国境に架かる虹(コンソ→モヤレ) | RAKUEN QUES†

国境に架かる虹(コンソ→モヤレ)


RAKUEN QUES†-チャットを嗜む男たち

エチオピア名物の嗜好品チャットを嗜む男たち。



結局コンソに3泊もしてしまった。宿は日中水が使えないし、しばしば停電するし、マーケット以外特に見るべきものもないんだけど。というのもコンソからケニア国境のモヤレ行きのバスが月曜日と木曜日、つまりコンソに市場がたつ日にしか出ないからだ。トラックのヒッチも試みたんだけど、そもそもモヤレ方面へ行く車がほとんどない。1日中頑張ればなんとかなるのだろうが、元来堪え性がないので1日2~3時間程待って次のマーケット・デーまでバスを待つことに決めたのだった。


バスを待つ客はほぼ全て現地人だったのだが、中にオランダ人の女の子が1人。アフリカが好きらしく、前の旅ではウガンダを2ヶ月(!)まわったらしい。この子もタフ(?)なタイプの旅行者で、この前別れたラテン3人組程ではないけど、とにかくどれだけ安く旅行できるかが旅の技術の高さ、つまりバックパッカーとして優れていること(なんだそりゃ)を示すと思っているタイプ。確かにそれが旅の技術の1つであることは否定しないけど、どれだけ気分良く心穏やかに楽しくいられるかが旅において一番重要なスキルだと思っている私とは相容れない価値観である。

RAKUEN QUES†-モヤレ行きのバス

マーケット・デーにはバスがずらり。



そんな彼女は南部名物のぼったくりが気に入らないらしく、「現地人価格じゃなきゃ、ヒッチするわ!」と鼻息が荒い。運ちゃんの要求する運賃は150ブル。距離を考えると高い。が、ヒッチするのも面倒だし、エチオピアのバスはしばしば前日に満席になるので、昨日既にチケットを手に入れていた私である。彼女はというと、100ブルまでしか払いたくないという。「今日バスを逃すと次のバスは4日後だし、ヒッチは結構難しいしヘタすると足元見られてバス代よりお金がかかるかもよ」と言っても、彼女は「それでも150ブルは払いたくないわ!」と一貫した姿勢を保っている。タフなバックパッカーなのだ。


このバスを逃すと彼女が困る(といってもそれほど大したことではないが)のが目に見えている。仏の生まれ変わりである私は、運ちゃんに「彼女もうケニア行くだけだから、お金あんまり持ってないんだって。安くしてあげてよ」と頼み込んだ。運ちゃんは最初は渋っていたが「本当に金持ってないのか?・・・しょーがねーなー。じゃあ100でいいよっ!」とディスカウントしてくれた。よかったね、オランダ娘よ。こちとらは150というぼったくりプライスを支払ってんのに人の運賃交渉をしてのける。心優しき紳士系バックパッカーの姿がそこにはあった。


バスが動き出した後、とっぽいあんちゃんが集金に来た。彼女が黙って100ブル札を払うと、10ブルのお釣りを返すあんちゃん。まわりの地元民もみんな100ブル払って10ブルのお釣りをもらってる。つーことは90ブルがローカルプライスなのね。ったく60ブルもぼったくんなよな~。


ともあれバスはモヤレへ向かって出発した。驚いたことに途中のヤベロまで全く他の車とすれ違わない。やっぱり車が少ないんだなあ。ヒッチしようと思っている人はそれなりの覚悟を。そして山を越え通り過ぎる村々には何族だかわからんが、様々なアクセサリーや衣装に身を包んだ少数民族の姿が。エチオピア南部は本当に少数民族が多いんすねぇ。


7時間ちょいくらいで国境の街モヤレへ到着。国境の街らしく、人が多くてゴチャゴチャして賑やかな街だ。今日はエチオピア側に泊まるというオランダ娘べルテと別れ、私は1人国境へ向けテクテク歩く。さあいざケニアへ。

RAKUEN QUES†-ケニアへ

さあケニアへ行こう。



国境の通過はスムーズだった。特に荷物チェックなどもなく、すんなり通された。そしてケニア側イミグレの職員たちがものすごくフレンドリーで、これからのケニアの旅に期待が高まる。


ケニア側はエチオピア側と比べるとこじんまりとしていて寂しい感じ。エチオピアにとってはケニアからの物資は重要だけど、逆はそうでもない。つまり国力の差ってことかな。さすが東アフリカ最大の都市ナイロビを擁するケニアである。世界最貧国のひとつのエチオピアから欲しいものなんてないぜ!って感じなんだろうか。あ、でもコーヒーは買った方がいいと思うぞ。ケニアのそのへんで飲むコーヒーマズイし。

RAKUEN QUES†-モヤレの街

宿のテラスから眺めるモヤレの街並み。このあたりからナイロビ行きのバスが出ます。



道を歩いていると向こうから学校帰りの小学生たちが歩いてくる。みんなインドの学生と同じように、シャツにネクタイ、その上にセーター。下は短パン。女の子はスカートといったいでたち。そういえばどちらも旧イギリス植民地だもんなあ。


シェリフホテルという中心部のしょぼい宿(ああ・・・、共同トイレの流れないウ○コ・・・)に投宿し、宿のテラスから街を眺めながらタバコを吸っていると、どこからか私の名を呼ぶ女の声が。最近・・・というか長いこと女日照りだったため、ついに幻聴まで聴こえるようになったのかっ?・・・と心配になったが、杞憂だった。声のする方を見下ろすとそこには見知った顔が。スーダン行きの船やハルツームで一緒だった韓国人のマリナだった。

RAKUEN QUES†-虹

偶然の再会を祝福するかのように空に架かった虹。



彼女はハルツームでのボランティアの後エチオピア北部をサクッとまわって、アディスアベバのマザーハウスに長いこと滞在していたという。この後はケニアのナイロビで韓国人聖職者の家に泊めてもらって、そこからまたアフリカ各地でボランティアをする予定とのこと。こういう旅行者は彼女だけではなくて、アフリカという場所柄ボランティアをハシゴしながら旅する旅行者は結構たくさんいる。


この日は再会を祝してローカルバーで乾杯。ケニア北部はムスリムが多いらしくあんまり酒を飲める場所がないみたいだけど、地元の人に警察署の側にあるバーを教えてもらったのだった。警察署の側のバーだったら、何か問題があっても警官がすぐ飛んできてくれそうっすね。あ、アフリカだからそんな機敏な動きは期待できないか。


地元民たちがぬるいビールをちびちび啜る中(ケニアではぬるいビールが一般的。冷たいのは体に悪いってこと?)、キーンと冷えたビールをぐびぐび。はぁ~、ケニアも悪くねぇなあ(即断即決)。

RAKUEN QUES†-ローカルバー

モヤレのローカルバー。



次回はナイロビへ向けて、途中の地方都市に立ち寄りながら移動の巻。
ほいじゃ、また。



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