被曝に障害の有無は関係ない~世界初の視覚障害者向け「しゃべる線量計」 | 民の声新聞

被曝に障害の有無は関係ない~世界初の視覚障害者向け「しゃべる線量計」

福島で開発され商品化された視覚障害者のための「しゃべる線量計」が、世界に向けて売り出されることになった。開発に奔走したのは、福島県盲人協会専務理事で県点字図書館長や県視覚障がい者生活支援センター所長を務める中村雅彦さん(65)。11月に都内で催される視覚障害者のためのイベントで披露されるほか、タイ・バンコクで開かれる世界盲人大会でも紹介される。中村さんによれば、放射線量を音声で示す線量計は世界初。福島原発事故は、被曝の危険性が障害の有無に関係なく及ぶことを改めて浮き彫りにした。「しゃべる線量計」は、視覚障害者が身の回りの放射線量を把握し、自分の身を守ることの一助になっている。

【障害者自ら放射線量を確認し、身を守るのは当然】

 原発事故後、集まりがあるたびに視覚障害者から音声で放射線量を知らせる線量計への待望論が相次いだ。福島県によると、県内の視覚障害者は約6100人。声で知らせる体温計や体重計はある。だが、未曽有の緊急事態にもかかわらず、自分の力で身近な放射線量を確かめることができない。夏になると福島県内にも広く線量計を持つ人が増えたが、どれも画面に表示されるばかりで、耳で認識することができない。知りたい、確かめたい─。肝心の地元放送局は放射線量をテロップで流すばかり。新聞の細かい文字が認識できようもない。一方で、ラジオ局の放送からは、ただならぬ雰囲気が伝わってくる。

 「住まい周辺の放射線量を知り、高ければ避けるようにするのは障害者も同じです。でもね、人に尋ねているばかりではプライドが許さないのです。やはり人間ですからね。自分で確かめたいと思うのは当然です」

 付き合いのある視覚障害者からの要望の多さを受けて中村さんは世界中のメーカーを探したが、音声式の線量計はない。秋になり、福島生まれの線量計「ガイガーFUKUSHIMA」が開発されたことを知り、製作にあたった三和製作所(安達郡大玉村)に打診。「なんとかできるのではないか」との回答を得て、本格的に開発に乗り出した。

 「とにかく地元で作ろうと。さすがに多くのコストがかかりました。まず基盤を作るのに200万円かかる。私にはそんな大金は用意できない。でも熱意が伝わったのでしょうか、後の販売代金で賄うということでやってくれました」(中村さん)

 苦心したのは、既にある「ガイガーFUKUSHIMA」にどうやってスピーカーを取り付けるか。上部に音量を調節するつまみを付けているが、それを何ミリ出せば邪魔にならずスムーズに回せるか、合成音声の周波数は何ヘルツにするか…。試作は続いた。音声は実際に視覚障害者に聴いてもらい、1500ヘルツに決まった。取扱説明書はCDで用意した。こうして企画立案から2カ月で、世界初のしゃべる線量計は誕生した。

 放射線量は、左側面のオレンジ色のボタンを押すと「れい、てん、いち、はち」などと流れる仕組み。計測中は「チッチッチ」と細かい音が流れていて、線量の高い場所では音が小刻みになるようになっている。

 中村さんは、梱包用の箱も地元の菓子箱製造メーカーに発注するなど、細部まで「made in FUKUSHIMA」にこだわった。「価格が5万円と高くなってしまったのですが、地元行政を中心に200台は売れました。行政は無料貸し出しに活用してくれているようです」

 バンコクでの世界盲人大会で披露されるのは、英語版のしゃべる線量計。線量計が必要になるような事態は歓迎しないが、必要なのが現実。世界中の視覚障害者に届くよう、販売ルートの拡大に奔走することになる。
民の声新聞-しゃべる線量計①
民の声新聞-しゃべる線量計②
福島県盲人協会が開発した「しゃべる線量計」。

側面のボタンを押すと放射線量を声で知らせる。

英語版では「ワン・ポイント・ゼロ・エイト」


【知人からもらった線量計を読めない】

 二本松市から福島市内の点字図書館に通っている男性職員(30)が放射性物質の拡散を実感したのは3月20日頃のことだった。

 震災後、地元ラジオ局の放送ばかり聴いていた日々。

 「初めの頃は、そこまで深刻だという認識はなかったんです」

 ラジオでは、「レントゲン撮影数回分の線量です」という〝安全〟アナウンスが繰り返された。浜通りの原発が水素爆発を起こしたことは知っていた。しかし、漠然とした不安で心がもやもやとするばかりで、「恐れるべきかどうかさえ、良く分からなかった」。
 そこに飛び込んできたラジオニュースで、ようやく緊急事態の一端を知ることになる。

 「福島市で20μSVが計測されたというんです。ヤバいことになっているんだと、初めて実感しました」

 ちょうどその頃、インターネットで交流している趣味の鉄道愛好家仲間が線量計を送ってくれた。自宅の周辺を家族に測ってもらったら、1.5-2.0μSVもあった。危機は遠い街での話ではなかったのだ。

 しかし、線量計の数値を目で確認することは叶わない。男性は生まれつき全盲。インターネットも、読み上げソフトを活用している。線量計を職場に持参して計測してみたが、屋内にいる他の職員のもとに線量計を持って行くうちに表示された放射線量は下がってしまい、正確な数値を知ることができない。常に誰かが横にいて測れるとは限らない。そんな中で開発されたのがしゃべる線量計だった。

 「リアルタイムの放射線量を自分で確かめることができるのがこんなにも良いものかと思いました。携帯電話ほどの大きさだから持ち運びにも邪魔にならないし、地面すれすれにかざしても音が聴こえますからね」

 自宅のある二本松市は政府による避難指示対象地域ではないが、決して放射線量が低いわけではない。しかし、具体的に避難することを考えると、やはり不安が大きいという。

 「避難所に行くにしても、大勢の人で混雑している中で生活していくのは大変だろうと思います。ましてや県外避難なんて…。そもそも、そこの地域に視覚障害者すら就労の機会が少ないなかで、『他県から来ました』と言って果たして雇ってもらえるのでしょうか」
民の声新聞-福島県盲人協会
デイジー(デジタル録音図書)の編集をしている

ボランティアスタッフ。最近は、点字図書よりデジ

タル録音図書へのニーズが高まっているという

=福島県点字図書館

(了)