腹臥位と前傾側臥位の比較

対象と方法
ALI/ARDS 17 例が選択基準を対象。9 例がグループA、8 例がグループB に割付けられた。
そして、腹臥位と前傾側臥位に違いを比較した。

結果
1.酸素化の変化
 両群ともベースラインと比較して腹臥位および前傾側臥位によってP/F は有意に増大し(p < 0.05)、いずれの体位においても仰臥位に復した2 時間後にはP/F が低下したが、有意差は認めなかった。P/F の改善度は、グループA で腹臥位77 ± 43%、前傾側臥位29 ± 12%(p < 0.05)と腹臥位の方が有意に大きかったが、グループB では前傾側臥位40 ±24%、腹臥位55 ± 23%で有意な差を認めなかった。

2.スタッフの労力と合併症
 体位変換に要したスタッフ人数は、グループA、Bいずれも前傾側臥位で有意に少なかった。VAS による体位変換の困難度は、両群いずれも腹臥位で有意に困難度が大きかった。合併症として両群とも腹臥位では皮膚の発赤、顔面の浮腫、低血圧、頻脈を認めたが、前傾側臥位では認めなかった。

詳細は下記または引用文献をご覧ください。
明日は考察を書きたいと思います。

前傾側臥位が急性肺損傷および急性呼吸促迫症候群における肺酸素化能、体位変換時のスタッフの労力および合併症発症に及ぼす影響

神津 玲 人工呼吸 第26巻 第2号 82~89頁(2009 年)

緒   言
 今回、前傾側臥位が酸素化と実施スタッフの労力、合併症に及ぼす影響について明らかにすることを目的に、腹臥位との比較検討を行った。また、前傾側臥位が腹臥位の代用として妥当な選択肢となりうるか考察を加えて報告する。

対象と方法
1.対 象
 選択基準は年齢が18 歳以上、ALI/ARDS の診断基準を満たし、気管挿管下にて人工呼吸管理下にある患者とした。また、酸素化障害の存在とともに胸部レントゲン写真上で両側肺野の浸潤陰影を呈しており、下側肺障害を伴っていることを基準に加えた。
 酸素化障害はFIO2が0.5 以上、人工呼吸器の換気条件で最大吸気気道内圧が35cmH2O 以上、あるいはPEEPが10cmH2O 以上においてもPaO2が100mmHg 以下とした。また、下側肺障害の存在は胸部CT あるいは山内らの診断基準に従った。
 除外基準は、上記選択基準に合致してから48 時間以上が経過、昇圧薬を投与しても収縮期血圧が80mmHg 以下、致死的不整脈の存在、骨盤や脊柱の骨折、および臨床的に頭蓋内圧亢進が疑われる頭部外傷の合併とした。
 対象者は全例、担当医より呼吸理学療法が処方されており、本研究は呼吸理学療法評価および治療介入とあわせて実施した。なお、対象者あるいは家族には紙面および口頭にて十分な説明を行い、署名にて同意を得た。
2.研究デザインとプロトコール
 本研究では、対象者を1 回目に腹臥位、2 回目(翌日)に前傾側臥位の順序で実施するグループA と、その逆の順序にオーダーするグループB にランダム割付けし、翌日にクロスオーバーを行うランダム化クロスオーバー試験のデザインで実施した。
 腹臥位への体位変換はMackenzie らの方法に従った。3 名のスタッフで、まず完全側臥位まで体位変換を行った。下側になった下肢の股関節が完全伸展位となっていることを確認した上で、2 名のスタッフが体幹を持ち上げ、もう1 名のスタッフが下側になった上肢を対象者の体幹の後方に移動させた後、ベッド面に対して垂直位となっている骨盤を前傾させるとともに、上側になっている下肢も伸展させながら、腹臥位とした。頸部・顔面は体位変換の方向へ回旋位、胸部と腹部、骨盤帯はベッド面に対して平行となっている状態をもって腹臥位の体位とした。姿勢が安定していることを確認後、鎖骨にかかる前胸部と上前腸骨棘を含む骨盤帯には薄手のクッションを挿入した。
 前傾側臥位への体位変換は腹臥位の条件と同様、3名のスタッフで対応した。完全側臥位まで体位変換を行った後、下側になった下肢の股関節が完全伸展位となっていることを確認した上で、ベッド面に対して垂直位となっている骨盤を前傾させるとともに肩甲帯の上側を前方に、下側を後方に動かしながら体幹を前傾位とした。完全側臥位にてベッド面と対象者の背面の形成する角度を90 度とした場合、135 度の角度を有しており、かつ肩甲帯と骨盤帯の位置関係は平行、下側の下肢は完全伸展位、上側の下肢は軽度屈曲位の状態をもって前傾側臥位の体位とした。姿勢が安定していることを確認後、大きめのクッションで上側の上・下肢と前胸部を支持するとともに、頭部に枕を挿入した。なお、下側になっている肩関節に過剰な荷重が加わることがないように肩関節を外転位として位置を調節したが、腹臥位のように上肢を体幹の後方へ引き抜くことは行わなかった。
 いずれの実施も、人工呼吸管理中にある患者の腹臥位への体位変換の経験を有し、日常より体位管理に関わっている理学療法士と看護師によって行った。また、体位変換の際は気管挿管チューブの屈曲や抜管、末梢動静脈ルート、各種ドレーンの事故抜去や屈曲閉塞、位置には細心の注意を払うとともに、心電図、動脈圧およびパルスオキシメータの連続モニタリングのもとで、ゆっくりとかつ慎重に行った。体位変換中や変換後に収縮期血圧30mmHg 以上の変動、120 回/ 分以上の頻脈、60 回/ 分以下の徐脈、期外収縮の有意な増加、対象者の拒否を認めた場合には中断し、仰臥位に戻した。また必要に応じて鎮静薬の投与量を調節した。
 両体位の持続時間はいずれも2 時間とし、前傾側臥位の場合は事前に右あるいは左側でそれぞれ1 回ずつ試行し、SpO2の反応がよい方向を選択した。左右で差がないと判断し得た場合には、ラインやドレーンの位置から実施しやすい方向とした。 人工呼吸管理は、対象者の体位に関係なく同一の換気様式とした。ガイドラインに従った容量規定型換気にて一回換気量は10ml/kg 以下に、PEEP は10 から15cmH2O とし、吸気終末のプラトー圧は35cmH2O を超えないように設定した。FIO2 は1.0 で開始し、SpO2 でモニターしながら最低90%以上を保つように漸減した。
3.評価指標と解析方法
 対象者の背景として年齢、性別、ALI/ARDS の誘因、重症度(APACHE Ⅱスコア、LIS )、動脈血液ガス値、人工呼吸器設定、プラトー圧について、ランダム割付けを行った時点で評価した。
 酸素化は、体位変換直前の仰臥位(ベースライン)、腹臥位および前傾側臥位保持の2 時間後(終了直前)、仰臥位に戻した2 時間後を測定点として動脈血液ガス分析を行い、P/Fとして両群各体位において測定点間で比較した。また、腹臥位と前傾側臥位におけるP/F の改善の大きさの比較は、それぞれの体位におけるベースライン値と終了直前値のパーセント変化を計算し群間で比較した。仰臥位に戻した後のP/F の低下度については終了直前値と仰臥位に戻した2 時間後の値のパーセント変化で同様に比較した。
 それぞれの体位変換に要したスタッフ人数については、実際の体位変換に直接携わったスタッフの合計人数として示した。体位変換の困難度についてはVASを使用した。
100mm の水平直線の左端を「全く大変ではなかった」、右端を「とても(最大に)大変であった」と定義して、体位変換終了直後にスタッフがその程度に応じて直線上に印を付け、これを左端から印までの長さを測定することで、労力の程度を数値として置き換えた。体位変換および保持に伴う合併症は各体位の保持中および仰臥位に戻した直後に評価した。
 対象者背景の群間比較には対応のないt 検定またはMann-Whitney 検定、χ2 検定を用いて解析した。P/F については同一体位における各測定点の間で反復測定一元配置分散分析を行い、多重比較にはFisher's PLSD 法を用いて比較した。またP/F における改善の大きさと仰臥位に戻した後の低下度、体位変換に要したスタッフ人数と困難度については群内比較として、対応のあるt 検定またはWilcoxon の符号付順位検定を、群間比較として対応のないt 検定あるいはMann-Whitney 検定を用いた。
 各測定値は平均値±標準偏差、あるいは実測値(%)で示し、有意水準5%未満をもって統計学的有意とした。

結   果
1.対象者背景
 17 例が選択基準を満たし、本研究の対象となった。うち9 例がグループA、8 例がグループB に割付けられた。対象者背景として年齢、性別、誘因、重症度、呼吸状態は両群間で統計学的に差はなかった。
 また、中止基準に従って体位変換とその保持を中止した症例はなかった。
2.酸素化の変化
 両群ともベースラインと比較して腹臥位および前傾側臥位によってP/F は有意に増大し(p < 0.05)、いずれの体位においても仰臥位に復した2 時間後にはP/F が低下したが、有意差は認めなかった。
 腹臥位と前傾側臥位におけるP/F の改善度(パーセント変化)は、グループA で腹臥位77 ± 43%、前傾側臥位29 ± 12%(p < 0.05)と腹臥位の方が有意に大きかったが、グループB では前傾側臥位40 ±24%、腹臥位55 ± 23%で有意な差を認めなかった。仰臥位に戻した後のP/F の低下度(パーセント変化)は、グループA で腹臥位- 8.5 ± 9%、前傾側臥位- 7.4 ±2.8%、グループB で前傾側臥位- 12 ± 7%、腹臥位- 7.6 ± 3%と、体位によって有意な差はなかった。
 同一体位における群間比較では、いずれも有意差を認めなかった。
3.スタッフの労力と合併症
 体位変換に要したスタッフ人数は、グループA、Bいずれも前傾側臥位で有意に少なかった。VAS による体位変換の困難度は、両群いずれも腹臥位で有意に困難度が大きかった。合併症として両群とも腹臥位では皮膚の発赤、顔面の浮腫、低血圧、頻脈を認めたが、前傾側臥位では認めなかった。
 同一体位における群間比較では、いずれも有意差を認めなかった。


引用:人工呼吸 第26巻 第2号 82~89頁(2009 年)