02 「あらし」 水夫たちの会話 2017 07 04 (Tue)
 
 「あらし」の冒頭。
 水夫たちが、あらしの中で船の難破を防ごうと悪戦苦闘している最中に、乗客の貴族立ちが船上にあらわれ、水夫長と 怒鳴り合いをする。
 

 Re-enter SEBASTIAN, ANTONIO, and GONZALO  セバスティアン、アントニオ、ゴンザーロー再登場
 Yet again! what do you here? Shall we give o'er and drown? Have you a mind to sink?  またか。ここで何をしようってんだ。仕事をおっぽりだして溺れろというのか。 沈みたいのか。
 SEBASTIAN: A pox o' your throat, you bawling, blasphemous, incharitable dog!  セバスチャン: 貴様の舌に禍いあれ。口汚い、罰当たりの、犬畜生めが。
 Boatswain: Work you then.  水夫長: じゃあ、代わってもらおうか。
 ANTONIO: Hang, cur! hang, you whoreson, insolent noisemaker! We are less afraid to be drowned than thou art.  アントニオ: 縛り首にしてやる。犬め。無礼な口をたたきおって。貴様たちとちがって、溺れることを恐れては いないぞ。
 GONZALO: I'll warrant him for drowning; though the ship were no stronger than a nutshell and as leaky as an unstanched wench.  ゴンザーロー: 保証します。この男は溺れたりしません。船はクルミよりももろく、生理中の女より漏れやすく とも。


 
 この部分を、福田恒存(1971年訳)、小田島雄志(1983年訳)、松岡和子(2000年訳)を見る。
 
【福田恒存(1971年訳)】 
 セバスチャン、アントニオー、ゴンザーローが戻ってくる
 水夫長: またか? ここで何をしようというんだ? 何もかにも投げ出して土左衛門(どざえもん)にでもなってお目に掛けましょうか? 沈没の味を知って置きたいというのかね? 
 セバスチャン: その舌の根、爛(ただ)れてしまううがいい、口汚く喚き散らすしか能がないのか、この人でなし、犬畜生!  
 水夫長: まず御自身の手でやってみる事だ。そうまでおっしゃるなら。(相手にせずに、そっぽを向く)
 アントーニオー: 縛り首にしてやるぞ、畜生。縛り首だ。何処の馬の骨か知らないが、無礼極まる、罵詈雑言にも程が あるそ! 溺死が何だ。怖がっているのは貴さまの方だ。
 ゴンザーロー:手前が請け負います。彼奴(かいつ)、溺死はいたしませぬな、たとえこの船が胡桃の殻の如く脆く、 小用の近い娘っこのように始終水漏れしようとも、それだけは大丈夫。
 
 
【小田島雄志(1983年訳)】 
 セバスティアン、アントニオ、ゴンザーローふたたび登場
 またか! ここに何の用があるんです? あっしらにはもう仕事をおっぽり出して溺れてしまえって言うんですか? あんた がたは海の底に沈みたいんですか?
 セバスティアン: なにおほざく、この口汚い、罰当たりの、人でなしの、犬畜生めが!
 水夫長: じゃあご自身でおやんなさい。
 アントーニオ: なにを、野良犬め。縛り首にしてやるぞ、無礼なたわごとばかり吐きおって! われわれはきさまと とはちがうぞ。おぼれ死ぬことを恐れてはおらぬのだ。
 ゴンザーロー: 私が保証します、この男はおぼれ死にはしません、たとえこの船が胡桃の殻よりももろく、小便の 近い女のように水漏れしようと。
 
【松岡和子(2000年訳)】 
 セバスチャン、アントーニオ、ゴンザーロー登場
 またかよ! ここで何しようてんです? 何もかもおっぽり出して溺れろってか? 海の底に沈みたいんですか?
 セバスチャン: その舌の根、腐っちまえ、ぎゃあぎゃあ言いやがって、この罰当たりの犬畜生!
 水夫長: じゃ、みなさんに肩代わりしてもらうか?
 アントーニオ: 縛り首にしてやる、犬め! 縛り首だ、ろくでなし、無礼な大口たたきおって! 俺たちには貴様らとは 違って、溺れる溺れるとびくついちゃいない。
 ゴンザーロー: 私が保証します、この男は溺れたりはしません。たとえこの船が胡桃の殻のようにもろく、月のもの が来た娘みたいに水漏れしても。
 
◇◇◇ 
 水夫たちが必死で船を操っているのに、三人の貴族たちが船上にやってきて水夫長と罵声をあびせあう。
 貴族が船上にきても何の効果もない。シェークスピアは、この船に(王や王子が)貴族が乗っていることを、この劇を 見ている聴衆に知らせているのだろう。
 当時は、舞台装置がなく、これらの台詞から、あらしの激しさを想像させているのだろう。
 三人の貴族の中で、ゴンザーローだけは、水夫長に八つ当たりしていない。
 
 コンザーローの台詞のなかに、as leaky as an unstanched wench という言葉がある。福田は「小用の近い娘っこのように始終水漏れしようとも」 、小田島は「小便の近い女のように水漏れしようと」、松岡は「月のものが来た娘みたいに水漏れしても」と訳している。
 an unstanched wench の stanch は「出血を止める」の意味なので、松岡の訳が一番近いが、ゴンザーローが使うとは!
 
 三者三様の訳。訳も芸術だ。原著者の言葉をもとに、訳者が訳者の作品をつくる。