TPPV中の比較的稀であるが、危険な合併症を紹介いたします。
それは気管腕頭動脈瘻からの大量出血です。

以下に内容をまとめます。

気管切開の比較的まれな合併症として気管動脈瘻が知られており,その頻度は0.7% との報告がある.筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者が気管切開孔から突然の大量出血をきたして死亡し,気管腕頭動脈瘻が明らかとなった症例を紹介している.

症例
発症4年後にTPPV管理となる、TPPV管理から4年7ヵ月後,気管切開孔から突然大量の動脈性出血をみとめた.出血のため人工呼吸器の回路も閉塞し心肺停止状態となった.
剖検所見:気管粘膜には気管切開孔から粘膜欠損部と凝血塊があり,粘膜欠損部と腕頭動脈との間に瘻孔をみとめた.死因は瘻孔からの大量の出血による窒息死であった.

考察
潰瘍部は気管カニューレの先端がちょうど接触する位置に存在しており,カニューレ先端の気管粘膜への慢性的な接触・圧迫が潰瘍形成と気管動脈瘻の誘因であった可能性が高い.

原則的に長期の気管カニューレ留置が必要になる神経筋疾患患者においては,気管切開施行直後から瘻孔形成の恐れがあることを念頭におくべき.

神経筋疾患のばあい筋萎縮が顕著になり,気管カニューレと気管切開孔の形状がしだいに合わなくなるため,適切な気管カニューレの固定が必要.またカフ圧の上昇による気管の拡大にともなう慢性虚血も気管壁の脆弱化をきたしうるため注意するべきである.

気管切開後には定期的な気管内の観察をおこなって,潰瘍形成の兆候を早期に発見することが重要である.


詳細は下記または文献をご覧ください。



長期人工呼吸管理下に気管腕頭動脈瘻からの急性出血で死亡した家族性ALS の1 例
加藤量広 (臨床神経,48:60―62, 2008)
はじめに
気管切開の比較的まれな合併症として気管動脈瘻が知られており,その頻度は0.7% との報告がある.筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の5~10% は遺伝性を示し,そのうち20%弱にCu_Zn superoxide dismutase(SOD1)遺伝子異常がみいだされる.今回われわれは,家族性筋萎縮性側索硬化症(家族性ALS)の患者が気管切開孔から突然の大量出血をきたして死亡し,病理解剖で気管腕頭動脈瘻が明らかとなった症例を経験した.一般的に長期間の気管カニューレ留置においては,その管理が予後に大きな影響を与える.ALS の呼吸不全に対する気道確保・人工呼吸器管理においてもそれは同様である.人工呼吸器を装着したALS 患者の在宅療養が一般的になってきている最近の潮流を考えると,本事例は今後の予防の点で重要と考え報告する.
症例
患者:43 歳女性.
既往歴:30 歳時に小麦アレルギー.
家族歴:母親および母方の祖父がALS.母親はSOD1 遺伝
子の変異(Cys6Phe)が確認され,家族性ALS と診断されている.
現病歴:患者は33 歳頃に四肢の線維束収縮を自覚した.36歳時には右下肢の脱力が出現した.四肢・体幹の筋力低下・筋萎縮が進行したため,37 歳時には杖歩行となり,左上肢および両上肢にも脱力が拡大,痰喀出も困難となった.このため精査目的に37 歳時に当科に入院した.
入院時現症および検査所見:入院時は頸部および四肢に徒手筋力テストで3~4 レベルの右下肢優位の筋力低下をみとめ,遠位優位の四肢筋萎縮と腱反射低下,舌の線維束収縮,歩行不安定をみとめた.髄液検査,神経伝導検査,頭部・頸髄・腰髄MRI では明らかな異常をみとめなかった.針筋電図上3髄節領域で慢性および急性の神経原性変化をみとめ,家族性ALS と診断した.診断確定時には舌の線維束収縮,嚥下障害をみとめ,肺活量1,770ml,%肺活量61% と呼吸機能が低下していた.感覚障害や高次機能障害,膀胱直腸障害はいずれもみとめなかった.
臨床経過:退院後,38 歳時(発症2 年後)には歩行不能,その後も嚥下・呼吸障害が進行したため,39 歳時(発症3年後)に胃瘻を造設,さらに非侵襲的陽圧人工呼吸(NIPPV)を開始した.40 歳時(発症4 年後)にはさらに呼吸障害が進行したため,気管切開術を施行し終日人工呼吸管理となった.
気管カニューレはプラスチック製の内圧自動調節カフ・エバックチューブ付きの27Fr の口径のものを使用した.それに相前後して腹部膨隆,重度貧血,発熱,および低アルブミン血症がみられ再度入院し,以後中心静脈栄養となった.これらの発熱等の原因は胃瘻部からの局所感染による腹壁膿瘍であり前播種性血管内凝固症候群(Pre DIC)まで合併したが,抗生剤投与で軽快した.この頃には四肢麻痺も進行し,臥床状態となった.41 歳時(発症5 年後)には後頭部痛に対するジクロフェナク連用によると思われるネフローゼ症候群と骨髄抑制が出現した.ジクロフェナク投与を中止し,ネフローゼ症候群に対してプレドニゾロン10mg を投与したところ徐々に改善した.同時にセレン欠乏をみとめたためセレン補充もおこなった.その後も何度か入退院をくりかえし,42 歳時(発症6 年後)に中心静脈栄養を中止して腸瘻造設,経管栄養に移行した.この頃にはさらにALS が進行し,わずかに随意運動が可能な不十分な両眼閉眼と一側の側方視によってコミュニケーションをおこなっていた.以後,全身状態は安定して在宅療養中であったが,上述の随意運動はさらに困難となり微細な眼瞼および眼球の運動をみとめるのみとなっていた.脊柱の彎曲はみとめなかった.発症8 年後,気管切開孔から突然大量の動脈性出血をみとめた.出血のため人工呼吸器の回路も閉塞し心肺停止状態となった.当院へ救急搬送し蘇生を試みるも心拍再開せず,同日午前9 時前に44 歳6 カ月で死亡した.ALSとしての全経過は約8 年であった.
剖検所見:気管粘膜には気管切開孔から35mm 尾側に径8mm の粘膜欠損部と凝血塊があり,この粘膜欠損部と腕頭動脈との間に瘻孔をみとめた.気管の拡大化はみとめなかった.肺は両側とも下肺優位のび慢性出血を呈し,割面の観察では肺胞内に血液貯留をみとめた.脳重量は1,290g で肉眼的には左右対称,明らかな萎縮はみとめなかった.脊髄は全体として細く,前角は著明に萎縮していた.他の全身臓器では心臓(190g),舌,横隔膜をふくむ横紋筋の萎縮をみとめた.死因は瘻孔からの大量の出血による窒息死であった.
考察
本症例では気管切開術施行から気道出血にいたるまでの期間は4 年7 カ月であった.剖検所見では,気管粘膜の潰瘍部は気管カニューレの先端がちょうど接触する位置に存在しており,カニューレ先端の気管粘膜への慢性的な接触・圧迫が潰瘍形成と気管動脈瘻の誘因であった可能性が高い.一般的な呼吸器系疾患などにおいても長期に気管カニューレを使用するばあい,その管理が予後に影響を与える.神経筋疾患では,Duchenne 型筋ジストロフィー(DMD)の気管切開施行症例60 例のうち9 例に気管動脈瘻がおこったという報告がある.これらの症例の中には脊柱前彎・側彎の強い症例がふくまれており,それらの解剖学的変形が気管動脈瘻の形成に影響を与えていた可能性が指摘されている.したがって気管切開孔部の位置を決める際には,CT による検索をおこない動脈との位置関係などの検討が有用であるとしている.またDMD の気管無名動脈瘻の症例で血管内ステント留置により大出血を防げたとの報告もある.一方で,気管動脈瘻は気管切開後の期間とは無関係に形成されうると考察した報告もある.よって原則的に長期の気管カニューレ留置が必要になる神経筋疾患患者においては,気管切開施行直後から瘻孔形成の恐れがあることを念頭におくべきである.ALS をふくめた神経筋疾患のばあい,頸部をふくめた全身の筋萎縮が病期の進行と共に顕著になり,気管カニューレと気管切開孔の形状がしだいに合わなくなるため,適切な気管カニューレの固定が必要になる.またカフ圧の上昇による気管の拡大にともなう慢性虚血も気管壁の脆弱化をきたしうるため注意するべきである.気管切開後には定期的な気管内の観察をおこなって,気管カニューレの粘膜接触部の色調変化といった潰瘍形成の兆候を早期に発見することが,長期の生命予後を実現する上で重要であると考えられる.

引用:(臨床神経,48:60―62, 2008)