翻弄され続ける住民たち~続・高線量の伊達市霊山町下小国地区 | 民の声新聞

翻弄され続ける住民たち~続・高線量の伊達市霊山町下小国地区

依然として高線量状態が続く伊達市霊山町下小国地区。小学校では200μSV前後の非常に高い放射線量が計測されたほか、市による「特定避難勧奨地点」の指定に伴い、住民同士のぎくしゃくした人間関係は修復できないままでいる。除染しても安心して生活できるほどまでには下がらないのが実情で、この夏、小学校の屋外プールが使われなかったのがせめてもの救いだ。2カ月ぶりに訪れた同地区で、あらためて放射能汚染の実態と原発事故の罪の重さを実感した


【保護者が動揺する、と高線量を伏せていた小学校】

息子を伊達市立小国小学校に通わせる母親(40)は、息子が持ち帰ったA4判一枚のお知らせに目を通しながら、こみ上げてくる怒りを懸命に抑えていた。

今月19日付で保護者に配られた「学校を取り巻く放射線等の状況について」。

まるで胸を張っているかのような文面。12日に市教委が行ったホットスポット調査で179μSVの個所が見つかったこと、除染をしたこと。そして、「3.9μSVまで下がりました」。

依然として3.9μSVもあるのに「下がりました」とはどういうことか?担任教諭との連絡ノートで)疑問をぶつけると、教頭から自宅に電話が入った。

母親「なぜ、唐突に市教委のホットスポット調査が行われたのですか」

教頭「その前日、ある住民の方から市に連絡があったのです。線量を測ったら高い数値が出たと」

母親は、教頭の口から次々とついて出る言葉に思わず耳を疑った。

「今回、高い値が計測された個所は学校敷地外ですから(学校とは関係ない)」、「ロープを張って立ち入り禁止の表示をし、子どもたちにも近づかぬよう伝えてありますから大丈夫ですよ」。挙げ句には「実は、200μSVほどもある個所があることは、以前から知っていました」と言う始末。

母親は、当時のやり取りを苦笑交じりに振り返る。「呆れるしかないですよね。体育館にフェンス一つで隣接している排水溝なのに、敷地内か敷地外かの問題ではないでしょう。では、あそこにサリンを撒かれたら関係ないのか。変質者がいたとしても敷地外なら対応しないのか。そんなことで、本当に子どもを守る気概があるのでしょうか。それに、『下がった』という言葉は、放射線量が0.9μSV以下になってから使って欲しいですよね。感覚を疑います」。

しかも、学校側は以前からホットスポットがあることを知りながら、これまで一切、保護者に伝えていなかった。市教委の調査が入らなければ、表面化しなかった可能性が高い。

「そういう情報こそ、きちんと保護者に知らせるべきなんです。そうして適切な対応をとることで子どもたちを被曝から守ることができる」と、母親は教頭に抗議をした。教頭は慌てる様子もなく、淡々とこう言ったという。

「皆さんが動揺するといけないのでお知らせしませんでした」

母親は確信した。この学校では子どもを守れない。

だがしかし。

仮に年度途中で転校した場合の子どもの心、購入してまだ5年しか経っていない自宅のローン…。息子にとって何が最善の選択なのか、夫婦の話し合いは続いている。
民の声新聞-②小国小学校
民の声新聞-小国小学校

校門では0.6μSV前後。しかし、屋外プールに隣

接した用水路に移動すると3.0μSVを軽く上回った

=伊達市立小国小学校


【地域のきずな修復のため集団訴訟も】

伊達市は地区全体ではなく、一軒一軒の放射線量を測ったうえで、数値に応じて「特定避難勧奨地点」の指定を決めた。そのため、隣接した住民同士で指定の可否を巡って軋轢が生じた。指定を受けられなかった住民は、やり場のない怒りを他の住民に向け、指定を受けられた住民もまた、なぜか肩身の狭い生活を強いられる。

「コミュニティは壊されたまま。誰一人、加害者ではないのに…」

ある男性(68)は、指定を受けた途端に指定から外された住民から「卑怯者」となじられた。玄関の施錠などせずとも大丈夫なほど平穏な集落に刻まれた亀裂。自ら手を挙げたわけでもないのに悪者になってしまう住民。そこで、小国地区の住民を平等に扱ってほしいと、全世帯への損害賠償金の支払いを求めて東電を相手取り400人規模の集団訴訟を起こす計画が浮上。既に弁護士を交えた話し合いが進められている。

話し合いに参加している住民は言う。「仮に10万円ずつでも賠償金をもらえれば、それを指定から外されてしまった住民に回すことができます。こうでもしないとコミュニティは修復できない」

だが、一度生じた不信感は容易に払しょくされない。指定を受けられなかった住民から「そんなに金が欲しいのか」と声があがったという。関係者は「誤解なんですよ」と話す。

「賠償金を獲得できたら、もちろん指定を受けた住民は金はもらいません。二重取りなんかしませんよ。その金を集めて指定を受けられなかった人たちに均分するのです」

原発事故前の平和な集落を取り戻したい。先の男性は言う。「被害者同士がいがみ合ったって仕方ないんです。壊れてしまった地域を直すには、指定を受けられた人間が率先して声をあげないと先に進みません」。

男性の自宅からほど近い砂防ダムの一角には、除染で生じた汚染土の仮置き場が設けられている。黒や青のシートで覆われた汚染土。宅地だけでなく牧草地の表土はがしも始まった。男性の自宅は10月下旬にも除染が行われる予定になっている。
「除染に向けた市の調査で、雨どい直下は129μSVもあった。これがこの地区の現実です。除染をしても孫を招くことはできないでしょうね。事故前まであんぽ柿とワサビで生計を立てていた同級生は嘆いていますよ。『もう、生きている間はどちらも駄目だろうな』って」

民の声新聞-牧草地の除染
下小国地区では牧草地の表土を削り取る除染

作業が始まっている。汚染土は砂防ダムの一角

に仮置きされる


【除染しても0.9μSVまでしか下がらない】

子どもの顔の高さで1.5μSV。手元の線量計の数値にため息をついていると、近所の女性が「1.5?ずいぶん下がったね。昨年はその何倍もあったからね。それでも高いのだろうけれど、つい、そう感じてしまうね」と話しかけてきた。

女性にとってはこの1年半、怒りと悲しみの連続だった。

栃木県宇都宮市に嫁いだ娘は妊娠したが、原発事故のため実家に戻ってくることができなかった。放射線量が軒並み10μSV近くに達していた。やむなく女性が宇都宮市内のアパートを借りて娘の世話をした。家電製品はリース品を借りた。後に、実費を東電に請求したが認められず、他の住民同様8万円だけが支払われた。「原発事故がなければ不要だったお金なのに、全額自己負担になりました。結構かかったんですよ…」。

今年4月、待望の赤ちゃんが産声をあげた。あげるはずだった。しかし、新しい命は呼吸をしていなかった。那須塩原市内の大学病院に緊急搬送された。脳に重い障害が残ると言われたが、それでも命だけは助かって欲しいと祈り続けた。赤ちゃんは翌日、天国に旅立った。あまりにも早すぎる別れだった。

「今の時代、新生児が亡くなるなんてほとんど聞かないのにね…。原発事故の影響なのか何だか分からないけれど。ここも早く安心して子どもが住めるようになって欲しい。でも、市は『除染目標は0.9μSV』と言っているしね。除染してようやく0.9μSVなんてどうなっちゃっているのか…」

女性の自宅も来月、除染作業が予定されている。市の線量調査では、1mの高さで1-2μSV、1cmの高さではいまだに10μSV近い数値が計測されている。放射線量は決して、下がってはいない。
民の声新聞-試験圃場
作付け再開に向けて試験栽培が始まった水田で

も、空間放射線量は軽く1.0μSVを超える


(了)