5日間ほど
海外へ
久しぶりに滋子さんの顔
夜遅く、帰宅
滋子さんの顔を見る
眠そうな眼が
大きく見開く
手をしっかり握ってくる

滋子さん元気だった
うなづく

なにもかも
久しぶり

寝る前のオムツ交換

これも久しぶり
東京は暑い
特に霞ヶ関と永田町

自民が強行に出ようとすれば、公明は猛反発
民主は、解散する気はさらさらない
3社合意という茶番劇が
もはや悲劇である

暑い永田町に無関心

オリンピックに感動
なでしこに感動

この光景
悲劇というより
喜劇である

当分ばかばかしい暑さが
夏の暑さと手をつないで
仲良く
歩いていく

日本の夏である
公僕という字をさがして
パソコンで
kouboku
とうつ

まず
高木、次に香木そして公僕の順

公僕という字は
死語になってきているようである

公僕の精神、死語になってはたまらない

日本中
オリンピック
ニュースもテレビもオリンピック
金、銀、銅

湧き上がっている
耳目はオリンピック

私も夜中におきだして
女子サッカー
最後まで見てしまった

それにしても気になる
こんなときの
永田町 霞ヶ関

耳目が英国に向いている間に
何をしているのやら
古代オリンピックには
綱引きがあったが
永田町も
綱引き、駆け引き
このゲーム
金、銀、銅
誰が受賞するのやら
いずれにしろ
国民には湧き上がる思いはない
こんなゲーム
この暑いときにうjんざりである
イタリアの映画監督
ヤコペッティ
1960年代に
世界残酷物語という
記録映画を作った
皆さんの中でご覧になったことのある人がいるかもしれません。
世界中の残酷な風習を描いた記録映画
そのため
当時成人映画に指定されていたと思います。
アフリカ、アジアなどの動物を残酷に殺して食べたり、死者の葬送の風習
かなり残酷で、観客が気持ち悪くなった人が出たほどです。

この映画
テーマ曲
more  ヘンリーマンシーニ
が有名になっています。

この映画の最後はフランスの原水爆実験後の
ニューカレドニアを記録しました
海がめが産卵が終わり、本来生みに戻るのが、本能が狂い奥地へと海とは反対の方向にと移動して行く姿
この映像にmoreが流れていました。
高校生でしたが、衝撃な映像でした。
ヤコペッティがいいたかったのは
文化が生み出す残酷は
よその世界から見れば残酷でも、その国にとっては、必然性のある伝統的な行事であったりするのです。
血はある文明にとって神聖な神へのお供え物で会ったりするのです。
しかし現代文明がもたらす
残酷さは
海がめの本能を奪うような救いのない、弁明できない
残酷なのだということです。

現在ヤコペッティ
震災後の東北

どのように描くのでしょう

瓦礫が1年たってもなくならない風景と
対比した
東京
そして
保身に走る政治家

易学的に放射能は直接的な死因でないという原発当事者

かれは
日本人をどのように描くのでしょう
本能を失い
海に戻れず、陸地を奥地へと進んでゆく海がめのように
描くのでしょうか