FTDの徴候の一つとして外国語様アクセント症候群(FAS)をきたしうるという一症例を介した可能性の提示です。

①.今回報告するFTD 症例の特筆すべき点は,初発症状が外国語様アクセント症候群(FAS)と考えられる発話障害であること,さらにFTD として典型的な人格・感情・社会行動異常を呈し,無言状態に移行しつつFAS が消失した点としています。
②.本報告の目的はFTD の1 徴候としてFAS が生じる可能性を示すこと,また,音声言語学的解析法により本例におけるFAS の病態を解明してFTD との関連を論ずることであるとしています。

①で示したように、症例の評価結果および経過などをみていただきます。
僕は神経内科で働いていますがALS-DやFTLD-MNDの患者様はみていても、FTLD-Uや純粋なFTDのような認知症を呈する患者様は経験した事がありません。このような症例の提示は、理解の助けになると思いますので、是非読んでみてください。自分が考えていた以上に「壮絶」でした。

②で示した考察の部分は明日詳細を記載致しますのでよろしくお願い致します。

以下に引用し記載致します。下記の引用および本文献をご覧ください。


Foreign accent syndrome を初発症状とするfrontotemporal dementia.
新しい症候の可能性?
福井俊哉 (高次脳機能研究26(4): 397 ~ 407,2006)

はじめに
今回報告するFTD 症例の特筆すべき点は,初発症状が外国語様アクセント症候群(FAS)と考えられる発話障害であること,さらにFTD として典型的な人格・感情・社会行動異常を呈し,無言状態に移行しつつFAS が消失した点である。注目すべき点は変性疾患によるFAS の報告がないことである。したがって,本報告の目的はFTD の1 徴候としてFAS が生じる可能性を示すこと,また,音声言語学的解析法により本例におけるFAS の病態を解明してFTD との関連を論ずることである。

Ⅰ.症  例
症例: 59 歳,女性,生来右利き,学歴15 年。
主訴:(夫から聴取)英語のような話し方になった。性格と行動パターンが異常になった。
家族歴:認知症の遺伝的負荷なし。
既往歴:特記事項なし。常用薬なし。
現病歴:初診1 年ほど前から,会話時に,正式な文章を用いないで単語のみで短く話すため,ぶっきらぼうに聞こえるようになった。夫は日本語を話すことに慣れていない外国人,とくに英語話者の話し方のような印象を受けたとのことである。初診半年前からこのような言語症状がさらに目立つようになり,別居している長男からも同様な指摘があった。この頃から,2 人暮らしであるのにもかかわらず膨大な量の食事を作る,不要なものを大量に買い込むなどの計画性・洞察力障害と脱抑制的行動が出現した。また,感情の起伏が減り,幼稚な性格に変化した。某院にてFTD の可能性が指摘され,精査目的にて当院を紹介受診。
Ⅱ.初診時所見
神経学的には異常を認めない。意識は清明で,礼節は保たれ,診察には協力的。一方,つねに型どおりの笑顔を呈しており,他人の感情や状況に応じた感情の動きが非常に少ない。病識はまったくなく,夫が語る現病歴に対して無関心ないしは否定的態度を示す。発話は明らかに異常であり別途に検討した。
Ⅲ.初診時神経心理学的検査
1.知能検査
改訂長谷川式簡易知能評価スケール: 26/30 点とやや低下している。ほとんどの減点は考え不精やいい加減な返答の結果である。
レーブン色彩マトリシス:類推判断力の障害を認める。
2.前頭葉機能検査
語想起:カテゴリー性・音韻性ともに低下し,その程度は音韻性にて高度である。
Trail Making Test : A,B 試行ともに長時間を要する。とくにB 施行では数字と文字を交互に追うことが大変困難であり,セット変換障害と作業記憶の障害を認める。
Stroop Test :紋切り型反応の抑制障害を認める。
Wisconsin Card Sorting Test :達成カテゴリー数が著しく低下し,ネルソン型保続性誤りが多い。
Clock Drawing Test:全体の構成は整っており,視空間認知障害や構成障害はない。しかし,数字の書き方がpiecemeal approach であるために,連続する数の間隔が詰まる。また,「10 時10 分」の指示に対しては何のためらいもなく「10」と「2」を直線で結び,その中点を中心に見立てた。計画性・洞察力の欠如,誤りの訂正困難などが推測された。
3.言語機能検査
1)簡易言語検査(初診時)
診察室から見える外の景色について語らせた。「きょうは曇り,公園が見えます。階段が見えます。木が見えます」と返答。内容は正しいが,自発話はやや減少し,1 文1 文が短く電文体であり,いわゆるeconomy of speech と考えられた。また,助詞のstress(強調)がおしなべて弱いため,「きょう…曇り,公園…見えます,階段…見えます」のように聞こえる。その他,促音の省略を認め,英語話者が英語なまりで日本語を話している印象を与えた。
一方,初診時には発話困難,不定の音の歪みなどの発語失行的要素や構音障害はなく,物品呼称,復唱(新しい甘酒を5 本のひょうたんに入れなさい),聴理解(yes ─ no question),漢字とかなの単語書き取り,「海老,春日,等々力,河童」の読みなどを容易に正解した。単語の意味理解も正確であった。
2)標準失語症検査
都合により施行が初診3 ヵ月後になったが,この時点では発話量が初診時よりもさらに低下していた。口頭従命,書字従命,文の復唱,語列挙,まんが説明課題にて成績低下がみられた。誤反応として保続性誤り,経時的理解障害(~してから~をする),行為に用いる対象物品の取り違え,書字課題における錯書などがみられた。以上から軽度の非流暢性失語が示唆された。その後,発話量が急速に減少したために再検査は不可能であった。
音声言語学的解析:標準失語症検査施行時に「書字命令に従う」用の課題カードを音読させ,その録音を言語聴覚士(EL)が解析した。
①助詞の省略:ハサミとハブラシ→「ハサミ…ハブラシ」。
②促音の脱落:持ってきて→「モテキテ」。
③多音節語が発語失行的~音韻性錯語的になるが,自己修正は試みない:ハブラシ→「ハ,ハバラシ…」、ヒャクエンダマ→「ハャクランダマ…」。
④単語のアクセント核の位置には異常ない。
⑤ ①~③の要因によりイントネーション,音の高低・強弱・リズム・音調に微細な変化をきたし,その結果,日本語として不適切な韻律を生じている。
4.認知検査
環境音:高頻度環境音の聴覚認知は正常。
相貌認知:家族,主治医,新聞に掲載された有名人を正しく認知でき,既知相貌失認はないと判断した。
感情:感情表出・理解に関する簡易検査。
1)口頭による感情表出検査
「昨日は来なかったのですね」に4 種の感情(怒り,悲哀,驚愕,無感情)を込めて本例に言わせた。結果は4 種の感情ともに無感情な平坦な表出になった。
2)口頭による感情理解検査
「昨日は来なかったのですね」に4 種の感情(怒り,悲哀,驚愕,無感情)を込めて検者が言い,表現されている感情を本例に判断させた。結果は怒りと悲哀を「怒っている」,驚愕と無感情を「喜んでいる」と回答。
3)顔貌表情による感情理解検査
検者が上記感情を顔面表情として作り,本例に感情を判断させた。結果は怒りを「怒っている」,悲哀を「悲しんでいる」,驚愕を「びっくりしている」,喜びを「楽しい」と正しく認識した。
Ⅳ.初診時検査所見
一般血液検査,ビタミンB1 ・B12 定量,甲状腺機能に異常を認めない。脳MRI水平断では両側側頭葉極がやや先鋭化している印象を受けるが,特定の脳萎縮パターンを認めない。冠状断では右第2,3 側頭回の軽度萎縮が疑われる。両側海馬+海馬台の厚みは肉眼的には保たれているが直線計測では軽度の萎縮がある(右8.2mm,左7.4mm)。白質病変はない。一方,脳SPECTにおける主病変は右側優位であり,右側前頭葉眼窩面・前頭葉穹隆面に広範な,左前頭葉後方内側上部に限局性の取り込み低下を認めた。
Ⅴ.経  過
初診1 ヵ月後ほどから日常行動が時刻表的になり,また,到着した電車に強迫的に乗り込むような環境依存的行動が出現。運転中信号を守らずに頻回に交通事故を起こすために夫が車を処分したところ,翌日から夫の職場に文句の電話を5 分おきに入れるようになった。これらの強迫的行動に対してマレイン酸フルボキサミンを投与したが無効であった。その後2 年間で,発話量がさらに低下するに伴いFAS は不顕性化した。一方,紙と筆記具を眼前に置くと強迫的書字が出現し,「筆談,時間ない,これからの予定はこれから決定」などと書いた。日常会話レベルの聴理解は保たれ,執拗に質問すると夫の名前などを正解した。立ち去り行動が高度となり,診察室から去ろうとする本例を阻止しようとする夫が相撲を取るようなことが頻回にあった。さらに感情表出がほぼ完全に消失しつねに硬い無表情を呈していた。しかし,看護師がふざけると一瞬笑みをこぼすような感情移入は若干残されていた。神経学的には左上肢にごく軽微なrigidospasticity を認めるようになった以外は変化なく,運動ニューロン疾患の徴候も認められていない。初診2 年後の脳MRI は初診時のものと著変なかった。SPECT では右優位の前頭葉眼窩面と穹隆面の取り込み低下の程度と範囲が明らかに拡大していたが,基本的な血流低下パターンには変化を認めなかった。

引用:(高次脳機能研究26(4): 397 ~ 407,2006)