呼吸筋機能と持久性体力の関係について、未だ一定の見解に至っていないようです。

呼吸筋機能と持久性体力との関係について
呼吸筋機能が高くても必ずしも持久性体力が高いとは限らない。むしろ、これが当てはまるのは,健常者よりも呼吸筋が弱い病的状態の場合である。
肺活量に関してだが、吸気圧,呼気圧ともに40 cmH2Oもあれば肺を十分に拡張できる。そもそも肺活量と持久性体力に関連性があるという研究も見あたらない。我々のデータでも同年代の健常者と長距離選手の肺活量を比較しても差が認められなかった。

運動選手の呼吸筋機能
持久系競技選手のV• O2max や無酸素性作業閾値が一般の健常者に比べて高いことは周知の通りである。
具体的に何の違いであるかははっきりしていないようで、持久系選手における呼吸筋機能に関して,呼吸筋持久力が優れていることがわかっているものの,それ以外は一定の見解に達してない。

呼吸筋疲労
呼吸筋は持久性の高い骨格筋といえる。しかしながら呼吸筋にも疲労が起こる。
呼吸筋疲労の発生は,最大吸気筋力に対してどのくらい呼吸筋が動員されるかと筋収縮時間(吸気時間)で決まると言われる。


今日はここまで、長いので半分で終わります。
今日の時点では、持久力に関しては一定の見解に至っていないようです。何をどのように鍛えていいのかという疑問が残ります。
詳細は下記または本論文をご覧ください。

呼吸筋トレーニングによる持久性能力の向上の可能性
解良 武士 理学療法科学 24(5):767–775,2009

I. はじめに
持久性体力の向上には,主に筋の有酸素性代謝能力の強化と循環系,とりわけ1 回拍出量の増大を目的としたトレーニングが行われるが,呼吸機能の向上にも関心が向けられるところである。また近年のマラソンブームによって様々な一般向けレースが開催されるようになり,マラソンが単に健康増進や達成感を味わうためだけではなく,着順が競われるゲーム的要素も含めて楽しまれている。そのため一般の愛好家もいかに速く走るかについてさまざまな工夫を行うようになってきており,呼吸トレーニングもそのような観点から注目されている。しかしながらそれらは盲目的に行われていることが多く,本来は科学的根拠に基づいて行われるべきである。呼吸機能といっても,肺活量,最大換気量(MVV),拡散能など多岐に渡るが,本稿ではそれらのうち呼吸筋機能について持久性体力との関係と呼吸筋トレーニングによる持久性能力の向上の可能性について論じていきたい。

II. 呼吸筋機能とは
呼吸筋が発生する力は呼気努力や吸気努力をしたときの最大口腔内圧で表し,呼気筋力は最大呼気口腔内圧(PEmax),吸気筋力は最大吸気口腔内圧(PImax)と呼ばれる。健常若年男子では概ねPEmax が120 ~ 140cmH2O,PImax が80 ~100 cmH2Oであるが,正常値には様々な報告があり,ばらつきが比較的大きい。PEmaxやPImax の測定は最大筋力に相当する評価方法であるが,持久力に相当する評価方法もある。呼吸筋持久力は漸増的に負荷を増やしていって呼吸運動が持続困難な状態に至るまでの時間や換気量を測定することにより評価することができる。しかしながら呼吸筋持久力の評価はスポーツの分野はおろか医療の分野でもほとんど行われることがない。

III. 呼吸筋機能と持久性体力との関係について
呼吸筋機能が高いと肺活量や分時換気量が大きくなり,運動時の酸素の取り込みが良くなるという期待がある。しかし呼吸筋機能が高くても必ずしも持久性体力が高いとは限らない。肺活量は英名がVital Capacityと呼ばれるほど重要な能力であることもあり,運動能力との関連があるのではないかと考えることはごく自然なことである。肺活量は性別,体格,加齢との関係が強いことが知られている。それ以外に胸郭の硬さや呼吸筋力に影響を受ける。胸郭がより柔軟で,呼吸筋力がより強力であれば肺・胸郭の拡張・縮小の程度が増すため,肺活量は増加することが考えられる。ただしこれがよく当てはまるのは,健常者よりも遙かに呼吸筋が弱い病的状態の場合である。肺・胸郭が発生する弾性収縮圧(または拡張圧)と肺気量との関係を肺・胸郭の圧量関係と呼ぶが,この関係を考慮すると吸気圧,呼気圧ともに40 cmH2Oもあれば肺を十分に拡張できる。しかし最高肺気量位ではいくら圧力を高めても肺・胸郭はほとんど拡張しないし、逆に最低肺気量位では圧力を減じてもほとんど縮小しない。したがって呼吸筋力が正常以上で標準的な肺・胸郭であれば呼吸筋力の多少の増減は肺活量にあまり影響を与えない。
そもそも肺活量と持久性体力に関連性があるという研究も見あたらない。我々のデータでも同年代の健常者と長距離選手の肺活量を比較しても差が認められなかった。運動による分時換気量の増加は中等度の運動強度までは1 回換気量の増加でまかなわれるものの,それ以上の運動強度では主に呼吸数の増加でまかなわれる。最大運動時でも1 回換気量は肺活量に近づくことはない。したがって1 回換気量の増加に対する予備力が十分であるため,肺活量の正常範囲内の多少はほとんど影響しないであろう。
次に単位時間あたりの換気能力と持久性体力との関係に関心が及ぶところである。非運動時に得られるMVVは,呼吸器の純粋な換気能力の指標として用いられる。これはMVVが呼吸筋力,気道閉塞の程度,胸郭の堅さ,努力などに影響を受けるがそれ以外からはあまり影響を受けないためである。呼吸筋力を強化すれば多少なりともMVVが向上することが考えられるので,呼吸筋トレーニングによってMVVが向上すれば体内に酸素をより多く取り入れることができるようになり,持久性体力が向上するのではないかと期待するのは無理もない。しかし普通,漸増運動負荷試験で得られる最高換気量(V• Epeak)はMVV で得られる値より遙かに低い。その差はBreathing Reserve と呼ばれ呼吸能力の予備力を表しており,一般成人で大体MVVの10–40%ほどある。健常者の場合,最大運動を行っても呼吸筋機能のすべてが動員されるわけではないので,MVVが向上しても持久性体力の向上には繋がりにくい。最大酸素摂取量(V• O2max)が高ければ高いほど持久性体力が優れていることになるが,一般的に酸素摂取量はFick の理論式で説明されるように,心拍数,1 回拍出量(この2 つをかけると心拍出量),動静脈酸素分圧較差で概ね決まる。正常範囲の呼吸機能を有していれば,V• O2maxは呼吸筋機能の高低の影響をあまり受けない。

IV. 運動選手の呼吸筋機能
持久系競技選手のV• O2max や無酸素性作業閾値が一般の健常者に比べて高いことは周知の通りである。しかし肺活量,1 秒率,呼吸筋力などの呼吸機能と競技との関連性については報告がまちまちであり,必ずしも一致していない。Cordain らは101 名の広い年齢層から得られた肺機能検査を他の報告と比較している。その結果,マラソンランナーは一般健常者に比べ残気量が多く呼気筋力が低いと報告している。またCordain らは同年代の若年水泳選手とクロスカントリー選手の肺機能も比較している。その結果,全肺気量や努力性肺活量は水泳選手の方がクロスカントリー選手や一般大学生よりも大きかった。しかしながら呼気筋力はクロスカントリー選手のほうが強く,競技特性の違いが示唆された。我々もパワー系競技選手の代表としてウェイトリフティング選手の肺機能を同世代の大学生と比較したところ,肺活量や1 秒率,呼吸筋力は明らかに前者の方が高かった。しかし持久系競技選手と一般大学生との比較も行ったところ吸気筋力は前者の方が高かったがその差はパワー系選手ほどはなく,MVV は差が無く肺活量はむしろ持久系競技選手の方が低値であった。呼吸筋持久力に関する持久系競技選手の報告もある。Eastwood らはマラソン選手と座りがちな同世代の健常者との肺機能と持久性体力を比較した研究で,2 分毎の漸増的圧閾値負荷で得られる呼吸筋持久力の検討も行っている。その結果,到達できた最大負荷量はマラソン選手の方が明らかに高値で,呼吸筋持久力は健常者よりも優れていた。ただし彼らの研究ではマラソン選手の呼吸筋力は有意には高くなかったが肺活量は逆に多かった。Martin らも持久系競技選手のほうが吸気筋力や呼吸筋持久力が高かったと報告している。持久系選手における呼吸筋機能に関しては,呼吸筋持久力が優れていることがはっきりしているものの,それ以外は一定の見解に達してない。

V. 呼吸筋疲労
呼吸筋持久力を考えるためには,呼吸筋疲労についても触れておかなければならない。呼吸筋は持久性の高い骨格筋といえる。しかしながら呼吸筋にも疲労が起こる。実験的であるが一方弁バルブを付けた気道抵抗装置を介して吸気に抵抗を加え,途中間欠的に呼吸筋力を調べるとPImax は呼吸抵抗時間に比例して降下していく。これが呼吸筋疲労なのである。呼吸筋疲労が進行すると換気需要に見合う換気量が保てず,酸素不足,炭酸ガスの蓄積が起こり(これは肺胞低換気による),呼吸運動を持続することができなくなる(被験者は気道抵抗器から口を離すことになる)。呼吸筋疲労の発生は,最大吸気筋力に対してどのくらい呼吸筋が動員されるかと筋収縮時間(吸気時間)で決まると言われる。Time-Tension Index(TTdi)は運動時の横隔膜の発生圧(Pdi)を最大吸気努力時の最大発生圧(Pdimax)で除した値と,吸気時間(TI)を一呼吸周期(TTOT)で除した値との積である(TTdi =Pdi/Pdimax× TI/TTOT)。この値が0.15 未満であれば呼吸筋疲労が起こらないが,0.18 以上となると呼吸筋疲労が起こり換気が維持できなくなる。したがって激しい運動により換気量が増えて横隔膜の発生圧が高くなり,さらに吸気時間も長くなれば,呼吸筋疲労が発生してそれにより運動が持続できなくなってもおかしくない。そのため呼吸筋力が強くなれば筋の予備力も大きくなり呼吸筋疲労による換気不全に至るまでの時間が延長することが考えられるが,持久性選手の呼吸筋力は一般成人に比べ必ずしも高くない。これらの点も踏まえて呼吸筋機能と持久性体力との関係についてさらに考察する必要がある。


引用:理学療法科学 24(5):767–775,2009