07) 見知らぬ路地 | BIG BLUE SKY -around the world-

07) 見知らぬ路地

07) 見知らぬ路地  Like the Story of "Semley's Necklace"

ドライバー氏は、路地表示板を見逃さないように、慎重に白タクを走らせる。
ここですね。
ソイ-4の表示板を見つけて白タクは左折し、車一台で幅一杯の道をゆっくりと進む。
路地の正面には、ワットの門が色鮮やかに輝く。
記憶に残るワットとの距離感に頼るかのように、Erika はドライバー氏に車を停めるよう頼んだ。

Erika は車を降りて、周囲を見回しながら母親に電話をする。
母親の住む祖父の家が、どこにあるのか分からない。
ここを訪ねるのは、十代前半の時以来なのだから無理もない。
経済成長期を経て、路地は一変していたのだろう。
電話を受けた母親が出て来た家は、数軒離れたところだった。

母親はバンコク市内に住んでいたのだが、数年前に郷里のヤソートーンに義父を連れて移り住んでいた。
Erika は、見知らぬ外国人を連れて来たことを、何と説明したのだろうか。
母親は、詳しい事情を聞かずに歓迎してくれた。
母親は英語を話すと聞いていたが、英語で話しかけるのは憚り、片言のタイ語で挨拶を交わす。

南側の路地に面した玄関を入って、古いソファが有る部屋を抜けると、40平方メートルほどの大きな部屋に出る。
大きな部屋の東側は調理場で、西側には囲われた水周りが有り、西南の窓側に大きな木製のテーブルが置かれていた。
促されてテーブルに着き、母親が入れてくれたコーヒーを頂く。
Erika によると、昔はこの大きな部屋には水牛が飼われていて、二階にお祖父さん一家が住んでいたそうだ。
言われて見ると、この部屋は屋外との境界が曖昧な造りに見える。

外へ行きましょう。
二階から義父が降りて来ると、Erika は避けるように外へ出て行った。


BIG BLUE SKY -around the world--0701_路地裏の生垣
[路地裏の生垣,ヤソートーン] (2012)


玄関を出た右手の縁台に腰を下ろして、Krong Thip に火を点ける。
昔、向かいにはバナナの木が有りました。
そこには新しい二階建ての家が立っている。
バッファローがいて、遠くからからかって遊びました。
新しい家には車庫が有り、狭い路地を車が走り抜ける。

隣りに並んで Krong Thip に火を点けると、庭先の打ち水が涼風を運ぶ。
今は前と一緒ではありません。
横浜で何度も聞いた Erika の口癖を思い出す。
その言葉は、今この時にこそ相応しい。
まるで Erika は、遠く故郷を離れて苦労を重ね、ようやく先祖伝来の首飾りを手に入れて、故郷へと戻ることが出来た "セムリ" のようだ。

"Semley's Necklace" を知っているかい?
Erika は知らないと、日本人のように首を振って答える。
"浦島太郎" を知っているかい?
そう訊ねることは出来なかった。


⇒§08) 母と義父の家


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