今回の症例は認知症で特にFTLDと疑われていたものの、脳血管障害とされていたものの、呼吸筋麻痺よりFTD/MNDとされた症例である。

認知症は高齢者のcommon disease であり,FTDが認知症の20%程度、そのうちFTDMNDも15%とまれではない頻度で報告されている.ALS特有の症状の出現が認められなかったため脳血管障害を疑われたが、筆者らはFTD-MND の診断過程に非流暢性の失語をきたすことがある点に注目し、誤診を少なくするための喚起を促し教訓的な一例としている。

II 型呼吸不全を契機に診断された運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia with motor neuron disease)の1 例

里村 元ら (日老医誌2009;46:557―561)


考察
前頭側頭型認知症(FTD)は前頭側頭葉変性症(FTLD)のひとつに分類され,そのうち運動ニューロン疾患を伴うものはFTD-MND と呼ばれている.FTLD は認知症の中でアルツハイマー型認知症(AD),レビー小体型認知症(DLB)についで3 番目に多く,認知症全体の12~20% を占めるとされている.FTLD のうちFTD は約半数を占め,FTD のうちMND を合併するものは15%程度とされている.
三山らの26 例の症例検討では,FTD-MND は初老期に発症し比較的女性に多い.症状として短期記憶障害よりも脱抑制や意欲低下が目立ち,また自発語の減少をきたすが比較的言語理解は保たれる.また認知症の診断後約1 年程度でMND の合併が診断され,また進行期ではパーキンソニズムの出現もある.また発症から死亡までの期間は3 年から5 年であり,比較的下肢の筋力低下は軽く,死亡時まで歩行が可能な例も多いが,球麻痺による誤嚥性肺炎で致命的経過をとることが多いとされている.以上より本症例はFTD-MND として典型的な経過をたどっていると考えられる.ALS では呼吸不全が臨床的な問題であるが,ALS 発症から慢性呼吸不全をきたすまでの期間は疾患の筋症状の進行速度が最も早い群でおおよそ1 年程度と報告されている.FTD-MND 例での呼吸不全の進行速度に関する検討はない.症例報告ではALS の経過中に急激な呼吸不全をきたした例や,肺炎を契機にALS と診断された例の報告があり,ALS 単独例でも急激な呼吸不全をきたし呼吸不全の発見が遅れる例があると考えられる.また運動性失語にALS が合併した報告例では,発症後1 年から1 年半程度で呼吸筋麻痺による呼吸不全をきたしていた.三山らの症例報告では,FTD-MND例とALS 単独例とで筋力低下部位の分布が異なることが報告されており,呼吸不全の発症時期も異なる可能性が考えられる.またFTD-MND では,失語によりに自覚症状の訴えが困難であったり,もしくは前頭葉障害による病識の無さから呼吸苦の訴えが目立たず,その結果 II 型呼吸不全の発見が遅れることも否定できない.呼吸筋麻痺に対するNIPPV の使用についてはALSではその有効性が認められているがFTD-MND ではその有効性は検討されていない.ただしFTD-MND にNIPPV を使用し,19 カ月生存できた例も報告されており,FTD の合併が必ずしもNIPPV の使用を困難にするわけではないと考えられる.本症例も外来通院時にはFTD 特有の“こだわり行動”が見られていたが,入院期間中にはそのような問題行動は消失しておりNIPPV の妨げることはなかった.FTD-MND 例の呼吸不全に対するNIPPV 使用の適応について,検討を重ねる必要があると考えられる.
認知症は高齢者のcommon disease であり,FTDMNDもまれではない頻度で報告されている.本例は初診時に特異的な所見を欠いていたため脳血管性認知症と診断されていたが,失語症状の進行の後,II 型呼吸不全が出現してはじめてFTD-MND と診断を確定することができた.FTD-MND の診断過程に非流暢性の失語をきたすことがある点で,本症例は老年科医にとって教訓的な一例と考えられた.

引用:日老医誌2009;46:557―561