こんにちは、いそべ晶子です。


どんな現実を引き寄せているか、観察するのは面白い。


引き寄せるを+、遠ざけるを−とした時に、好きが+、嫌いが−なら好きが近づいてくるし、逆なら、嫌いが近づく、という具合かな。


これは二極論か。


好きも嫌いも、エネルギーが大きく偏るという点では同じで、どちらをより強く引き寄せるかで、目に見えている現実も変わるかもしれない。


自分の現実を俯瞰した時に、嫌だと思うことばかり、というときは偏りが自分の好みとは違う方向にあるのかも。

いままでは嫌ならやめればいい、とすぐに考えていたが、いまは一呼吸おいてみる。 


抵抗や反発も、そこにある何かへの気づきだとしたらどうだろう。


嫌とか嫌いなものばかり選択している自分に気づく時、もしかしたら、それは、今までとは異なるものにチャレンジしている時かもしれない。


いろんな体験を重ねるうちに、好みがはっきりすることもある。


それが、好みという名の、自分にとって、そこから出たくない領域になっていないか、ということも考える。


物の見方は人の数だけある。



あなたはどんな現実を引き寄せてますか?



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douxnido いそべ晶子

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こんにちは、いそべ晶子です。

アクセスの創始者ギャリー・ダグラスやデイン・ヒアは、よく
Now is the time.
(さあ、いまだよ!)
と、言う。

LIFE IS GROOVE/RIZEのKenKenさんも、
さあ、きみの番だ。なんでもいいからきみがしたいことを始めて!
と言う。

わたしも、わたしに言う。

さあ、わたしの番。引っ込み思案はもういいよね。わたしが始める番。

そして、何かを始めたいあなた、あなた自身でいたいあなた、何か違いでいたいあなた。どんなあなたも心から全力で応援してる。

他の人を応援させてもらうことで、ほんとうに根気強くならせていただいた。そして、わたしがわたしを応援できるように、ようやくなった。

人を応援する自分が、わたしを応援してもよいと気づいたの。

ライブに行くと、こんなにたくさんの人たちがひとつになれると実感する。ここでは、みんなBeingだしcommunion。

ダイブしたり押しあったり、はたから見ると危なそうだし怖そうなんだけど、その中では、この現実ではできないことをみんなしてる。

いまのわたしの在り方は、過去にわたしが思ってたヒーラーというものとは違ってた。わたしはそれでいいと思ってる。違うことで、違いでありたい人が見つけてくれたら嬉しい。

今日が昨日よりもっと素晴らしい日で。
いままでの、そしてこれからの、感謝とともに。

わたしの前に現れてくれた全ての方々に。

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こんにちは、いそべ晶子です。

プラクティショナークラスは、基本的にリクエストでの開催をさせていただいております。どうぞお気軽に、問い合わせ、お申し込みください。

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◇メニュー◇

クローバーアクセスバーズ®
(無意識につながる不必要な記憶を削除します)
・セッション
60分…16,000円
90分…24,000円

・プラクティショナークラス
アクセスバーズのセッションができるようになります。
8時間(テキスト、ヘッドチャートつき)
初受講…31,000円 
再受講…15,500円

クローバーアクセスバディ®プロセス
(カラダに保持されていて制限を生じさせている様々なものを解放します)
・セッション
60分…16,000円
90分…24,000円
120分…32,000円


クローバーアクセス エナジェティックフェイスリフト®
(お顔も体もエナジーも輝いて細胞からリフトアップ!人生を軽々と進む)
・セッション
60分…16,000円
90分…24,000円

・プラクティショナークラス
フェイスリフトのセッションができるようになります。
6時間(テキスト・チャート付き)
受講費…20,000円


クローバーイトボディーアクティベーション
(ライトボディーの振動数をあげてエネルギー体のクリアリングをします)
・セッション 60分
クリスタルつき…14,000円
クリスタルをご持参の時…12,000円

・プラクティショナークラス
4時間(クリスタルつき)…28,000円


クローバー潜在意識カードリーディング
(オラクルカードを使って潜在意識にアクセスします)
・対面セッション
30分…8,000円
(以降15分につき4,000円)

・1day 養成講座(準備中です)
4時間…25,000円

・メールで開運メッセージ
1通…2,000円
(内容はお任せになります)
(特定の内容に関するカードリーディングは1通 1件につき8,000円となります)




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【ブログ】心の隅々まで☆

テーマ:
こんにちは、いそべ晶子です。

以前、フォトグラファーの友人が綺麗だと言って送ってくれた落ち葉の写真が、予想をはるかに超えて綺麗だったとき、この人の目には世界はどんな風に映っているんだろうかと本当に驚いた。

その特別な繊細さは、どの分野の専門家にも言えることだろう。

他の人が感じたり分かったりするより、ずっと繊細に感じたり分かったりするから専門家なのだと思う。

先日、NHKのTVに、コラムニストの神足裕司さんが出演なさっていた。

神足さんは5年前にくも膜下出血で意識不明になり、奇跡的に生き返って、いまは左半身が不自由だけど、「一度死んでみましたが」という本を執筆・出版された。

物書きは、自分の言葉で書きたい。

でも、いまの神足さんは、それもままならない時もある。

奥様がつきっきりで、筆談の補助もなさっているが、その奥様のことを、番組の中で、「心の隅々まで分かってくれる」と評されていた。

物書きの方が、隅々まで分かってくれる、というのは、いったい心のどれほど隅々まで分かってもらえると信頼を寄せているのか、と、わたしにはじんと来るのだ。

自分が自分をどう感じ、どう分かっているか、小さい頃から観察してきたわたしは、自分の言い表したいことをどんな言葉やセンテンスで書き表すかは、とても大切だ。

神足さんを拝見していると、わたし自身が言葉に限界を作り出しているのではないか、と思えて来る。

いまのわたしは、言葉での表現がとても好きなのに、ある種の不自由さを感じている。

だが、言葉は本当はもっと自由に生きているものなのではないだろうか。


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こんにちは、いそべ晶子です。

今日のわたしは腹を立てていた。

新聞の学力テストに関する記事を読んで、学校や政治のあり方に怒っていた。

母は、そんなわたしに「1人じゃどうしようもない。しょうがないよ」と言った。

そのときに気づいた。

わたしは、自分がただ怒っていることを受け入れていた。なだめて欲しい訳じゃないことも分かった。

一番はっきりと分かったのは、しょうがないと、あちら側に寄せてはダメなのだということ。

人には一人ひとりのものの見方があって、それが自分と異なることは仕方がない。

だけど、このまま行くとヤバイと感じるそれを、しょうがないと揉み消して、ヤバイ方向に自分を寄せてはダメなのだ。

この現実は、いまは、1人ではどうしようもないものかもしれないが、自分に対して、そんなふうに言葉を口にするのはもう止めようと思った。

さて、もっと他にどんなことが可能?


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こんにちは、いそべ晶子です。

お寺の和尚さんが法話でしてくださった話です。なるほどなぁ、と思いましたので、思い出して書きますね。


昔々あるところに、王様に支えている召使いがおりました。

召使いは、朝と夕方に、近くの川に水くみに行くのが仕事でした。

水をくみに行くときには、天秤棒の両側に大きな瓶を一つずつ吊るして行きます。

一つの瓶は、新しく綺麗で、キズ一つありません。

もう一方の瓶は、長く使われて胴体にヒビが入っていました。

古い方の瓶は、召使いがせっかく川で汲んだ水がヒビから染み出して、運ぶ道々にこぼしてしまいます。

古い瓶は、それをいつも大変申し訳なく思っていました。

自分は本当に役に立っているのだろうか。自分を買い替えて、新しい瓶にしてもらえないだろうか。

いつもいつも申し訳なく思っていた古い瓶は、ある日、召使いに言いました。

「わたしはヒビが入っていて、お前の役に立つことができない。どうかわたしを捨てて、新しい瓶に変えて欲しい」

すると、召使いは言いました。

「確かにお前はヒビが入っていて、運ぶ道々水をこぼしてしまう。

でも気がついていたかい?

わたしはお前をいつも天秤棒の右側につけて歩いていることに。

そして、わたしは道の右側に花の種をまいておいたのだ」

古い瓶は、はっとして来た道を振り返りました。

すると、自分が担がれている右側にだけ、道端に美しい花がたくさん咲いていたのです。

召使いは言いました。

「お前は、水を運ぶということには力が及ばないかもしれないが、

お前にヒビがあることで、こぼれる水で、タネに水をやることができる。そのおかげで美しい花が咲き、人々の心を和ませるのだ。

わたしは、そういうお前が大好きだから、お前が役に立つように使っているのだよ」

古い瓶は嬉しくて泣きました。

そして、ヒビが入った自分の胴体を誇らしく思ったのでした。

□□

人と違うことや、人に及ばないと感じることがあっても、

それを特質だと分かり、自分が思ってもみないようなことに力を発揮し、人を喜ばせることができます。

本当にわたしを生かすとはどういうことなのか、よく考えます。


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douxnido いそべ晶子



こんにちは、いそべ晶子です。


母と一緒に歩くとき、普段自分だけでは気づかないことにも多くの気づきがある。


母は背骨が湾曲していて、揺れる電車では立っていると危ないときがあるので、乗ると空いている席を探す。まず向かうのは優先席。


だが、そうでなくても乗った瞬間に何人かが腰を浮かせてくれるのが分かる。


そういうとき、大抵の方が、母だけでなく、一緒にいるわたしにも席を空けてくださる。いつもびっくりしてしまうが、せっかくのご厚意なので、ありがたく受け取る。感謝。


優先席に行っても、中には、若者らしき人で座ったままの人もいる。


その人は、その瞬間は母より中身が老いていて、母より優先されたいのだな、と分かる。人は見た目ではない。わたしから見ても、母は明らかに母の同年代の友人よりは中身が活発だ。


いつも親切にしてくださる多くの皆様に、親子共々大変感謝しています。


感謝をこめて

douxnido いそべ晶子

こんにちは、いそべ晶子です。

(やや長文です。お時間あるときにどうぞ)

毎朝、母と一緒に、仏壇に南無阿弥陀仏と(うちは真宗大谷派)手を合わせ、チンワンワンと鈴を鳴らす。父と仏さまに、近況や今日の予定を話してよろしくお願いしますと頼む。

父は既にいないが、母とわたしの中では生きている。母とともに今日を過ごせることに、ありがとうと手を合わせる。

父の死は急で、当時は身体が追いつかなかったが、心は父の身体の死を認めていた。父は父なりに出来るだけのことをして生き、身体がある人生を終えたのだ。
ありがとう。

ここに来て(生まれて)、一番始めに体験した集団は家族だった。

ある集団の中にい続けると、時々、そこにいるために、しなければいけないことが増えて行くことがある。それはわたしをとても息苦しくさせる。

集団でのルールを守るのは、やぶさかでない。それがあるから集団でいられる。わたしが感じるのは、ルールではない無言の圧、とでも言えばいいかな。

以前は、家族のその「圧」に反発ばかりしていたのだと思う。

父とも母とも、それが元でよく喧嘩したが、父が亡くなる頃には、わたしがそれを嫌だということを父も認めてくれていた、と思う。言動が随分変わって、わたしの居心地が良くなった。

自分のことを、自分そのままに認めてくれる家族がいることは、恵まれ幸せなことだと思う。

わたしの家族は、だんだんに、そんな家族になっていった。どの家族も、家族それぞれに、その時々のありようがあると思う。



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douxnido いそべ晶子
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こんにちは、いそべ晶子です。

目にしたツイートがキッカケで、何かを考え出すことはよくある。

ツイートした方の見方が自分と同じなのか違うのか、わたしの脳はいつもチェックしている。

脳は、他者と対比することで自分を認識すると聞いたことがあるが、なるほど、わたしの脳もそんなことをしているのか。

他の方のものの見方と自分のものの見方は違う。違うのが当たり前で、その違いを批判や中傷はしない。

書く内容が、単にわたしは違いますよ、という内容にならない時、つまり、他者や自分への批判や中傷などの気持ちがあるなぁと思う時は、書き上げてもアップしないし、後から削除することもある。

そのままにしておくと、チクチクしてくるためだ。

他者との違いを知ることは、自分の可能性も知ることに繋がると思っているが、全ての人がそう思うわけではないことも知っている。

意見を交わし合う方法として、それぞれの持論を展開し合うディベートという手法がある。

わたしは結構好きだが、好まない人もいるだろうと思う。側から見ると喧嘩をしているようにも見える。ディベートでは、そうだよね、と相手に寄せていくとはせず、本当にそうなのかと問う。

わたしにはわたしの正しさはあるが、それはわたし自身のもので、誰にも通用するものではない。

相手にも相手の正しさがある。

ただ、目の前にいて、正しさもへったくれもなく、痛んだり悲しんだりしている人には、そうだよねと心を寄せる。
そんな時、わたしの正しさなど微塵も力にはならないと思う。

今日はここまでにします。


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こんにちは、いそべ晶子です。

わたしは勉強を分かり出来る速さが小さい時から速かった。

小さい時、勉強が嫌いな人がいるのは何故だろうと思った。

今もいつも、勉強を得意にならなくてもいいから、せめて嫌いじゃなくなったらいいな、と思って仕事をしている。

どうしたら勉強を嫌いじゃなくなるか、を本当にいつも考えているので、何を見ていても何をしても、そこに繋がる。

学校の成績を上げたい時には、反復練習をして暗記するのが効果がある。

運動選手が上手くなるために反復練習するように。
演奏家が上手く弾くために楽器を反復練習するように。

反復練習は、身体と脳、両方に記憶させ、その繋がりを強くさせる。

問題を見てパッと解くのは、打者がバッターボックスに立ってヒットを打ったり、演奏家が他の人とセッションしたりするのに似ていると思う。

ただ、反復練習は楽しいものばかりでもない。学校で勉強が嫌いになった人の中には、その反復練習が嫌いな人が結構いるのではないか。

人それぞれに、得意な分野がある。わたしは、たまたま、それが学校の勉強だった。泣いても嫌々でも、勉強は続けて来た。

この人生で本当に学ぶことは、学校の勉強だけではない。自分の人生で何を学ぶかは、人それぞれ。そして、人と比べるものでもない。

それを大切にして生きて行くとき、生きることに喜びが生まれる。

それには、どうしたらいいのか、いつも考える。

学校に通っている時、自分は自分なのに。点数ではないのに。と、わたしも思ったことがある。

成績が良かったわたしは、悪さをしても先生から本気では叱られなかった。中学生のわたしは、先生も絶対ではなく、物の見方に偏りがあり、わたしのことを本当には分かっていないのだと思った。

それで先生のことを嫌いにはならなかった。ただ、そうだと知ったのだと思う。

今日はここまでにします。


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