認知症を疑われていたが、呼吸不全を併発し、ALSと診断された症例の紹介です。

まずは症例の情報をつかみましょう。

症例は79 歳の女性で,もの忘れを主訴として2006 年に病院受診し,脳血管性認知症の診断にて加療されていたが,2007 年にもの忘れ症状が進行し,認知機能検査値の低下も認められた.
また,発語も復唱で字性錯語や吃音の出現も認めた.治療として塩酸ドネペジル5 mg/日の内服を開始、外来診察にて対応していた。
2008年5月、在宅での経過中にベッドの下に転落しているところを発見.呼びかけに返事がなく,II 型呼吸不全を呈し入院.神経所見から運動ニューロン疾患を疑い,針筋電図では下位運動ニューロンの脱神経所見を認めたことから,運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症の診断に至った.
以上,本例は短期記憶障害で発症した後,非流暢性失語をきたし,II 型呼吸不全を発症して初めて運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症と診断された症例である.

明日は考察をみてみましょう。
詳細は下記または本文献をご覧ください。

II 型呼吸不全を契機に診断された運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia with motor neuron disease)の1 例

里村 元ら (日老医誌2009;46:557―561)

緒言
前頭側頭型認知症(FTD)は運動ニューロン疾患(MND)を伴う病型があることが報告されており,近年では前頭側頭型認知症と筋萎縮性側索硬化症(ALS)との間に病理学的な共通点が指摘されていることから,両者は同一の病態を背景とする疾患群と考えられている.ALS は進行すると呼吸障害が出現し,根本的な治療法がない状況下で人工呼吸器を使用することの是非が倫理的に問題視されている.今回,我々は非流暢性進行性失語(PNFA)を疑われ,経過観察中にII 型呼吸不全をきたし,最終的に運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症(FTD-MND)と診断された症例を経験したので報告する.
症例
<症例>79 歳女性,右利き,主婦.
<主訴>何度も同じことを訊く.
<家族歴>特記事項なし.
<既往歴>59 歳:椎間板ヘルニア,痔核(ope),狭心症(PTCA 施行),喫煙歴なし.
<外来受診時の現病歴>2005 年頃より元気がなくなり,家計簿をつけなくなったり,料理をしなくなり,できあいのものを買ってくることが多くなった.また,同じことを繰り返し訊くことが多くなったため,夫と息子に連れ添われ2006 年6 月に当院もの忘れセンターを受診した.身体所見として両側の膝蓋腱反射の軽度亢進を認めるのみで構音障害や脱力は認めず,また明らかな失語症状も認めなかった.神経心理検査でMMSE 23 点と軽度から中等度の認知障害と,GDS 7 点と抑うつ傾向を認めた.
2006 年7 月に画像検査を施行し,頭部MRI では前頭葉および側頭葉皮質優位の萎縮,大脳基底核に多発するラクナ梗塞とPVH(periventricular hyperintensity)とDWMH(deep white matter hyperinsensity)を認めた.また99mTc-ECD シンチでは,eZIS にて両側前頭前野と左側頭葉皮質に-2SD 以上の血流低下を認めた.以上の結果より脳血管性認知症(VaD)と診断し,シロスタゾール50 mg/日の内服を開始したが,頭痛を訴えたため8 月よりニセルゴリン15 mg/日の投与に変更された.
<外来の経過>2006 年8 月にMMSE 27 点まで改善が見られたが,2006 年12 月受診時に発語困難があり,他覚的にも「るりもはりもてらせばひかる」の復唱がやや困難であった.また同時期にMMSE 20 点まで低下が見られた.このため言語機能評価を行ったところ,標準失語症検査(SLTA)で口頭での複雑命令と文字での短文の理解がやや低下しており,また呼称の軽度低下が見られた.またレーブン色彩マトリックス検査では21 点/36 点と軽度の低下を認めた.2007 年2 月に再診した際は同じ事を繰り返し訊くことがさらに増加し,6 月にはMMSE 16 点まで低下した.また発語も復唱で字性錯語や吃音の出現も認め,初診時の頭部MRI における前頭葉と側頭葉の萎縮,および99mTc-ECD シンチでの両側前頭前野と左側頭葉皮質の血流低下から非流暢性進行性失語(PNFA)が疑われた.このため塩酸ドネペジル5mg/日の内服を開始した.2007 年8 月に嘔吐があり,他院で上下部内視鏡やCTなどを施行するも原因となる器質的病変は認めなかった.入院時は食欲に問題はなかったが,退院後一度嘔吐がありその後拒食が出現した.同月頭部MRI 及び99mTc-ECD 脳血流シンチを再検したが,初診時と大きな変化は認めなかった.そのため食欲低下は前頭葉障害に起因した“こだわり行動”と診断し,抑肝散7.5 g/日の内服を開始した.内服後も排便をしないのに頻回にトイレに行く,毎日夕食で枝豆とビールしか取らない等の症状が見られたが,10 月には通常の食事を全量摂取できるようになり,“こだわり行動”も消失した.2008 年1 月より家で臥床している時間が増え,また発語量の減少と字性錯語の増加が見られ,意思を伝えるのが困難となった.MMSE は9 点と低下が見られた.ただし言語理解は比較的保たれ,簡単な命令に従うことや書字は可能であった.
<入院時の現病歴>
2008 年5 月7 日20 時頃,夫が帰宅したところベッドの下に患者が転落しているところを発見した.呼びかけに返答がないため,救急車で当院救急外来を受診した.来院時意識レベルはやや改善したがまだ混濁状態であった.頭部MRI を施行したが急性期の脳血管障害は認めず. また血液ガス分析でII 型呼吸不全を呈していたが,胸部レントゲン写真や胸部CT では呼吸不全の原因となる器質的疾患を認めなかった.そのため精査加療目的で入院となった.
<身体所見>
意識E4V1M6,体温36.4℃,血圧143/113 mmHg,心拍数72 bpm 整,SpO2 99%(O2マスク100% 6 l / min).頭部:眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし.
胸部:呼吸音左側で減弱,肺雑音なし,心音に異常なし.
腹部:特記すべき事項なし.
四肢:関節腫脹及び変形なし,浮腫なし.
<神経所見>
脳神経:舌萎縮,両側胸鎖乳突筋および僧帽筋萎縮,構音障害あり.
運動:四肢に明らかな脱力なし,両側母指球筋萎縮あり.舌及び僧帽筋から両上肢にかけて筋線維束性収縮あり.
感覚:表在感覚に異常なし,深部感覚は失語により評価困難.
反射:上下肢の腱反射は両側ともやや亢進,咽頭反射および下顎反射は減弱も亢進も認めず,Babinski およびHoffmann 反射なし.
錐体外路症状:頸部にのみ固縮と振戦あり.
<検査所見>
血算:Hb 15.0 g/dl,Ht 46.4%,RBC 475 万/ul,WBC12,000/ul,Plt 25 万/ul . 生化学:Na 137 mmol/l,K 3.3 mmol/l,Cl 92 mmol/l,Ca 9.4 mg/dl ,BUN 16.8 mg/dl ,Cre 0.4 mg/dl ,TP 8.4 g/dl ,Alb. 4.0 g/dl ,T-Bil 0.7 mg/dl ,ALP 178IU/l , AST 35 IU/l , ALT 17 IU/l , LDH 279 IU/l ,CK196 IU/l ,Glu 157 mg/dl ,CRP 0.2 mg/dl .
血液ガス:O2マスク100% 6l/min pH 7.268,pCO2 87.5 mmHg,pO2 169 mmHg,HCO3 38.6 mmol/l ,BE
7.8 mmol/l ,SAT 98.9%.
<筋電図>
安静時:上下肢に豊富な線維自発電位と陽性棘波を認め,上腕二頭筋に複合反復放電を認めた.また上肢に線維束自発電位を認めた.
随意運動時:上下肢で漸増が弱く,正常運動単位は下肢でしかみられなかった,特に上肢で多巣性かつ高振幅電位が多く観察された.
<神経伝導速度>異常なし.
<入院後経過>
II 型呼吸不全に対しNIPPV による呼吸管理を開始し,翌日には呼吸状態及び意識レベルは改善した.その後徐々にNIPPV からの離脱を行い,日中の使用は不要となった.意識レベルの改善後にSLTA を再検したところ,極端な発語の低下と言語理解の障害が出現していた.
呼吸不全の原因検索のため頭部MRI 及び99mTc-ECDシンチを施行したが,急性期の脳血管障害は認めず,1年前に施行した同検査の結果と著変は認めなかった.また脳波にも異常を認めなかった.来院時の神経所見から運動ニューロン疾患を疑い,針筋電図を施行した結果,下位運動ニューロンの脱神経所見あり,筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断した.
以上より,本症例は進行性認知障害と自発語の減少を特徴とした失語,保続の出現を認め,運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症(FTD-MND)と診断した.

引用:日老医誌2009;46:557―561