ALSの自律神経系は正常か?

筋萎縮性側索硬化症
1.筋交感神経活動(MSNA)
ALSでは交感神経興奮状態ではあるものの軽度にとどまるものであったと報告している。
それは動けないことやストレスによるものではない。

ALSのMSNAはある時期まで増加傾向となるが、その後低下傾向となり、このMSNA異常は脊髄中間質外側核(IML)細胞が持続的に興奮状態にあることが推測されている。

2.皮膚交感神経活動(skin sympathetic nerve activity : SSNA)
ALSではSSNAの安静時基礎活動は有意に増加し、このSSNAの皮膚血管に関係する活動が、正常者と同程度、あるいはそれ以上に保たれている事がALSの褥瘡の作り難さと関連している可能性がある。


以上のように決して自律神経系が正常とはいえません。常に興奮し、反応が少ないと覚えて頂いて良いかと思います。
詳細は下記または引用資料をご覧ください。

Microneurographyの神経変性疾患の応用
新藤和雅  BRAIN and NERVE 61(3) : 263-269,2009

はじめに
神経変性疾患の中には、自律神経症状やその機能障害が重要な臨床徴候の一つとされている疾患が多く含まれている。しかしながら、これまで多くの自律神経系に関する臨床研究報告が、それぞれの効果器の反応性を観察するものが多かったために、変動しやすい自利る神経系のパラメーターであることも加わって、研究者によって結果が一定せず、いまだに自律神経異常の有無に関するコンセンサスが得られていない変性疾患が少なくない。
Microneurography(微小神経電図法、以下MNG)は、経皮的に末梢神経幹から感覚系求心性活動など様々な種類の神経活動を区別して記録する方法である。なかでも交感神経活動は、自発性の遠心性バースト活動として記録可能であり、定量化も容易なことから、正常者における生理学的な知見が数多く蓄積され、MNG研究の中では最も発展してきた分野である。筆者はこれまでに、自律神経機能検査の1つとして、300例以上の神経疾患でMNGを用いた交感神経活動記録を行ってきた。本稿では、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症、パーキンソン病において、微小神経電図法を用いた交感神経活動を筋交感神経活動(MSNA)と皮膚交感神経活動(SSNA)に分けて、その特徴について概説し、今後の臨床応用の可能性についても言及することとした。なお、記録方法の詳細については、本特集の別項または検査法の成書をご参考いただきたい。

Ⅰ.筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis : ALS)
1.筋交感神経活動(muscle sympathetic nerve activity : MSNA)
1) 健常成人との比較
神経変性疾患におけるMNG記録を始めた初期の段階で、ALS患者では比較的若年にもかかわらず安静時のMSNAが増加している症例が多くみられた。多数例での検討が必要と考え、ALS患者と年齢を一致させた健常成人とのMSNA定量値の比較を行った。結果は、ALS患者では若年群でMSNAが高値を示し、MSNAと年齢との間に健常人では正の相関がみられたが、ALS群では同様の相関関係は認められなかった。両群全体でのMSNAの比較では、ALS患者群でMSNAのバースト数は有意に増加し、安静時の血圧、心拍数については両群に有意差はみられなかった。頭部挙上負荷に対する反応は、MSNAの増加反応はALS群で有意に低下していた。また、OeyらもALSの交感神経系の機能検査を健常者と比較して行っている。結果として、MSNAは安静時は両群に差がみられていなかったが、下半身陰圧負荷の反応性はALS群で有意に低下し、ALSでは交感神経興奮状態ではあるものの軽度にとどまるものであったと報告している。
2) 他の神経・筋疾患患者との比較
ALS患者でのMSNAの異常は、筋萎縮による血行動態の変化、日常生活活動(activity of daily living : ADL)の制限によるストレス、慢性的な呼吸障害に伴う影響によるものが否定できず、それらの関与について検討する必要があった。そこで、ALSと同様に筋萎縮によるADL制限がある神経・筋疾患患者を対照として、MSNAの比較検討を行った。結果は、ALS患者ではMSNAが全年齢において高値を示す傾向がみられ、両群全体の心拍数、平均血圧の比較では有意差はなく、MSNAは疾患対照群と比較してALS患者群で有意に増加していた。以上から、ALS患者では、運動神経系病変による2次的な変化とは関連性の少ない交感神経基礎活動亢進状態が存在し、特異な自律神経障害がみられることが明らかとなった。
3) MSNAの断時的変化
これまでのALSにおける自律神経障害の心理生理および薬理学的検討結果は、筆者らのMSNAの結果と一致するものであった。しかし、神経病理学的検討によれば、ALSの胸髄側角細胞は減少傾向となっているとの報告が多く、生理学的知見とは合致しない結果であり、この矛盾点が解決するべき課題として残されていた。
この問題点を解決するために、筆者らは40例のALS患者においてMSNAと罹病期間や重症度などとの関連性について検討し、また、複数回MSNA記録を行った患者において時間的な変化があるかどうかの検討も行った。その結果、MSNAは発症早期例を除いて罹病期間が長くなり重症度が高くなるにつれて低下する傾向があり、同一患者においては1回目に比べて2回目のMSNAは有意に低下することが確認できた。
以上の結果と過去の報告とを考え併せ、以下の様な病態機序が推測される。すなわち、ALSではMSNAはある時期まで増加傾向となるが、その後低下傾向となり、その時期に病理学的検索を行えば脊髄中間質外側核(nucleus intermediolateralis : IML)細胞の減少している所見が得られ、けっして生理学的所見と矛盾はしないとものと考えられる。このMSNA異常はIML細胞が持続的に興奮状態にあることを推測させるものであり、ALSの運動神経病変の中核をなす脊髄前角細胞の易興奮性との類似性があり、注目すべき点と考えられる。
4) MSNA記録の臨床的意義
これまでにさまざまな神経・筋疾患においてMSNA記録を行ってきたが、頸椎症(cervical spondylosis : CS)では安静時のMSNAが減少する症例が多く、運動神経症状の重症度の高さと負の相関関係があることを報告した。ALSではCSを合併することも多く、CSでは感覚障害が軽度な筋萎縮主体の病型があることから、MSNA記録がALSとCSとの鑑別診断に役立つ可能性が考えられた。そこで、CS合併ALSと筋萎縮主体のCS患者を選んでMSNAの比較を行ったところ、CS群よりCS合併ALS群で有意に増加している事を確認できた。この結果から、発病早期のALSと筋萎縮主体のCSとの鑑別にMSNA記録は役に立つ可能性があると考えられる。

2.皮膚交感神経活動(skin sympathetic nerve activity : SSNA)
ALSの自律神経症状としては、発汗に関係する報告は比較的多く、発汗機能検査としての交感神経性皮膚反応(sympathetic skin response : SSR)の異常についても多くの報告がある。ALS患者でSSNAを記録した報告は、山本らによるものが最初である。その報告によれば、ALSではSSNAの安静時基礎活動は有意に増加し、暗算や音刺激など負荷をかけた時の反応性は対照と比べて低下していたと報告されている。筆者らもALS患者でのSSNA記録を20例で行い、基礎活動は健常者に比べて有意に増加しており、電気刺激のよる反射性バースト活動の立ち上がりまでの潜時は軽度ながら有意に延長している事を確認できた。この原因については、ALSにおける中枢自律神経の機能異常に加えて、SSRでの検討結果から、SSNAを構成する皮膚血管収縮神経活動に先行する発汗神経活動が消失しやすい傾向があることが関与している可能性を考えている。SSNAは、基礎活動が精神状態や環境温度などにより変動しやすく、同一個人での記録においても時間経過とともにSSNAが変化するため、安静時の定量値を決めることが難しい場合がある。しかし、このSSNAの皮膚血管に関係する活動が、正常者と同程度、あるいはそれ以上に保たれている事がALSの褥瘡の作り難さと関連している可能性がある。

引用:BRAIN and NERVE 61(3) : 263-269,2009