アムステルダムでの奇妙な出会い | ◆雨要思考◆

アムステルダムでの奇妙な出会い

アムステルダムにいた頃に一人の日本人青年と会った。


市街を散歩していたら「日本人の方ですよね?」と声をかけられたのだ。歳は22か23くらい。背は余り高くなかったけど、ヨーロッパを旅している旅行者らしくおしゃれな感じの服装で、アジア・アフリカを抜けてきた僕と並ぶとかなり小奇麗に見えた。

着いたばかりで右も左もわからなかった僕に、彼は色々と道案内をしてくれた。話しているうちに、同時期にインドの同じ町にいたことがわかったりして、僕らはすぐに仲良くなった。彼はインドに行ったあと日本に戻り、また再び旅に出て、ここアムステルダムに来たらしい。そんな中、再び再会するっていうのも、考えてみれば凄い確率だ。


彼と共に行動して3日ほど経ったある日、コーヒーショップでぼんやりしていたら彼がおもむろにある話を打ち明けた。


彼は「実は今、ある日本人のおじさんと部屋をシェアしてるんです。」と言った。同じ日本人同士で1つの部屋を借りたりする事は、まぁバックパッカーの間では特に珍しいことじゃない。僕は黙って彼のその後に続く言葉を待った。

「そのおじさん、仕事でオランダに来てるみたいなんですけど、何かの理由でお金をなくしてしまったらしくて、泣いて頼むので僕10万円分ほど貸しちゃったんです…。」と彼は続けた。
ん?なんだそりゃ?と僕は思った。バックパッカーが貸すには額が多すぎるし、今までの旅の中で身につけた本能的な危機感が、その話に違和感を持たせた。


で、返してもらえるの?と僕は聞いた。彼は「それが…、必ず返すと言うんだけど、いつになるかはっきりとわからないらしくて…僕ももうこの町を出たいんですけど、出るに出れないんです」と言った。

その話を聞いた後、僕は古着屋を回ったりして、買い物をしたんだけど、一緒についてきた彼は何も買わずに寂しそうについてきただけだった。僕もかわいそうだなぁと思ったけど、立て替えてやるほどのお金なんてもちろん持ってるわけないし、うまい言葉が見つからずにいた。
その日の別れ際、彼が言った。「明日、そのおじさんと会ってみてもらえませんか?君の目で信用できそうな人なのか判断してほしいんです」。

おいおいおい、めんどくさそうだなぁ…と僕は思った。でも、その彼の困った顔を見ると断ることも出来なくて、わかったよと返事をした。


そして僕は次の日、その泣きながら青年から金を10万借りたという、おじさんと会うことになる。


次の日の夕方、その青年と待ち合わせをして、おじさんが待っているという食堂に、一緒に向かった。どんな人なの?と僕は少しでも情報を手に入れておこうと、彼に探りを入れた。彼は「とにかく不快な顔をしてるんです…。自分で一緒の部屋を借りておきながら、部屋に帰るのが嫌になるくらい…」と、本当に嫌そうな顔で言った…。なんだか僕までいやぁな気分になった。

やれやれ…と思いながら彼の後をついていった。店に入ると、そのおじさんはいた。日本人だからすぐにわかったし、本当に一目でテンションがガタ落ちする風貌だった。だらしなくお腹がぽこりと出た感じに太っていて、ジャケットのボタンが今にも外れそうだった。年齢も想像しにくかった。30代にも50代にも見えた。前歯がところどころなくて、「どうもはじめましてー」と笑ったような顔で挨拶されたんだけど、笑顔というには程遠かった。

あのー…なんか彼とても困ってるみたいなんですけど、お金なんとか返せないんですかね?と僕はサングラス越しにそのおじさんを見て言った。サングラスを取りたくなかった。

おじさんは汗を拭きながら「仕事でトラブっちゃって…」と、答えにならない返事をした。だいたい、仕事ってなんなんですか?もうこの町に暫くいるみたいですけど、会社の方に連絡したらどうですかね?と、なんでこんな奴と話さなきゃいけなんだって思いながら僕は聞いた。

おじさんは相変わらず、質問には答えずに「お金が戻ってきたら、おいしいもの奢るから。それとも『飾り窓』の方がいい?さっきかわいい子見つけちゃった」といいながら青年の肩をたたいたりしてた。

おっさん、そんなことはいいから、この人に早く金返しなよ。僕は段々めんどくささが苛立ちに変わってきた。「ちゃんと返すよ!」とおじさんは僕の目を見ないで声をあげた。

ため息が出たので、行こうか…と言って、青年を連れてその店を出た。


店を出て、なんであんなのに金貸しちゃったの?と彼に言った。彼は、「やっぱり怪しいっすよね…」と、暗い顔をした。絶対怪しいよ、ってゆーか一目見て怪しいじゃん!

彼は「それに最近、あのおじさん金を借りてる立場なのに、すげー偉そうなんすよ…。話していて俺の考え方とか笑ったりするんですよ!」と言い出した。1番やりきれないのは彼なんだろうし、僕も責めるのはやめようと思ってその日は自分のホテルに帰った。


その後もしばらく町で彼を見かける度に、お金返ってきた?と聞いたんだけど、何も状況は変わってない様子だった。そのうちに、僕がアムステルダムを出る日が訪れた。明日の飛行機でアムス出るよ、と彼に言ったら、「ご飯でも食べましょう」ということになった。


次の日、空港に向かう列車を待つ時間を利用して、アムステルダム駅の近くのコーヒーショップで僕と彼は落ち合った。ご飯もいいけど、最後のアムスなのでコーヒーショップを僕は選んだ。


あれからどうなの?と僕は彼に尋ねた。「なんだかもう自分が嫌になります。なんでお金なんか貸してしまったんだろう。インドにいた頃が一番楽しかったなぁ」と彼は今にも泣きそうな顔で僕に言った。相変わらず僕にはうまく投げかける言葉が見つかっていなくて、何かあったら連絡してよと、彼とE-MAILアドレスを交換するのが精一杯だった。飛行機の時間が近づいたので、それじゃそろそろ行くね…ここは僕がおごるよ、と言って会計を済ませて店を出た。彼は「どうも色々ありがとうございました」と言った。握手をして別れた。


アムステルダムを出た僕は、ネパールに行く用事があったので、カトマンズ行きの飛行機に乗った。
ネパール第二の都市ポカラという町にある「ヒマリ」というホテルに、自分の荷物を預けていたからだ。飛行機に乗りながらも、彼とおじさんの顔がチラチラしていて、なんとなくスッキリしなかった。


ヒマリホテルに着いたら、オーナーが出迎えてくれて「いつもの部屋空けておいたよ」と言って案内してくれた。

ホテルには顔見知りの旅人達が何人か滞在していた。その夜、彼らが僕の部屋に尋ねてきてくれて、「ヨーロッパどうでした?」という話になった。いろいろ話したんだけど、夜もふけた頃に、この青年とおじさんの話を思い出して、僕は一部始終を話した。


話を聞いてくれた彼らが、口を揃えて「その彼災難だねー」と言ったのだが、一人の旅人だけ違う意見だった。

「ねぇ、さっき一目見て怪しいってわかるおじさんって言ったよね?なんでそんな人にお金貸すのかなって俺も思ったの。なんだかひっかかるんだけど、彼らもしかしてグルじゃない?二人で君から金を取ろうとしてたのかなって思って…」と静かに言った。


それを聞いたとき、部屋中の会話がピタっと静かになった。
心臓がドキドキした。


いやぁ、インドでも見かけてた青年だし、さすがにそれはないんじゃないかなぁ…僕はそう答えながらもかなり動揺していた。

その旅人は「君、その人にお金いくらか渡した?」と聞いてきたので、いや、最後の日にコーヒー一杯おごったくらいかな…と答えた。「そうなんだ…。なんかごめんね、そういう可能性もあるかなって思って言っただけだから」とその旅人は言った。
次の日、インターネットカフェに行って、彼のE-MAILアドレスにメールをした。これを見たら今の状況教えてください、と。


その後、彼からのメールの返信は、何年か経った今でも返ってこない。お金が無事に返ってきて心配なくなったからなのか、僕がアドレスをメモった時に間違えてしまって届いてないのか、それとも彼の身になにかがあって連絡できない状況なのか、ポカラでの旅人が言うようにおじさんとグルで僕から金を取ろうとしてたからなのか、それともコーヒーショップでうたたねしてた僕の単なる夢だったのか(笑)。真相はわからない。


アムステルダムでのちょっと奇妙な出会い、奇妙な体験でした。