呼吸筋のトレーニング法
様式を合わせることが必要です。例えばマラソンなら長い訓練が必要でしょう。吸気筋に負荷をかける方法と、呼気筋に負荷をかける方法がありますが、様式を合わせる点でいえば、吸気筋への負荷でしょう。持久力を鍛える場合、評価と運動は目的とする結果に関連した方法をとることが必要であると考えます。

以下に、文献をまとめます。

運動と呼吸筋疲労
Ross らは一般の漸増負荷試験よりも遙かに長い距離を走行させた後の肺機能と呼吸筋力を測定した。その結果,呼吸筋力と吸気最大流速が低下した。この結果はマラソンのような長時間の走行条件なら呼吸筋は疲労し,その呼吸筋持久力疲労が持久性体力や持久系競技の成績に関係する可能性を示唆している。
実際の競技に比べこのような運動負荷試験は明らかに運動時間が短いため,評価法においても疑問が残る。

呼吸筋トレーニングの方法
呼吸筋トレーニングの方法には様々なものがあり,主に換気を促進させる方法と抵抗を加える2つの方法がある。その他,腹部に重錘バンドをおいて横隔膜の抵抗として用いる方法がある。
持久系競技選手に対して呼吸筋トレーニングを行うとするなら,筋持久力を向上させるトレーニング方法を選択することになる。よく用いられるのは小さな穴に向かって呼吸を行う流量制限負荷かバネの力で閉鎖された弁に向かって呼吸を行う圧閾値負荷である。負荷量は“穴”のサイズを経験的に決めるか,圧の場合はPImax の30 ~ 50%とし,運動持続時間をそれぞれ15 分程度にするのが一般的である。また吸気流量を上げることで負荷を高めるIncentive spirometryも医療用のものが流用されている。吸気流量を上げる方がより実際の運動に近い筋収縮様式で,かつ負荷強度が低く持続時間が長い持久性トレーニングに合致した方法といえる。

持久系競技選手への呼吸筋トレーニングの必要性
これまで呼吸筋トレーニングは,流量負荷や圧閾値負荷の負荷量を強くすればより大きな効果が期待できるため,その負荷圧を高く設定することが行われてきた。しかし,実際は呼吸筋力が向上しても全身持久性体力は改善しない。持久性体力を向上させるのなら低負荷高頻度のかつ長時間トレーニングが望ましいし,運動中の換気運動様式に近い方法を選択した方が良いと考えられる。

詳細は下記または本文献をご覧ください。


呼吸筋トレーニングによる持久性能力の向上の可能性
解良 武士 理学療法科学 24(5):767–775,2009

Ⅵ.運動と呼吸筋疲労
強い呼吸負荷により呼吸筋疲労が起これば,それにより酸素需要に応じた肺胞換気量が維持できず運動が持続できないこととなる。しかし競技の最中,特に競技後半に呼吸筋疲労が実際に起こるのかが問題である。Coast らは6 名のクロスカントリースキー選手と5 名の非鍛錬者を漸増負荷試験で疲労困憊まで運動させた前後の呼吸筋力を測定した。非鍛錬者が負荷試験前に比べ有意に吸気筋力が低下したのに対しクロスカントリースキー選手は吸気筋力は低下しなかった。しかし我々の自験例では持久系競技選手と一般大学生で同等の試験を行ったところ,いずれも運動負荷試験前後では明らかに低下することはなかった。これは最大運動時でもMVVまで換気量は増加しないし,筋が疲労を起こすまで呼吸筋力が動員されることはないためであると考えられる。
しかしながら,実際の競技に比べこのような運動負荷試験は明らかに運動時間が短いため,これらの結果はこの関心事について明確に答えているかは疑問である。興味深い報告がある。Ross らは一般の漸増負荷試験よりも遙かに長い距離を走行させた後の肺機能と呼吸筋力を測定した。その結果,呼吸筋力は118±20 cmH2Oから100 ±22 cmH2Oに,吸気最大流速が6.3 ±1.4 L/s から4.9 ± 1.5L/s に低下した。またマラソンのような長時間の運動後も呼吸筋力は低下する。これらの結果はマラソンのような長時間の走行条件なら呼吸筋は疲労し,その疲労性(呼吸筋持久力)が持久性体力や持久系競技の成績に関係する可能性を示唆しているのである。見方を変えればトレーニングされた長距離選手ですら呼吸筋トレーニングを行っていることは少ないので,この点についてはトレーニングの余地が残されていると考えてもよい。

VII. 持久系競技選手への呼吸筋トレーニングの効果
呼吸筋トレーニングの方法には様々なものがあり,主に換気を促進させる方法と抵抗を加える2 つの方法がある。その他,腹部に重錘バンドをおいて横隔膜の抵抗として用いる方法がある。呼吸筋トレーニングには機械的な呼吸負荷を加える専用の器具を用いることが多く,一般向けに販売されているものもある。呼吸筋も過負荷の原則に従いトレーニングを行えばその増強は比較的容易であるが,健常者でも鍛錬された選手でもそれは同じである。しかしながら問題はトレーニングした結果,V• O2max が増加したり,走行耐久性が高まったり,レースのタイムが縮まるかである。その点については,持久系運動選手へのトレーニングの研究に関する成果がそれほど蓄積されていないので一定の見解が得られていない。
Morgan らは男性自転車選手に対して流量負荷を用いたトレーニングを3週間行ったが,呼吸筋力や呼吸筋持久力は有意に増加したものの,肝心のV• O2maxや自転車走行試験の成績は改善しなかった。Fairbarn らはMSVC(Maximal sustained voluntary capacity)のテクニックを用いて,5 名の男性自転車選手への呼吸筋トレーニングの効果を検討したが,呼吸筋持久力は増加したものの,エルゴメーターのパフォーマンスは向上しなかった。その他の研究者も同様の報告を行っており,呼吸筋トレーニングによって呼吸筋は増大するものの,持久性体力や競技成績は向上しないという報告が多い。一方,McMahon らは自転車競技経験者にHyperpnea endurance training を行ったところ,V• O2max は変わらなかったが85%Wmaxでの自転車駆動時間が延長し呼吸筋トレーニングによる全身持久性の向上が得られた。Leddyらも呼吸筋持久性を高めるIsocapnic hyperventilation trainingによる効果を報告しており,80%V• O2maxでのトレッドミル走行時間の延長や4マイル走行試験でのタイムの短縮が認められた。
持久系競技選手への呼吸筋トレーニングは,呼吸筋力や呼吸筋持久力を確かに高めるのだが,持久性体力や長距離走の成績は必ずしも向上させるわけではないようである。持久系競技選手への呼吸筋トレーニングは効果があるか否かは,今ひとつはっきりしない。Gigliotti らは呼吸筋トレーニングによる持久系体力の改善に関する報告を競技選手と一般健常者を含めて検討している。彼らが採用した18 の報告のうち持久性体力に関する成績が高まったのは12 報告,運動中の分時換気量が減少したのが3 報告,増加したのが6 報告,V• O2max が増加したのはわずか1 報告,血中乳酸を測定した7報告のうち乳酸血中濃度が抑制されたのが4報告であった。我々はさらにそれらを用いられた負荷法に着目して精査したところ,持久性体力が向上した12 報告のうちHyperpnea endurance training は8 報告,圧閾値負荷は3 報告,流量負荷は1 報告であった。これらの報告から持久性体力の向上が期待できる呼吸筋トレーニング方法について考察できる。

VIII. 呼吸筋トレーニングの方法
持久系競技選手に対して呼吸筋トレーニングを行うとするなら,運動の特異性から考えれば当然筋持久力を向上させるトレーニング方法を選択することになる。よく用いられるのは小さな穴に向かって呼吸を行う流量制限負荷(Resistanceload)かバネの力で閉鎖された弁に向かって呼吸を行う圧閾値負荷(Pressure threshold load)である。これらは構造が簡単で安価である。負荷量は“穴”のサイズを経験的に決めるか,圧の場合はPImax の30 ~ 50%とし,運動持続時間をそれぞれ15 分程度にするのが一般的である。また吸気流量を上げることで負荷を高めるIncentive spirometryも医療用のものが流用されている。これらは生体からみると外部負荷になるが,内部負荷(肺・胸郭の弾性力や気道抵抗)を利用した方法もある。Voluntary normocapnic hyperpnea またはVoluntary isocapinic ventilation(VIH)は対象者に随意的に過換気を行わせる方法である。ただし体内の二酸化炭素濃度は換気量に直接影響を受け,過換気になると容易に過換気症候群(低炭酸ガス血症)を起こすため,吸入二酸化炭素濃度を高く調整する必要がある。簡便な方法では再換気用のバックを付けた器具で換気させ,過換気症候群を防止する。Fairbran は呼吸筋持久力を測定する目的も兼ねて吸気筋トレーニングにMSVCを用いた。
これはあらかじめCO2 濃度を調整したガスを吸入させるため,VIHのように対象者の呼吸パターンに吸入CO2濃度が影響されない。しかし手間がかかるため,ほとんど用いられていない。VIH で過換気防止に用いられる再換気用バックの容量は,実際に呼気終末炭酸ガス濃度をモニターして調節するべきではあるが多くの研究者は共通して肺活量の50~60%の容量のバックを利用している。負荷量は分時換気量と継続時間で決定され,分時換気量はMVV値の50%程度,継続時間は30分程度から始め,持久性が高まってきたら分時換気量を増加させることで調整する。このように呼吸筋トレーニングに用いられる負荷は外部負荷と内部負荷に大別されるが,この2つはトレーニングの特異性から見ると少し異なる。前者は流量負荷にせよ圧閾値負荷にせよトレーニング中の呼吸数はそれほど多くなく,せいぜい20 ~30 回/ 分なのに対し,後者はトレーニング値がMVV 値の50%とすれば60 ~80 回/ 分と明らかに異なり,後者のほうが実際の運動時の呼吸数に近い値である。負荷の強度や時間も異なり,前者が口元での負荷圧をPImax の30 ~ 50%程度に,時間を15 分程度に設定するのに対し,後者は換気量を増す代わりに負荷圧をほぼゼロ(ただし横隔膜自体の負荷はゼロではない),持続時間は30 分以上である。後者の方がより実際の運動に近い筋収縮様式で,かつ負荷強度が低く持続時間が長い持久性トレーニングに合致した方法といえる。

IX. 持久系競技選手への呼吸筋トレーニングの必要性
筆者自身はこれまで呼吸筋トレーニングは持久系競技選手に必要ではないという立場であった。これは,①持久系競技選手の持久性に関する体力指標が呼吸機能によって制限を受けない(MVVと漸増運動負荷試験での最大換気量との関係や,呼吸筋疲労が一般の負荷試験で誘発されない点から),②持久系競技選手の呼吸筋力は一般成人と比べ変わらないかわずかに大きい程度,③強い強度で呼吸筋トレーニングを行っても呼吸筋は増強されるが全身持久性は向上しない,ということがあったからである。しかしながらそれらの考察には問題があった。①については,持久性体力の評価と呼吸筋機能の評価が正しく結びつけられていない—確かにMVV より漸増負荷試験で得られるV• Epeak は明らかに低いが,そのことは実際の競技で呼吸筋が疲労しない根拠にはならない。また漸増運動負荷試験で呼吸筋疲労が起こりにくいのは,運動時間が10 分足らずと短いうえにV• Epeak がMVVよりも遙かに低いため,呼吸筋疲労の閾値に届かないためなのである。実際のマラソンやトラック競技は漸増運動負荷試験よりも遙かに時間が長く,そのときには呼吸筋疲労が起こりうる。②については,呼吸筋力の強弱が問題なのではなく,呼吸筋持久力が問題なのである。持久系競技選手は呼吸筋持久力が健常者に比べ優れていることは明らかである。③については,呼吸筋トレーニングによって持久性体力が改善することに批判的な論文は,持久系競技選手の特異性を考慮した呼吸筋トレーニングが行われていないことが問題である。これまで呼吸筋トレーニングは,流量負荷や圧閾値負荷の負荷量を強くすればより大きな効果が期待できるため,その負荷圧を高く設定することが行われてきた。しかし,実際は呼吸筋力が向上しても全身持久性体力は改善しない。持久性体力を向上させるのなら低負荷高頻度のかつ長時間トレーニングが望ましいし,運動中の換気運動様式に近い方法を選択した方が良いと考えられる。したがって高い負荷圧による圧閾値負荷よりも過換気を利用した方法が望ましいと考えられる。またすべての持久系競技選手に対してトレーニングが必要かというとそうは思えない。競技種目と同じ運動(特に実際の走行試験)によって呼吸筋疲労が発生し,それにより換気が制限されていることを確認すべきであろう。十分に鍛錬されて実際の運動中に起こる呼吸筋疲労が換気を制限しないのであれば,呼吸筋トレーニングは不要であり,これまで通り循環能と筋の持久性を高めるトレーニングに重点を置くべきである。

X. まとめ
呼吸筋機能と持久性体力との関係についてはこれまであまり議論されることがなかった。しかしマラソンのように長距離の走行では呼吸筋疲労が起こる可能性があり,呼吸筋機能が持久性体力に影響する場合がある。そのような場合は呼吸筋トレーニングを取り入れることによって持久性機能が向上する可能性がある。ただしトレーニング方法は限られ,これまで多く行われている流量負荷や圧閾値負荷よりも再換気を併用した過換気法のほうが適している。しかしながらそれらの根拠はまだ十分とはいえず,今後もデータの蓄積が必要である。