8月3日 夏のカサレスに行きたい!


「そこはどこ?行きたい」と言うカツを連れまだ暗い朝7時バスターミナルへ。行きたくても乗り継ぎがわからず日本人はあまり行けないんだろうけど、私には慣れた行程で地中海沿いのエステポナで乗換え14時前カサレス到着。私にはスペインで1番落ち着く白い村だからワァワァ騒ぐ奴らとは一緒に来たくないとさえ思い、人に教えたいような教えたくないような村…


アレ?村の入口やあちこちにネオンが飾られている。なんだ?いつもの宿のオバチャマに宿をとりがてら聞いてみた。今夜から3日間FERIA CASARES(年一度の祭カサレス)らしく宿もないという(*_*)。
困ったぞ、馴染みのBARでVINOを一杯飲みカツを残し、再度宿のオバチャマに「ハム屋の店先でいいから泊めて!祭見に来たんじゃないよ偶然祭なだけやんか…月曜までバスもないんだよ」とカタコトでくいさがる私。
やった!一部屋確保。ステージライブの出演者達に宿を貸切とかで、私の為に空けてくれた。しかもいつもの広場に面した部屋、知らない人達ありがとう。
テクテクと城へ上がり、修復工事が進んでいてガッカリ。少し昼寝して21時下のBARへ行くと去年会ったオヤジにつかまり、FERIAの仮設テーブルでセルベッサ(ビール)飲む飲む。で、とうとうダンスの輪の中へ引き込まれ。くそぉ、こうなりゃ踊ってやる!
それにしても凄いぞ。あの静かなひとけのないカサレスに仮設とは言え遊園地も出来てるしなんだこの大騒ぎは。ここもパンプローナみたく朝まで騒ぐのか?
もう飲めないし踊りたくないよと03時宿に戻るが、やはり朝6時まで目の前のステージでライブは続いた。
とんでもないぞ。ここはホントにカサレスなのか?私の白い村なのか?

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8月1日 グラナダは今日も暑い!
久々に中華料理屋で破格値6EのMENU DEL DIA(本日のランチ)。まずは、カーニャ(生ビール)を飲みながらチャイニーズサラダとフライドライスと牛肉オイスタ-炒めを選ぶ…デザートはアイスクリームと杏露酒。満腹だぁ。

21時.サリータ達と待ち合わせフラメンコを見に行く。今日の会場は『CORRAL DEL CARBON』という歴史ある建造物のパティオに夏の7.8月に14日間だけオープンする野外劇場 らしい。ステージと300席の椅子が並ぶ。勿論毎回売切れ状態だ。
今日は、若干16才で各コンクールを勝ち抜いてきた若手パトリシアの踊りが見れるから客席の熱気が凄い!第一部フラメンコギターのJHANが登場し一時間みっちりと聞かせてくれたおもしろかった。思えばフラメンコギターをここまで聞くのは初めてだった…
そしてパトリシア登場。ホントにこの人16才なのか?ちょっと鳥肌が立つ。隣の席でサリータが言うにはスペインでよく見る昔ながらのフラメンコとは違って彼女なりのニューステップやダンスが取り込まれた新しいフラメンコらしい。終わる頃には300人総立ちだった。踊っていた時とは別人に見える彼女の、照れたようなそれでいて誇らしげな顔が印象的だったよ。パトリシアの未来に乾杯!

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ひょえ~。本日のレート


なんじゃこりゃあ~!


1E=198円ですと!いきなりの25円アップはダメですやろ?毎晩のBARのVINOも自粛しなくちゃなんね。あまりの事にクラクラ(*_*)。

7月27日 サンニコラスから 気を取り直し、クソ暑い午後3時アルバイシンの探索に行く。夕べ遅くに同じPISOに入居したカツも初グラナダだから一人じゃ行けないって同行する事になった。
プラサヌエバからダロ川に沿って石畳を歩きチャピス坂を上る(これを右にのぼるとジプシーが住む洞窟住居があるサクロモンテだ)。私はアルハンブラからアルバイシンの路地を眺めるのが好きだけど、いざこの路地に入ると結構キツイ坂道と階段が続いていて息が切れる。慣れてる私でもこうなのにとふと振り向くと汗だくのカツがいた。ゴメンゴメン早足過ぎた?しかも今日は43゜だしこんな暑い時間にこんな上までよくついてきたもんだ。
サン・サルバドール教会をちょっと覗き、更にぐりぐりと階段を昇る。サンニコラス広場到着。ホラ!アルハンブラの全景だよ。グラナダ到着すぐにこの景色を見たカツは汗を拭くのも忘れしばし見入っていた。私も初めてサンニコラスからアルハンブラとグラナダ市内を一望した時は妙な感動だった事を思い出した…。


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7月23日 アルコス 午後新しいケータイが無事に届いた!ありがとう。
ケータイが届くの待ってたんじゃないけど、久しぶりにアルコスに来た。グラナダからだと3時間バスでセビージャ乗り換え2時間で私が5番目位に好きなこの街に着く。うまい乗り換えを使わないと一日で着かないからホントに今日はうまく行ってよかったヨ。
久しぶりに来たけどアルコス・デラ・フロンテーラは以前よりもまた観光地化が進んだ気がするなぁ。銀行とか商店が並んだ通りもお店が増えて延びた感じ。バスターミナルやインフォメーションがあって整地された新市街よりも、白く塗られた段差の低い坂道のような階段が上へ下へと入り組んで続く…この旧市街が私は好きだ。今の時期は扉を開けてあるから家々のパティオが覗けたりしてそれもワクワクする。外からはわからないのにパティオ自慢の人達がたくさんいておもしろいんだ。アルコスの教会はとても小さい、でも入って祭壇前に座っていると何とも言えない気分になってくる。すごくいい教会なんだろうな。
そうそう、以前会ったオヤジ達は元気にしてるのかな?でも今夜は飲み歩かず日暮れの遅いこの街の景色でも窓から楽しむ事にしよう。
アルコス…ゆっくりしたいけど明日ヘレス経由で戻るからそうもしてらんないや。どうも私は行きにくいトコに何とか無理矢理行こうとするクセがあるみたいだ


7月20日
今夜は10時からライブを見に行く。
よく行くBARのリチャードが(彼も以前DOGHOUSEというパンクバンドのドラムスだ)前座で出演する
というから見に行くよ。
サクロモンテにあるこのステージ凄い!
午後9時半ステージバックのカーテンが開くと夕焼けのアルハンブラ宮殿がそこにあった。
上空に薄く月もでていて。自然の演出ってなかなか見れるもんじゃない。

リチャード達が終わり『ダブアイヌバンド』が始まった。アイヌ?どんな楽曲なんだろう…
何だか放心状態の2時間が終わった。なんか感動(:_;)
アルハンブラもちょうど夕闇に消えていた。街におりて打ち上げの準備だ。アイヌのメンバーもお腹
すかせてくる事だろう。
それにしてもなんでグラナダでフラメンコ以外で感動してんだろう。
もう日本を離れて随分たつし音楽から離れてたせいかなぁ。
いいもんを見せてくれて、これもありがとうだね。ライブ写真がなくて残念だ。

晴天なり
夕べもケータイ君が『生きてるよ』と言ってるのか…ピーと音をたてていた。
でも画面出ないの(*_*)

こっちでは修理も何もできないらしいし困ったな…。
日本に電話してケータイを機種変て形で何とか遠隔操作できないかと思い付いた。でも日本のケータイ屋にそんな込み入った電話するのに公衆電話じゃいくらかかるかわかったもんじゃない。

スペイン偉いゾ!凄いカードを発見!
写真がないのが残念だけど…
カード名も洒落てる『JAZZカード』。たったの5Eで日本の固定電話になら2時間ケータイにでも48分
話せる。
なんていいカードなの!ほお擦りしちゃったよ。
そのカードで私の地元のケータイ屋にかけまくり、同時に唯一私の渡欧を知ってる友人に委任状を操
作してもらい、機種変OKになった。
海外では出来ないと思う事もやればやれるもんですありがとう。
EMSという郵便で一週間もすればNEWケータイが海を越えてやってくる。
それまで写メも撮れない、ケータイ君に入ってる写真も日本で取り出せるんだろうか…この旅の記録
写真がなくなるのかもしれない、ちょっと淋しい。


7月14日 おいBARサーモンアボカド 本日のココのBARのTAPAはパンにアボカドディップとサーモンが乗ったヤツですうまいです。
パンプローナに置いてきたダイチャンからメールがきた。

 

『牛追い初出場果たしたよ!朝6時に申請し薬とか酒やってないか厳しくチェックされ。いざスタートて時に、忍ばせたデジカメが見つかり没収されたが仕方ない。途中、牛を避ける出場者達の将棋倒しにあい軽傷。でも無事どうにか闘牛場まで完走。
いやはや、救急車に乗ったやつ、前歯を失った女の子、牛に突かれたやつ、大変な祭です。思いは遂げました君達の思いも牛に伝えたからね』

 

よかったダイチャン無事だった。

と!ケータイ持って10うん年でやっちまった。GパンのポケットからBARのトイレにダイブした私のケータイ…。3秒後救出→電池パック抜く→PISOに戻りドライヤ-する・・そして朝まで生死をさまようが、ピーと音をたてて画面は戻らないまま息絶えた。

んが~!メールも送れんやん写メも出せんやんどうすんのコレ?



7月8日 昨日はサンフェルミン祭初日…宿を探して疲れはて朝8時スタートの牛追いに間に合わず。一般家庭までバリ高値で部屋を貸す街と化していた。


夕べの私ら:HIROがバルセロナから同行させたダイチャンが一言「オレ、寝袋と二人用テント持ってますよ」
わぁい!と荷物預け所からソレを出して来てもらい、祭参加者や見物者とゴミでごった返す広場の一角にテント設置。巨大仮設BARとステージがあり朝まで大騒ぎらしい。
明日は私らも牛追うゾと6時に目覚ましをセット(この音響じゃ寝れないけど)し夜1時テントへ。
来るわ来るわ、メガホンをテントに向け歌うヤツ、テントに飛び乗るノンダクレ、テントのファスナーをチチチと開け「このホテル泊まれるのか?」と聞く酔っ払い、もちろんスペイン語だからこちらも答える「コンプレート!」(いっぱいだよ)てね。
あげくのはては朝4時壊れるかと思った。テントを持ち上げながら怒鳴る オマワリ「POLICIA!テント片付けろ」あぁ…あとたった2時間寝かせてよ。テントの軸を外しひらべったい寝袋みたくして入ったらオマワリがにんまりして立ち去った。いいの?これなら?変な街だよまったく。
あんだけ層になったビンやらゴミやらはスタート前に清掃車とデカイホース車で水洗いされた。大変な作業だねこれは。
で、肝心の牛追いは朝8時スタート。毎朝組み立てられる牛追いコースのフェンスに陣取ったが途中飛び入りはダメだとまたPOLICIAにフェンスから出されてしまった。でも頑張って人垣をくぐり牛は見た!写メなんてとても無理だ。人に押されて死ぬかと思ったよ。
牛追い祭って、一週間毎日あるけど朝の一時間で6頭を闘牛場まで追い込みその日の闘牛で全部殺されていく…なんだかなぁ。
HIROと私は今夜のバスでそれぞれ戻る事になったけどダイチャンは「牛追いに参加するまで帰らん」と牛追い祭のプログラムを手に明日の出場を申し込んだ。彼の成果に期待しよう。死ぬなよダイチャン。


7月7日 日、六月始めにグラナダを去ったHIROよりメールあり
「7/7朝パンプローナで会いましょう!こっちはバルセロナから行くよ」そうだ!
パンプローナの牛追い祭じゃん!せっかくこの時期にスペインにいるんだもん行かなきゃ。
無謀だけど朝現地で巡り会える事を祈りつつ、昨日16時のマドリ行バスに乗った。
0時パンプローナ行(私のは5号車、どんだけの人が行くのか?)に乗換え朝4時半パンプローナの、ターミナルでもないわからない街角で降ろされた。
ゲ!こんな時間にのんだくれがウジャウジャ歩いてるし街中30㎝高のゴミで埋もれている。
大袈裟でもなんでもない!プラスチックコップやらワインのビンやらが踏まれて割れて積み重なり層になってる。
牛よりココでコケルほうが危険かも…私ブーツ履いてて正解かも。ビーサンだったらいろんな物が下から突き刺さるよ。
一時間ほど代わる代わる酔っ払いに寄られ、何とかかわしていたら。あ!そこで黙って見てるのはHIRO?
アハハ、会えるもんだねビックリだね。「いやぁ…。ちょっと前に着いたんだ。似てるなと思
ったけど知らない所だから、まさかすぐ会えると思わないし、酔っ払いかわすのうまいなと見とれてたよ。久しぶり」おい!さっさと声かけろヨ。
さて、ホテル探そうか?あれ?友達連れてきたの?3人じゃホテル無理かもね。と、夜明けのゴミに埋もれたパンプローナの街をうろうろするハメになった。私達、牛は追えるのだろうか…
一日間違えて見れなかった開会式の様子を人から写メ転送してもらった。見たかったな赤と白の群集。

7月1日
バルセロナ二度の滞在でお世話になったヒサさんがグラナダにやって来た。
先日から「話したい事あるから会いに行くよ」と電話があってたけど本当にやって来た!
14時カテドラル前のバス停で二ヶ月ぶりに再会の抱擁。彼女は街の温度掲示板で39゜ってのを見ていきなり汗をかき始めた。数字で見ちゃうとクラクラしたらしい。こんなのグラナダじゃ当たり前なんだけどバルセロナから来ると暑いんだそうだ。
ヒサ「グラナダ何年ぶりかなぁ。丸24時間の強化合宿みたいや~。BAR回りよろしくな!」てアンタ、私と話したいから来たんやろ?BARが目当てか?
一応同じPISOに部屋をとるため大家さんのフラメンコショップへ。
そして早い夕方からBAR巡りを開始!ヒサさんはバルセロナ歴19年だけど元々九州女だから酒はイケるらしい…
しかぁし気合いはあるものの4軒目で「もう飲めん(-.-;)」とは。
彼女はグラナダのBARで一杯ごとに出てくるTAPA(生ハムとかの小皿オツマミ)に興味をもち、自分は酒をコーラなんかに変えて私のVINO(ワイン)に付いてくるTAPAの写真をとりまくる。
たしかに私もそれはよくやったなぁ。
BARごとに違うし次に何が出るか楽しみでついついVINOがすすんでしまうんだよね。
8軒目に私のお気に入りCASA DE VINO へ連れてった時にはヒサさんもVINOが復活し「いい店だわぁ」の連発。そうして私らのBAR巡り合宿(?)は04時終了!
PISOへ戻りますか。きっとヒサさんの話しに捕まり眠れない夜になるんだろうな…彼女はこの秋に日本へ帰る決意をしたらしい。わざわざ私を訪ねてくれたヒサさんのいろんな思いを聞く。
それもまた一興。