空を見上げて
【もっこり母さんの妊娠出産回想録シリーズ・その10】
←←その9 ドクンドクン のつづきです。
※今日の記事は長めです。携帯からご覧の方、ごめんなさい。
心拍が確認されましたが、拍動が遅めで、
週数からして小さいということでした。
つわりが全く無かったのも、私の不安を煽りました。
翌週、再び通院したときも、血圧を高くしてしまいました。
そんな心配をよそに、赤ちゃんは成長していました。
赤ちゃんが小さいのは、もしかしたら、
たまたま排卵日が遅れた結果だったのだろうと一安心。
赤ちゃんの無事を伝えると、ダンナが花束を買ってきてくれて、
家族3人で、喜び合いました。
そして、時期尚早でしたが、職場全体に理解してもらうために、
思い切って、公表させてもらいました。
さらに2週間後、検診の日。妊娠11週ぐらいだから、
そろそろ母子手帳ゲットかな??と思いながら、向かいました。
・・・・・・・・・・・・内診が始まってしばらくしても、
いつもの先生の早口な説明が無く、沈黙が続きました。
そして・・・・・・・・・。
「・・・・・・心臓、動いていないね、残念だけど・・・・・・。」
モニターを見せてもらったら、
赤ちゃんは、ドラえもんのような2頭身になっていました。
でも・・・・・・たしかに、動きがありませんでした。
不思議と、涙は出てきませんでした。
頭の中が真っ白になり、夢を見ているかのようで・・・・・・。
どこも痛くなかったし、出血だって全く無かったので、
にわかには、信じられませんでした。
「大きさからして(心拍の停止は)1週間前ぐらい」ということ。
「手術は、母体のためにできる限り早いほうが良いが、
気持ちの整理がついてからで、かまわない」ということ。
・・・・・・まるで他人事のように、ボンヤリと聞いていました。
会計窓口で順番を待ちながら、
ふと、お腹に手をあてていました。癖になっていたのです。
「ここにいるのに、もう生きていないなんて・・・・・・。」
しかたのないことなのですが、1週間もの長い間、
赤ちゃんの死に気付けなかったことを、悔しく思いました。
大声を出して泣いてしまいそうだったので、
ひたすら、天井を睨んでいたことを覚えています。
会計を終えて、車に乗り、ひとりになった途端、
堪えていた気持ちが爆発しました。
ダンナに電話した後、子どものように泣きました。
ああいう泣き方をしたのは、何年ぶりだったのでしょうか。
帰宅後も、母や妹や友人たちに電話やメールをして、
優しい言葉をかけてもらうたびに、涙がとめどなくあふれました。
心配して、すぐに駆けつけて来てくれた人。
仕事中にも関わらず、電話をかけてきてくれた人。
「泣けてきた」とか「何かできることは?」という返信をくれた人。
「実は・・・」と、自身の流産経験を打ち明けてくれた人。
自分も天国にきょうだいがいて、心強く思っていると教えてくれた人。
・・・そういうたくさんの思いやりに触れました。幸せ者です。
「今日ぐらい泣かなくてどうする?!」・・・そんな開き直りで、
涙が枯れるまで、思いきり泣きました。
私なりの弔いでした。
寝て起きたら、どんなことも忘れられる、単細胞な私は、
翌朝から、すっかり元気になりました。
「娘の存在」が大きかったのだと思います。
・・・と、笑顔で落ち着いて、娘に話すことができました。
↑↑娘のこの言葉に後押しされて、
翌々日に、子宮内容除去手術を受けることを決めました。
手術が始まるとき、全身麻酔で意識が遠のく中、
私は、赤ちゃんに向けて、心の中でこう叫びました。
「絶対に、その魂のままで戻っておいで!!待ってるぞ!!」
私を慰めてくれた言葉たち・・・どれも有り難かったのですが、
「その子は、もし生き延びて誕生できたとしても、
障がいを抱えていたかもしれないよ・・・・・・」という言葉、
そして「次、がんばれば良いじゃん」という言葉、
この2つには、うなずきつつも、心が痛みました。
たしかに、障がいを抱えるお子さんをもつお母さんの苦労は、
並大抵ではないと思います。
私に務まるものなのかどうか、わかりません。
・・・・・・・・・でも。
たとえ苦労が絶えなくなったとしても、代わりの誰でもなく、
私は、この子に会いたかった!!
この子を腕に抱きたかった!!
・・・・・・この想いは、いつまでも消えることは無いのです。
幸運なことに、この出来事の数ヶ月後に、息子を授かりました。
はじめは、「あの子が戻ってきてくれた??」と思いましたが、
どうやら、違ったようです。
息子が天井を見てニヤニヤしているのは、
あの子が家族を見守りに来てくれているのではないかと思います。
娘は、もう1人の弟(妹)のことを、
お空にいるから、「そら」と呼んでいます。
自分たちのことを、「3人きょうだい」と言っています。
特別な供養はしませんでしたが、こうやって思い出すことが、
一番なのかな・・・と思っています。
澄み渡った青い空を見上げても。
どんよりと暗い曇り空を見上げても。
茜色に染まっていく夕焼け空を見上げても。
そう、私は、毎日「そら」のことを思い出しています。
たった2ヶ月間ですが、私の中で生きていたのですから。
大事な、大事な子どもですから。
「そら」との出会いによって、大切なことをたくさん学びました。
もしも、この経験が無かったら、
命を宿し産むということを、軽々しくとらえていたかもしれません。
また、この経験があったからこそ、
どんな大変なことがあっても、それすら幸せに感じるのです。
命の尊さ。
誕生することの奇跡。
家族の絆。
友人の有り難さ。
子を思う親の心。
いつか、この経験で得たものを、
自分の子どもをはじめとする、たくさんの人々に伝えていきたい・・・、
それこそが「そら」の命が私に宿った意味なのだと思っています。
今日も空を見上げて、つぶやいています・・・・・・「ありがとう。」
******************** 追 記 ********************
ブログを始めた頃から、この話を書こうと思い続けてきました。
でも、同じような経験をされた方に、
辛かったことを思い出させてしまうかもしれない・・・・・・、
これから妊娠される方や、今現在妊娠初期の方に、
不安な気持ちを抱かせてしまうかもしれない・・・・・・、
そんなことを考えて、しばらく躊躇していました。
もしも、この記事によって、不快な思いをさせてしまっていたら、
心からお詫びします。申し訳ありません。
「全妊娠のうち15%は流産に至る」ということをわかっていても、
自分の身に起きた当時は、もう失意のどん底でした。
でも、「自分ひとりだけの出来事じゃないんだ」ということに、
少なからず励まされたのも事実です。
この記事によって、1人の方でも良いので、
今、子どもを抱いている、または宿している幸せを
かみしめてもらうことができたのなら・・・・・・、
そして、同じような経験をされた方に勇気を与え、
悲しみではなく癒しにつながるのなら・・・・・・、
おこがましくも、そんなふうに考えて、書かせていただきました。
どんなご意見でもかまいませんので、感想をいただけたら幸いです。
(コメント返し、遅れるかもしれませんが、お邪魔します。)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!
息子の妊娠出産回想録は、また次の機会に書こうと思います。
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