芸術家は沈黙を貫いた


彼は孤独を愛したのではなく

孤独にならざる得なかった


芸術家の沈黙は

お話にならないから

話さなかっただけだ



絶望でもなく

疲弊していただけ


疲れ果て

疲れ果て
とうとう

何も感じなくなって

何の疑問も持たなくなって

孤独も超えて

芸術家はこの世を去った



この世に生きた証を

あなたは残しておきたかったの?


問いかける私に

ただただ

口角を上げて


彼は変わらず

透明な顔をして

少しだけ

私の先を見ている



あんたなら払ってくれると思っていました



セカンドバックを小脇に抱え

新喜劇に出てきそうな

原色のスーツを着た

前歯のない男が言った



おたくが常識ある人でよかったですわ



指にタップリ唾液をつけながら

万札を数える



写真でしか知らない

思い出も何もない私に

用意されたのは

(子)と名前の書かれた借用書だった



この世に産み落としてくれた事への

感謝の代金にしては

安すぎると思いながら

ボロボロの借用書と領収書を

受け取った



またよろしく



喫茶店の窓ガラスから

流れる車に

米粒のような人の姿を

上から眺めていた



突然つながれた糸



ちゃんと育ってくれていて嬉しい



満面の笑みで抱きしめてくるその手は

土色で湿って

妙に生々しかった。