釜石市片岸町室浜 | Hiro ☆ style

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8歳男の子&4歳女の子のママの、HIRO(ひっちゃん)です♪
今年で結婚10年☆新しい事にチャレンジしたいな~~!
音楽大好きファミリーです♪

私の母の実家は釜石の市街地から離れた

「室浜」という小さな集落です。

「本家」になるので、親戚が集まる場所でした。

数百人しか住んでいなかったのではないでしょうか。

親戚の半分以上が「室浜」に住んでいました。


母は、震災から始めて室浜に行きました。

道路が遮断され、徒歩でないとたどり着けなく危ないためです。


5月5日に、母と私と兄二人、年齢の大きい甥っ子と行きました。



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車が通れないため、車を停めて徒歩で行きます。



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20メートル位でしょうか。

高台の道路まで波が上ったようです。




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すべてが飲み込まれたのだと、ひと目でわかりました。

山火事もおきました。


この高台を道路を下から見上げると↓




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かなりの高さである事がわかります。



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この分校(集会所になってました)には思い出がいっぱい。

中学の時、クラスのみんなでお泊り会もしたっけ。

盆踊りでは、母が仮装して出たっけ。



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室浜には防空壕がいたる所にあって、よくかくれんぼして遊んだな。




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自分が生まれ育った地を、ゆっくり歩く母の姿。

母の姿に涙が出ました。



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数年前に建てたばかりの、従兄弟の兄ちゃんの家は基礎が残っていました。

玄関先にいた犬のクロは、数メートル先でみつかり埋葬しました。




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赤旗は、解体希望です。

解体・・・・と言っても、何も残ってないのですが。

室浜は、もう誰も住まないだろう・・住めないだろうと言われています。


釜石の市街地と比べると、あきらかに人の手があまり入っていない事がわかりました。

ペットの死体などが、いたる所に見えるようにそのままなんです。

思わず、目をそむけてしまう場面が沢山ありました。



室浜の人達は山に逃げて、一夜を越したそうです。

住民は漁師が多く、私の祖父も漁師でした。

すべてを無くし・・・絶望の中にいます。



釜石や宮古・大船度などTVによく出てくる地の漁港は

国からも助けられるでしょう。

ですが、室浜のような小さな集落の漁港は絶望的です。

そしてこのような集落は、岩手の三陸海岸だけでも数十とあります。


TVにも週刊誌にも、一度も名前が出ない町・村。

沢山沢山あります。

どこも全滅です。

仮設など建てる所はありません。

生き残った人は皆、遠く離れた避難所にいます。

途方にくれています。


今回の震災は広範囲で、すべての実態を把握するのは無理なのでしょう。

ですが、悲痛な叫びが届けられない事、届かない事・・・・

被災地でも格差が大きく、前に進めない方々がいっぱいいらっしゃいます。

その事を知ってるのに、何もできない自分に悔しさを感じます。



室浜が無くなっちゃうなんて・・・・・


自分の大切な場所が消えるって・・・・


思い出の場所が一瞬にしてゼロになった・・

この感覚は味わった人にしかわからない事でしょう。

自分の知っている過去がどこにもないという現実。