19) 無我の相、忘我のダンス | BIG BLUE SKY -around the world-

19) 無我の相、忘我のダンス

19) 無我の相、忘我のダンス  The State of No-Self, Dance in a Trance

Erika は席に戻って来るなり、黒いドレス・シャツの若者に強い口調で何か言う。Annie と Lily が若者を庇っているようだが、Erika は耳を貸さない。若者は弱った顔をして、自分の席へと戻って行った。Erika は、若者のことを、Annie と Lily から遠ざけようとしているようにも見えた。

「馬鹿な人よ」

Erika は不機嫌そうな顔でビールを飲んだ。Annie と Lily は不満そうだったが、Erika には反論しない。Annie もビールを飲み、Lily はワインクーラー SPY を飲んだ。


BIG BLUE SKY    ~旅の空の下で~-1901_naightmarket
[ナイト・バザールの煌き] (2011)


ステージに DJ が登場して、大音量でエレクトロニカが始まると、Erika の様子は一変した。目を閉じ気味にして、表情が有るとも無いとも取れる面持ちとなり、身体が小刻みに震えた次の瞬間、椅子の上に立ち上がって踊り出した。およそ 30センチ四方の狭い椅子の上で、Erika は今日一番の激しさで踊る。Annie と Lily もそれに続いた。

Erika は忘我の境地に達している。何も考えず、何も見えておらず、ただ踊っているとしか思えない。やがて Erika はプールの縁に登る。50センチほどの幅しかない縁の上で激しく踊っていると、いつバランスを崩してプールに落ちても不思議ではない。炎のように燃え立つ忘我のダンスだ。

他に踊っている客は数えるほどしかおらず、まして椅子の上やプールの縁で踊っている客はいない。Erika のシャツが裾からめくれて、胸と腹と背中のタトゥーが弾むと、他の客の視線は釘付けになる。DJ が Erika を煽るようなことを言うが、当人の耳には届いていない。


BIG BLUE SKY    ~旅の空の下で~-1902_naightmarket
[ナイト・バザールの煌き] (2011)


やがて Annie は踊り疲れたかのように椅子から下りて、激しく嘔吐する。気が付いた Lily も椅子から下りて、Annie を快方する。Erika はそんなことには全く気付いていない。

無我と忘我は類義語か対義語か、それとも全く異なる事象を指す言葉なのだろうか。

Erika は大きく目を開けてプールの縁から飛び下りると、私の手を引いてテーブル横の通路へと誘う。すると周囲の客も、誘われたように立ち上がって踊り始めて、Lily と Annie も加わる。フロアは霞み、テーブルもライトもプールの水もビートを刻む。Erika を中心に巻き起こった集団トランスは、DJ プレイが終わるまで続いた。

Erika と私は建屋の端へ歩いて、風の当たる場所に腰掛ける。熱帯特有の湿った甘い風がぬめるように通り抜けて行く。熱帯の風を頬に感じて、異国の煌きの中でチルアウトに浸った。


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