オワLIVE!⑬
みっちゃんは親分設定で腕組しながらウォークマンを聞いている。
白鳥先生はロッカーから拝借してきた三谷先生のジャージの尻ポケットにピックを詰めながら私が話す当日の流れを聞いている。
ここは保健室。
ご存知の通り体調が悪い生徒や怪我人を保護する場所であるが今は卒業式に行われるゲリラライブ『オワLIVE!』の作戦会議場となっている。
「――と、まぁこんな流れです」
私は一通り説明を終えた。
白鳥先生は「ふーん」と言って私の書いた企画書に手を伸ばし、もう一度流れをおさらいする。
「この体育館の暗転は、誰が暗幕閉めるの?」
「そこは例年演劇部が音響を担当してくれてるのでついでに照明関係も協力くれるように話は通してあります」
ちなみに親分さんとはみっちゃんの事である。
「で、暗転と同時に今親分さんが聞いてる『月子ファントム』のカラオケが流れると」
「これね」
みっちゃんが聞き終えたカセットをウォークマンから取り出し、企画書の横に置き、私がそれに頷いた。
「で、この後寺田さんがラップってあるけど、マイクはどうするの?」
「私の座る椅子の裏側にガムテで貼り付けて仕込んでおきます。―で、先生。月子さん、当日来てくれます?」
「ええ…ただ最初からウエディングドレス着て保護者席に座ってるのはやっぱり嫌みたいだから直前に後ろのドアから入るって言ってたわ」
「なるほど」
私は企画書を手元に寄せ、月子さんの部分を訂正して「これでどうです?」と差し出すとみっちゃんと先生がそれを覗いた。
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当日の流れ
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みっちゃんの『答辞』の言葉を合図に場内暗転
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前もってカセットに録音しておいた『月子ファントム』のカラオケが流れ始めたところでウェディングドレス姿の月子さんが一番後ろのドアからギター持って登場。ピンスポットそこに集中
(ウエディングドレスは当日までに田嶋先生に借りて演劇部の衣裳部屋に隠しておく)
↓
ラップ部分に差しかかったところで寺田マサキが『you、つっこの為に歌っちゃいなYO!』というフリをマイクで喋りながら三谷先生を舞台に誘導。同時に舞台に移動した月子さんからギターが三谷先生に渡る。
(ギターはどこにも繋がってないのでただの飾り)
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三谷先生、月子ファントム熱唱。
邪魔しようとする人がいたらマサキがピックを投げて攻撃。
↓
無事終了
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読み終えた二人が顔を上げる。
私はこの隙のない完璧な計画にドヤ顔をした。
どうだ!凄いだろう!
「まあこれでいっか…」
「何かあっても卒業証書は貰った後だから怒られるだけで済むだろうし…」
しかし二人はこの計画に感動するでもなく適当に流した。
誉めてくれてもいいのに。
「それより先生、何でピックをそんなに尻ポケットに集中的に?」
「ああ、これ?田嶋先生のリクエスト」
白鳥先生はそう言ってポケットがパンパンに膨らんだジャージのズボンをこちらに見せた。
それを見て私は満足な気持ちになる。
ふふ、いい感じだ。
これだけ毎日ピックに触れていたら先生もギターを弾きながら熱くシャウトしたあの日を思い出して舞台に立ちたくてしょうがなくなってるに違いない。
「月子さんも三谷先生のギター持ってきてくれる事承諾してくれたし、これで後は本番を待つのみだー!」
心配材料がまったくない現状と、もうすぐそこまで迫っている当日にワクワクして、私は両手を広げながらそう言った。
開放感あふれる私をよそに、みっちゃんと白鳥先生はおしゃべりを続けている。
「それにしても月子さん、よくこんなことに付き合おうって気になったなぁ」
「あの子、普段はリラックマ系女子なんだけど結婚、出産が絡むとツキノワグマ系女子になるから血迷ったんじゃない?…でも、つっこ口説き落とすのそれなりに大変だったのよ。だから親分さん、報酬の方弾んでよ?」
「はいはい、勿論」
みっちゃんはおもむろに携帯を取り出し「今日のは上物やで」と言いながらイヤホンをつけて先生に渡す。
先生はそれに暫く耳を傾けていたがやがて「きゃぁぁぁぁー!!!」と興奮しだした。
「親分さん!ちょっと!何これ!?どこで手に入れたの!?」
「ふっふっふっ。どうや姐さん…これが今からあんたのもんや…」
「あん、親分さん…素敵」
よく分からないがお互い満足そうだ。
そしてその報酬とやらを先生の携帯に移そうとしたその時。
カタン、と部屋の外から音がした。
「何?」
私が廊下を確認するべく立ち上がる。
ここで誰かにこの作戦をリークされたりしたら全てがパアだ。パラッパラッパーだ。
そして私が固唾を呑んで慎重にドアを開けたその時。
「はっ!」
白鳥先生が慄然と立ち上がり、烈火の如く保健室を飛び出した。
「ちょ、先生、どうしたの!」
「私の腐女子イヤーが素敵シチュエーションをキャッチングよ!!」
白鳥先生はそう言って走り出し、私たちもそれに続く。
「先せ…」
「シッ!」
人差指を立てて会話を制し、すぐ近くの資料室を睨む先生に倣うと、資料室から声が聞こえてくることに気付いた。
「…もういいですってば…僕、自分で出来ますから…」
「コラ、動くな…こんなに膨らんでるの、自分じゃ出せないだろ?」
「でもそんなところ…」
こっ…これは…
これは…!
今、巷で話題の…!!
私がそうゴクリと唾を呑んだところで、カシャーンと保健室のほうから音がした。
「え!?」
私たちが振り返る。
「どうした!何の音だ!?」
その音に、資料室の中からも人が出てくる。
「えー!本村先生と三谷先生だったのぉ!?」
驚きとガッカリが入り混じった複雑な表情で大声を出す白鳥先生。
「お二人にそんな趣味があったなんて…」
「違う!ゆい子!信じろ!これはただ尻に入っていたピックをだな…!」
蒼ざめた顔で弁解を始める三谷先生。
対して何故か顔を赤らめる本村先生。
「だってこれやると女子高生に人気出るって聞いたから…何だっけ、バーベル?」
「BLです」
白鳥先生は冷たくツッコんだ。
「それより保健室!」
みっちゃんが言うなり綺麗な栗色の髪をなびかせて踵を返し、私もそれに続く。
そしてその勢いのまま保健室を覗いたみっちゃんは相手を確かめる事もなく威嚇した。
「何しとんじゃワレぇ!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
そこに居たのは見た事のある男の子。
えーと、確か…
「笠井君!あなた何やってんの!!!」
白鳥先生が叫ぶのを聞いて、そうそう笠井君だわ、と納得。
しかしそう呑気に構えていられたのもそれまで。
その手元を見て私は白鳥先生よりさらに大きな声で絶叫することになった。
カセットが…カセットテープが消毒薬まみれになっている!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁxxっぁぁx!!!!!!!!!!!!何してくれんじゃコラ笠井ー!!!」
私は怒りに任せて後輩の胸ぐらを掴みあげる。
「ひぃぃぃぃぃ!だって保健室の前通りかかったら白鳥先生の叫び声が聞こえて…で、白鳥先生が叫ぶゆうたらきっと彼方と安田のオイシ…いやイカン奴…何て言うたか…バーベル?」
「BL!」
みっちゃんと白鳥先生が声を揃えた。
「それや、それとちゃうかなって思って、そうしたら聞きたくなっ…いや、何が入ってるか確認しようと思って先生たちが出てった隙にここ入って手ぇ伸ばしたんや。そしたらそこに置いてあった消毒液が倒れて…」
水たまりみたいに机に広がる消毒液の中にカセットテープはたっぷりと浸かっていた。
「あー、こりゃもうオシャカだな」
後から入ってきた本村先生が消毒滴るカセットをつまみあげる。
「ん?なんだこれ?」
そしてその横から三谷先生が企画書に手を伸ばした。
「あ!先生それ見ちゃ駄目!」
咄嗟に手を伸ばした私はひらりとかわされた。
「なんかうっすらと俺の名前が…さては寺田!お前はまだ何か善からぬ事を企んでいるのだろう!アホか!」
「アホちゃうわ!」
「笠井君、アナタ備品壊したんだから反省文よ」
「そうだぞ笠井、今から会議室で俺と二人っきりでバーベルだ!違います!BLです!なんつってな!ガハハ」
「ホントハゲウザい」
「ちょっと、あら、みんなお揃いで」
それぞれがそれぞれにてんでバラバラなカオスを演じているとそこに来たのは田嶋先生とみっちゃんの後輩の根本さんだった。
「あら、田嶋先生。どうしたんです?根本さんが巨乳の出し過ぎで乳風邪でも引きましたか?」
白鳥先生が掃除道具を駆使しながら皮肉なのかボケなのか分からない事をいい、そうじゃないわ、と田嶋先生は突っ込むでもなく首を振った。
「今から臨時の職員会議よ。音響が使えなくなったから、卒業式の式次第が変わります」
「え!」
そこに居る全員が驚きの声を上げた。
「それ、どういう…」
「先輩…」
根本さんがうるうるとその瞳を潤ませながらみっちゃんに近づき言った。
「音響のラジカセ部分にゴキブリが入り込んで…それで…それで…」
「分かった、分かったわ、根本さん。あなたは何も悪くないの…」
そう言ってまたお耽美ワールドを展開する二人。
でも今の私はそれに取り合っていられるような気持のゆとりはなくて。
「じゃあ、もう、オワライブは出来ないの…?」
その言葉だけが口をついて出た。
カセットは壊れ、今から急いで録音し直したとしても流す機械まで壊れた。
ライブは、失敗だ。
今まで張り詰めていた糸がぷっつりと切れるように、頭が考える事をやめる。
みっちゃんが私を見つめながらかける言葉を探しているのが分かる。
「寺田…何か分かんないけど、そう落ち込むな。最初からなかったと思えばどうってことない」
三谷先生がポンと肩に手を置いた。
反射的にその顔を見上げると、明らかな安堵の表情をしていた。
先生。
その無気力な目を見つめ、心の声をそこに送る。
私、先生と月子さんが笑顔になれば嬉しいなって思って。
その笑顔が楽しい事で、もっとたくさんの笑顔になればって。
それでオワライブを考えたんです。
ただ人を笑わせたかっただけなのに。
喜ばせたかっただけなのに。
失敗したことでホッとさせるような、そんなことするつもりじゃなかったのに。
迷惑をかけるつもりは…そりゃちょっとはかけると思ったけど…でも、後から笑いの種になるようなイベントにするつもりだったのに。
私を見つめる先生が目を見開いた。
それと同時に頬を伝うものに気付く。
泣くつもりなんかなかったのに。
それでも隠せない涙を見とに見せたくなくて。
「マサキちゃん!」
みっちゃんの声をそのままに、私は保健室を飛び出した。
《続く》
マサキは落ち込んでいますが、この作戦が失敗になったら当事者が安堵するのは当たり前だとマサキの中の人は思います(笑)