米国人監督が見たフクシマの被曝~映画「A2-B-C」 海外の映画祭で絶賛され〝逆輸入上映〟 | 民の声新聞

米国人監督が見たフクシマの被曝~映画「A2-B-C」 海外の映画祭で絶賛され〝逆輸入上映〟

来日13年の映画監督、イアン・トーマス・アッシュさん(38)のドキュメンタリー映画「A2-B-C」が14日、東京・渋谷で開かれている「ぴあフィルムフェスティバル」(PFF)で国内初上映された。海外の映画祭で高く評価されての〝逆輸入上映〟 原発事故後の福島の母子に密着した作品は、「ふくしま集団疎開裁判」の控訴審で証拠としても提出された。10月10日から山形市内で開かれる「山形国際ドキュメンタリー映画祭」でも上映。来春の一般公開をめざし、準備を進めている。


【被曝回避に取り組む母子に密着】

 映画は2011年3月22日の場面から始まる。

 〝ミスター100mSV〟山下俊一氏(福島県放射線健康リスク管理アドバイザー)にイアン監督が迫る。

 「癌になりませんと保証できますか?」と問いただすイアン監督に対し、山下氏は薄ら笑いを浮かべながら「ごめんなさい」。さらに「言えない。確率論だから。絶対ということは誰にも言えない。しかし、安心してくださいとお願いはできる。100%は科学にはありません。絶対エラーは起きる」

 71分間の作品中、イアン監督はそのほとんどを母親と子どもの語りに費やした。伊達市下小国地区で暮らす家族。0.2μSVを目標に始めたはずの除染はいつしか目標値が0.9μSVに引き上げられ、小学校も高線量のまま。イアン監督が小学校を直撃した際には、取材許可の有無にばかりこだわる学校側に「そんなことは問題じゃ無い。子どもたちの健康被害の方が大問題だ」と声を荒げる場面も。

 タイトルの「A2-B-C」は、福島県で実施されている甲状腺検査の判定をつなげた。「A2」とは、「5.0mm以下の結節(しこり)や20.0mm以下ののう胞を認めたもの」。今年3月、福島県立医大が伊達市内で開催した説明会では、鈴木真一教授が「A2判定は異常とみなされない」と発言しているが、甲状腺癌の発症を危惧する声は少なくない。

 作品中にも、実際の検査の様子やA2判定を受けた子どもたちが登場する。幼稚園に通う女児が、緊張した表情で検査を受ける様子が印象的だ。

 「子どもをメインに考えて。後は観た人がそれぞれに、何が大事か考えてくれればいい」とイアン監督。除染作業や食品検査、甲状腺検査を丹念に追い、派手なBGMも使わない。代わりに、子どもたちが笑顔で遊ぶ様子が随所に挿入されている。別の作品を目当てに来場したという男性(29)は上映後、「子どもたちの姿が印象的だった。こういう情報は普段、テレビや新聞では分からない」と感想を語った。
民の声新聞-イアン②
民の声新聞-イアン
「ぴあフィルムフェスティバル」での上映後、観客

からの質問に答えるイアン監督。左は、フェスティ

バルディレクターの荒木啓子さん

=渋谷・シネクイント


【息子の変調、変わり者との陰口】

 作品に登場する一人、福島市内に住むAさん(39)は、中学1年生の息子と小学校3年生の娘の母。
 「初めは、同じ考えのお母さんたちもいたんですよね…」と振り返る。やがて、被曝を回避しようと気を付ける母親は一人減り、二人減り。そして誰もいなくなった。ついには「私はここに住むと決めたんだから、そういう話(放射能、被曝)はしないでよ」と言われてしまった。ただ子どもを守りたいだけなのに…。夫の知人が「お前の嫁、変わってるな」と話したのが耳に入ってきたこともあった。独りぼっちで子どもを守り続けてきた。

 「この子を見ていると、放射能って本当に存在するんだなって思いました」

 原発事故直後、自宅近くの水田でカエルを捕まえて遊んでいた息子。やがて赤い発疹が全身に出た。医師には「風邪だが白血球が減少している」と診断された。なぜ風邪なのに血液検査をしたのか?いまだに疑問のままだ。

 夜中に、大量の鼻血を出し貧血状態になったこともあった。夏休みなどを利用し、あらゆる場所に保養に出した。長野、沖縄、京都…。保養に出すと、薬を塗らなくても発疹は消えた。「とにかく、福島を離れなくては」。もちろん、そう思った。避難したいと夫に申し出たこともあった。だが、夫は首をたてに振らなかった。息子も友達と離れたくないと嫌がった。「離婚してでも逃げろ、という人もいるでしょう。でも、この子たちにとっては父親は父親。それに、無理矢理連れて行った先で心が歪んでしまわないかと不安になりました」。

 〝あの日〟を境に自分の身に変調が起きたことを理解している息子は、屋外で遊ばなくなった。福島のものも食べない。「倒れた恐怖があるんでしょう」とAさん。息子の甲状腺からは2㍉ののう胞が見つかった。娘が将来、不妊になってしまわないか、そちらも心配だ。
 「被曝被曝って、身体は何でもないじゃん。そういうこと言うのやめてよ」。そんな言葉を浴びたこともある。「こんな小さな子どもたちが被曝の恐怖と闘っているんです。ここで流されたらこの子たちを守れません」。息子は高校受験を待って福島県外に進学させるつもりだ。

民の声新聞-福島大
福島市内にある福島大学のキャンパスは、いま

だに0.5μSVを超す個所がある。原発事故から

2年半を経ても子どもたちを取り巻く環境は決し

て改善されたとは言えない=福島市金谷川


【ドイツからの激励。「あなたたちは正しい」】

 気付けば皆、泣いていた。

 6月下旬、伊達市内の民家で開かれたドイツ映画祭「NIPPON CONNECTIN2013」の報告会。イアン監督は「ニッポンヴィジョンズ賞」受賞の喜びを分かち合うとともに、映画制作に協力してもらった母親たちにぜひ、見せたい映像があった。ドイツ映画祭の観客からのメッセージだった。現地フランクフルトで審査員を務めたPFFの荒木ディレクターも「絶望的になっているお母さんたちの気持ちが伝わってくる作品。福島はこんな状態なのか、とすごい反響だった」と話すほど、上映後の反応は顕著だったという。
 「低放射線は1ベクレルからリスクがあるんです」。ドイツ人医師は言う。別の女性は「子どもたちを心配することは間違っていません。子どもたちの安全や未来を心配し怒ることは当然です」。

 出演した母親たちへの激励の言葉が次々と映し出されると、母親たちはハンカチで目頭をおさえた。映像が終わる。しばしの沈黙。そして、誰ともなく口にした。「やっぱり間違っていなかったんだね」「本当にありがたい」。ある母親は「イアンのインタビューを受けたことがきっかけで、自分の思いを口にすることができるようになった」と振り返った。「海外の方が私たちに寄り添ってくれているね」とも。誰もが「被曝を心配し過ぎ」と揶揄された経験を持つだけに、ドイツからの「あなたたちは正しい」というメッセージは本当にうれしかったのだ。
 母親たちとの再会を、イアン監督はこんな言葉で締めくくった。

 「取材させてくれて、ありがとう」
民の声新聞-報告会①
映画に出演した母親らを集めて開かれた、ドイツ

映画祭の報告会。現地から寄せられた激励の言

葉に、母親たちは涙を流した


(了)