鈴木NG秀典ーだー。のブログ

唄うフードファイター、鈴木秀典 ( すずきひでのり) の、気まぐれダイアリー、的な!

ラーメン食いてぇかな?そんなに、、

テーマ:
テーマは、「ちょっと変わってるかな?って思うところ」。

僕って一体何者?
どっか変わってんのかな?

その昔、学生時代とかは、自分の感覚がヒトとズレてることを随所に感じ、やたらとコンプレックスみたいのを抱えて、自分の発する言葉やその内容のマイノリティ加減に嫌気がさしていた日々でした。みんなで話が盛り上がってる時に、なんか知らんけど、自分が合いの手とか入れたりするといきなりシーン、、となったりね、笑。
それは今もそんなに変わってないんだけど、、昔はそれを恥ずかしく思ったし、忌まわしくも思った。だから友達ができないんだとか、だから女の子にモテないんだーとか、そいつのせいにしてた気もする。

だけど、今は違う!
今は恥じらうどころか、それを「能力」だと思っている。「才能」とさえ思うこともある。自分の変わっている加減、バンザイ!てな具合に。

ヒトはみんなそれぞれに違う。みんな違ってみんないい、、みたいな。みつを的な。

みんな一緒じゃつまんないし、変わっていてナンボや!とも。

僕の生まれた昭和の時代は、左利きのことをギッチョと呼び、親はギッチョを世間体気にして恥ずかしがり、僕の周りのギッチョ君ギッチョさんたちも、誰もが無理矢理、右利きに直させられたりしてたものだ。中途半端に右手の鬼トレーニングされて、結局、親の目盗んでコソコソ左手で書いたりしてたから、わけのわかんない両利き状態が発生する。昭和は、今よりずっと区別差別の時代だったし、世間体気にするう風潮が強かったんだねー。

僕みたいに、音楽やってたりすると、変わってるヒトにはいっぱい会う。いや、むしろ、変わってるヒトしかいないと思うこともある。世の中的に変わってるっていうヒトは、わりかしアウトローな、人のやってないことをやっていたり、おかしい感じのことを追求してるひと。つまりは、僕もその一人なんだけど、、おかしいことは素晴らしいとも思う。誰もが同じである必要はないし、同じようにやってスタートラインはみな同じでも、みんな少しずつはぐれて違うものになっていく。だったら、最初から独自の路線を切り拓けばいい。ファニーでもクレイジーでも、それがひとの気を害さず、他人に迷惑をかける範疇のものでない限り、僕は応援する。ときに、こういう界隈にいると、自分より変わってんなー、、間違いなく!ってヒトと出会う。僕にとってそれは、それこそが、世の中で一番刺激的で、超絶恐れていることだったりする。ヒトと違う路線を、セーフかアウトか分からないような獣道を、なんの迷いも見せずヤラカシている、、彼らのことを敬意を込め、神と呼ぼう、笑。

つまりは、自分は変わっている。
、、と思う。

変わっていることがむしろ誇らしいし、変わっているひとがいるから、世の中、面白くなってるとも思う。ちょっと違うかも?だけど、、時々、妙な太極拳みたいな動きしながらゆっくりと尾崎豊の歌を叫び散らしながら塾の前を通り過ぎてくスキンヘッドでパンイチのおっさん、、かっちょいいもん!笑。「盗〜んだバイクで走りますぅ〜♪」って、、ちょっと歌詞間違ってて、しかも丁寧語だし、実際、ゆっくり太極拳しながらの徒歩なのに、、バイクって、、!ツッコミたいポイントはいっぱいあるし。

AB型は変わり者。コレはよく言われていることだったりするけど、むしろAB型族は、そう言われてほくそ笑んでいるに違いない。僕も含めて、彼らは変わっていることを至福の歓びとしているし、上記の例とは違うけど、自分たちの存在が世の中を面白くしているとさえ、思ってる。、、かどうか?は定かではないが、、

「楽しい」ことと「楽をする」ことは違う。楽しむためには多少なりとも苦労を伴うものだし、なんも努力しないひとに訪れるような楽はシャボンの泡みたいにすぐに消えちゃうものだからね。
それと同じように、「変わっていること」と「変」って言葉も、それぞれがどっかしらでつながっているような気もするけど、ちがう種類のものだと思う。

結論。変わっているってことはダイヤの原石だってこと。その存在に、その素晴らしさに気づかないうちはただの汚い石ころに過ぎないが、そいつが放つ異様なオーラに磨きをかけて、世に解き放ったら、その瞬間、新しい何かが生まれる!、、かもしれない。全くもって確証はないが。

改めて。鈴木さん、あなたは変わってますか?って聞かれたら、迷わずこう答えるだろう。

「イエス!キリスト!!」

シーン。。

そうなのです。この沈黙がたまんないのです。ミスター・マイノリティ。

人は皆一生、望もうと、そうでなかろうと、自分ってやつと付き合ってかなきゃならい。どんなにクセのある性格で、どんなにコントロールが難しいメンタルの持ち主で、どんなにブスブサイクな風体で、もういい加減ヤんなっても、自分っつー存在とお別れすることはできないもの。だったらいっそ、仲良く付き合っていけたら、、そんなに素敵なことはなし。自分のことをもっと知って、その特性に寄り添うように、できること、できないこと、色々とプランたてながら一歩ずつ進んでいけば良いのではないか?自分を知るためには、相手。誰かと話すことで、誰かとぶつかることで、誰かを認めたり許したりすることで、自分のことを一生かけて知っていけたらきっと、ニンマリと最期、終わることができるんじゃーないかな?

変わっている自分を受け入れて、それを目の前のひとの笑顔に変えていけたら、そんなに素晴らしいエネルギーはないよね。




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