15) 幾分か欠けた満月
15) 幾分か欠けた満月 A Little Bit Waned Full Moon
テーブル席へ戻ると、一人の若者がやって来た。黒地のドレス・シャツの胸に、赤・黄・白で大きな鳥のデザイン画が刺繍されている。細身で色白の若者は、爽やかな雰囲気を漂わせる。横に来ると髪の香油が匂った。Erika たちとは顔見知りのようで、Annie,Lily と親しげに言葉を交わす。
Erika は歓迎していない様子だ。不機嫌な表情をして、黙ってステージの方を見ている。
若者が、一緒に踊りましょうと私を誘う。初対面の挨拶なのかもしれない。若者が憎めない気がして、立ち上がって一緒に踊る。Erika はそっぽを向いたままだ。
しばらく一緒に踊ると、若者は一礼して去って行く。目で追うと、女性数人と一緒の席に着くのが見えた。
Erika に、あの若者は何だろうと聞いてみる。
「馬鹿な人よ」
Erika は、若者のことを好ましく思っていないようだ。
[ライトの煌き] (2010)
Erika から、外へ行って一服しましょうと促され、手を引かれて一緒に店の外へ出る。店の入口を左側へ出た一角が喫煙所になっていて、高さ 1メートルほどの長い壷型の灰皿が数本置いてある。
壁にもたれて空を見上げると、雑木林の上に月が見える。
「フー・ムーンね」
タイ訛りの英語で フー・ムーン は満月のことだが、満月からはもう幾日かが過ぎている。月齢を重ねた月は、右側が幾分か欠けていて、とても満月には見えない。Erika はプーケットにいた私の元へ、"今日のフル・ムーンを楽しんで下さい。そしてアユタヤへ来て下さい" とメールを送って来たではないか。それでも Erika は、月を見てフー・ムーンと繰り返す。
「今、1時半だから、もう少ししたら、次のお店へ行きましょう」
そこまで聞いて、フル・ムーンはオール・ナイトの符牒ではないかと思い当たる。フル・ムーン・パーティのように、オール・ナイトで行くつもりなのだろう。今日はアユタヤの長い夜が堪能できそうだ。
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