ヨガの方法論 Methodologies of Yoga Throught Historyと題した講義。
忘れないように記録しておくと、、、


ヨガの実践の目的は?
カルマからの解放であったことを、歴史をひもときながらの解説。
ヨガは“マインドの動きを止めること(パタンジャリ)”とか“つなぐこと(united)とか現代では言われているが、歴史的に見れば最近のこと。

BC8世紀ごろ(post Vedic/Upanishad期):
マインドを繋ぎ止めること(hold the mind)
BC5世紀〜1世紀ごろ(pre-classicalまたはepic期):
サマディ“瞑想の実践”。 調和 balance(バガバットギータ)
BC1〜AD1世紀ごろ(古典期):
統一性(Oneness), 呼吸・マインド・感覚
AD5世紀〜13世紀ごろ(Tantra期):
マインドの動きを制限する(constrain one’s mind)
繋ぐもの(Union)、2元性の融合

と変遷し、現在まで続くヨガの系譜はジャイナ学派とブッディズムを源流とする。この頃のカルマの考え方は
過去の経験・記憶が引き起こす、制御できないものごとの捉え方/認知(perception)と振る舞い(behavior)をカルマと呼び、これが生じることを恐れていた。
カルマから逃れる手段として
・ 離欲(Renunciation)
・ 苦行(Tapas)
・ 瞑想(Meditation)
が実践されてきた。

カルマは
経験の記憶・痕跡(サンスカーラ Sanskara)が、情動的な価値感を付け加えられた行動に影響を与えるようにヴァーサナ Vasanaなる。Vasanaがより強固になると行動を支配するカルマKarmaとなり、純粋な気づきpure awarenessを妨害し、エゴや無知に支配される。
カルマを作り出さないための実践法として様々な実践法が作られてきました。
・ Jnan Yoga
・ Karma Yog
・ Bhakti Yoga
など、またタントラの時代には
・ MantoraYoga
・ Laya Yoga
・ Hatha Yoga
さらに
・ Laya Chakra チャクラの拡散(dissolution)
・ Kundahlini Chakra プラーナを使ったチャクラの拡散
などが体系化された。

例)マントラのパワー
マントラはバイブレーション/音階とサンスクリットのアルファベットの組み合わせ/音節。バイブレーションは記憶/サンスカーラをヴァーサナ/Vasanaになることを他の記憶を介さずに直接促進し、音節はヴァーサナがカルマになるのを阻害する。

その他、言葉のパワーなど解説がありました。

この日の内容は、
The Yoga Tradition –Its History, Literature, Philosophy and Practice, Georg Feuerstein, 2001
の500ページ以上の内容にカバーされています
このエッセンスをわずか3時間で解説してくれた、大変お得な講義でした。

“ヨガはいにしえの大河のようだ。数えきれないほどの急流や、渦、ループ、支流, 淀み、多様な生物の住む変化に富む土地のようだ。そのため、我々がヨガの事を話す時、我々は多種多様な道、対立する理論的体系の、ときに相容れないものについて話す事になる。Georg Feuerstein, Ph.D ”
時系列的に哲学の変遷がまとめられており、ジャイナ教、ヒンズー教、仏教、シーク教、ヴェータ、ヴェタンダ、タントラと宗教と哲学大系の解説などまとめられています。

Tantra: The Path of Ecstasy, Shambhala (1998)
The Yoga-Sûtra of Patanjali: A New Translation and Commentary
も大変参考になる本です。




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ヨガバシスタ、テーマは時空をめぐるContemplation。
ジャイナ教派、ヴェダンタ学派のヨガではカルマを如何に取り去るかが、カルマから解き放たれるかが大きなテーマ。
如何にカルマから解放されるかをContemplation熟考する過程で、本質的な時間・空間のとらえ方に至った。

Contemplation は熟考、黙想と訳されることが多いですが、この場合は“思考実験”が適当か。
対象の観察、分析、引き起こす外的・内的結果が矛盾なく説明できるか思考する。

カルマを解放するには、純粋なエゴのない意志を知る必要があり、それが何なのかを思考する3ステップの筋道を教えています。
対象を観察し、反応しその原因を、考えVicâra、気づきJnana, エゴの影響しない意志Vairagyaは何なのか?を考察する3ステップのテクニック。
9つの要素からなる問いをヴィバーチャvicâraします(グループワークしました)。
・世界とは何か? 幻想である前提。
・妄想はいかにして起こるのか?
・妄想はどこに宿るか?
・誰が生まれ変わらせるのか?
・私はだれ?
・何が引き起こす?
・如何に生まれるのか?
・どこから生まれ変わるのか?

すると、記憶Sanskaraが作られても、記憶に紐づく感情の価値Vasanaが作られなければ、妄想は生まれないこと、カルマが作り出されないことに気づきます。

また、経験に引き起こされる知識Jñānaの本質を考察するために
3つの前提
・世界は存在しない
・エゴは存在しない
・ただ観察者だけが存在する
をおいて時間・空間に対する思考実験を試してみる。

“現在インドで見ている初めて見る風景と全く同じ風景を、6か月前にニューヨークで瞑想中に見た。前世で訪れたことがある記憶が残っているのであろう”

・今見ている風景と瞑想中に見た風景が同じだとなぜいえる? どちらもマインドが作り出したものなのに。
・瞑想中に見た風景がなぜ6か月前に見たと確信できるのか? たった今見た風景を6か月前に瞑想中に見たとのイリュージョンを作り出していることとの区別はつかない。
つまり、観察した6か月という時間は客観的な時間かマインドに作り出された時間かの区別はつかず、インドの風景もニューヨークでの瞑想で見た風景もまた区別がつかない。

“時間は刹那でもあり永遠でもあり、空間はここにもあり彼方にも同時にも存在する。”

またグループワークで転生を繰り返す人々の寓話をヴィバーチャvicâraし同様な結論に達しました。

この上なく楽しい時空を巡る旅でした。


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A Fascinating Yogic Journey Through Time and Space: The Yoga Vasistha
とタイトルされたヨガ哲学の講義。2日にわたって、講義、瞑想、グループワークを含む8時間のクラスを受けました。

ヨガバシスタは、インド哲学のヴェタンダ学派とタントラ学派を統合した14世紀にまとめられた、因果関係を追求する方法論を記し教える経典だそう。
その教えは、それまでの時間・空間の捉え方まで一新した思想。

観察される対象物は全て、観察者の感覚を通じてマインドで感じ、感情を生じ、判断されるために、対象物の真の姿を見ることはできない。
確かなのは、観察し、感じ、判断している自分がいることだけ。。。
全てはその前提で観察し、現象の原因を追求する。

300年の時を隔てて17世紀のフランスの哲学者デカルトは、同じように、感覚を通した観察結果は不確かな物で、確かなのは考えている自身の存在だけ。。
“Cogito ergo sum 我思うゆえに我あり“。
そこから因果関係の探求の旅を始め、現在まで続く科学の方法論として受け継がれています。

そのためデカルトは科学の父と呼ばれていますが、ヴァシスタは科学の祖父だったようです。

時空の捉え方は、600年の時を経た西洋でアインシュタイン、ボーア、シュレディンガーらによって解明された時空と同様の物。

なぜこの観点にたどり着けたか?の問いには、実習を通じて学ぶことができました。
脳から煙が出そうなくらい黙想・熟考contemplationの連続でしたが、楽しくて楽しくて、
素敵な時間でした。

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