寅はいきなり「バター」と言った。第一作の「男はつらいよ」で御前様が奈良で使ったギャグが久しぶりに登場した。歌子とみどりは一瞬、唖然としたあと大笑いした。寅も「間違えちゃったよ」と笑っていた。

その後も越前海岸のそばを走るバスの中で「バター」のことで会話が盛り上がった。東尋坊ではわざと「バター」と言いながら写真を撮った。

夕方になり小さな駅のホームで寅が三人を見送った。歌子は「寅さんに会えなかったら、こんなに楽しい旅にはならなかったわ。お礼というほどのものじゃないんだけど記念に受け取ってちょうだい」と言って木の鈴を渡した。歌子は電車に乗り込んで先に乗っていたみどりとマリのところに行った。寅は電車の窓から三人に声をかけた。そして歌子に「こんなものもらって、お礼をしなきゃいけないんだけど」と言いながら、財布から金を取り出して渡した。戸惑う歌子に「いいって、いいって」と声を掛けて、動き出す電車を見送った。

寅は見送ったあと財布を見るとほとんど残金がなかった。歌子からもらった鈴を振りながら一人寂しく夕闇の町を歩いていった。