「法華経」には何が書いてあるのか?

 

4月24日(月)

 

4月17日(月)の「開・示・悟・入」の前に説明しなければならない項目が抜けていました。「法華経には何が書いてあるのか」ということです。萩原社長を理解するには法華経の真実を知る必要があります。

 

一般的に法華経は日蓮宗の人たちが読むお経だと考えられているようですが、そうではありません。学徒出陣の学生たちが死を覚悟して側におきたい書物のナンバーワンは法華経でした。

 

「道元は死の直前まで法華経を信奉、熟読し、完全消化した人であり、日蓮は身読した」と松原泰道師は述べています。道元は「法華転法華」を書き、法華経にとらわれる立場から、法華経を使いこなす読み方を説いています。

 

法華経は八巻二十八品(ほん)からなるお経で、仏教の高い思想を難しい理論ではなく、やさしい比喩やたとえ話で表現しているドラマチックなお経です。

 

法華経は釈尊がこの世に生まれた因縁(自分は何をするためにこの世に生まれてきたのかの理由)を説き明かすことを主意として、多くの比喩が語れています。それでは釈尊がこの世に生まれてきたわけ、釈尊が生まれた使命とは何でしょうか。

 

それは「ただ一つのいちばん大切な事情を明らかにする絶対の一大事のこと」と言われています。絶対の一大事とは仏の智慧です。仏の智慧とはどのようなものであるかを明らかにすることがいちばん大切なことです。

 

釈尊がこの世に生まれてきた使命は、仏の智慧をどのように人々に展開し、開示したらわかるのであろうか。いかにしたら人々を悟りに、仏の智慧に入らしめることができるでしょうか。これが「開・示・悟・入」です。

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事業継承は人生で最大の仕事

テーマ:

「心のおしゃれ紺文」を目指して!

 

4月28日(金)

 

「人生最大の仕事は事業継承と位置づけ、亀の歩みの如く努力を重ねてきました。継承は長い目で見つめようと思います。すべての基本は『ハイ・リスク、ハイ・リターン』です。

 

新聞広告には『心のおしゃれ紺文』と。心は目にないもの。見えないが必ずついて回るものです。宇宙空間に塵の如くに存在する人間が生きるために何を支えに生きていくのか。

 

そういうことに関わりたいと考えているとのことです。最後は『天に召されます』。そのときまで、できる限り多くの方々へ施しの出来る経営を行っていきたい。

 

この世に生を受けて、生かしていただいたことに感謝していたい。お金はあるにこしたことはないが、ほどほどにあれば・・・。お金で買えないものが世の中にはたくさんあります。

 

人々はもう『安いだけ』では商品を買わない、価値が認められて初めて『安い』となります。時流に合わせて価値も変化していきます。

 

そういう中にあって、自分自身に心の柱をもって『不自借身命』、自らの身体、命を惜しまず事に立ち向かう姿勢を大事にしたいですね。

 

それは師を尊び、道を尊ぶことで生きる道を誤らず、常に反省し、修練して己を磨き上げていく。すべてはその継続ではないかと。

 

今は何より夫婦が健康で仕事ができることが感謝の極みです。『ねがわくば花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ』の如く逝きたいものです。」

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「お客様との出逢いがあって、きものとして生かされる」

 

4月21日(金)

 

人間国宝、北村武資先生の工房を見学して話を伺いました。

 

「私は現場で仕事をしてきましたので、どんなものでも対応できる技術があり、しのいで来られたのです。おしゃれ物からフォーマルへ、九寸、名古屋へと時代の流れがありました。その流れの中で機屋さんに浮き沈みはありましたが、どんなものでも対応できる技術があったので、しのいで来られたのです。

 

工芸展も二世の時代になっていますが、伝統的な技術は、親から代々技を引き継いでいる人がほとんどで、認定者も二代目、三代目です。私のように一代で認定を受けるのは稀でおこがましいことです。

 

羅について、この間中国へ行って、その元のものを見てきました。今の技術をもってしても織ることができないです。本当に細い糸で、もの凄く繊細に織られているんです。色が朱肉でして、今からも二千年前のものが綺麗な色で残っているのです。二千年前にどうしてあんな緻密にできたのか?今もって不思議です。

 

和装の業界では、織物を作ってもそれは完成品ではなく、お客様との出逢いがあって、きものとして生かされていくのです。作っただけでは半製品です。どんな織物でも社会が必要としていなかったら、作る意味がないと思うんです。

 

一方で象徴的なのは越後上布や結城紬だと思うのですが、最終価格が非常に高い。産地が疲弊しています。当然後継者難も出てくる。良質なものが求められると思いますが、今以上に良質なものが作れない状況になりつつあります。

 

羅は編み物の延長です。規則正しい編み物なら無地になるのですが、それを計算することで模様ができます。意識的に編むところを外していくのです。

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文化イベントとして「陽明文庫展」開催!

 

4月20日(木)穀雨。

 

「和道経営の会」の産地研究会の一貫として見学したのが「陽明文庫」(近衛家の古美術工芸品)。昭和13年に近衛文麿公によって設立された記念館です。見学後、萩原社長は文化イベントとして「陽明文庫展」を企画・展開し、マスコミにも取り上げられ好評を博していました。

 

近衛家は藤原鎌足以来、千数三百年の歴史をもつ藤原北家の嫡流でご摂家の筆頭です。最も天皇家に近い公家として栄華を誇り、数多くの摂政・関白を輩出し、歴代の当主は風雅の道を伝える文化人でした。

 

「陽明文庫」は古くは平安中期より近衛家に伝承されてきた約二十万点に及ぶ古門書、古典、古美術工芸品を一括管理している特殊図書館です。

 

「近衛姓は初代基実の邸宅が平安近衛通り室町にあり、のちにこれを代々伝領とし居宅としたので近衛殿と呼ばれたところからきています。

 

近衛通が大内裏の陽明門に発する大路でこれを陽明通ともいい、この近衛家を陽明門とも称しました。陽明家のお文庫ということで陽明文庫と文麿公がおつけなったのです」と、親子二代にわたって文庫を守る館長の名和修氏。

 

文庫には栄華の絶頂にあった藤原道長自筆の日記である「御堂関白記」を始め国宝八件、重要文化財53件などの指定文化財が保管されています。道長の日記は千年前の出来事が甦り、現代に到る歴史の連続性を感じさせてくれます。

 

陽明文庫の所蔵品の中で趣味的なものの代表とされる茶杓簞笥。簞笥の曳出(ひきだし)は5段階で、各段に儒教の五常「仁義禮智信」の書き付けが貼られ、仁には後西天皇作など、他の段には細川幽斎、千利休、小堀遠州、古田織部、千宗旦など31本の茶杓が納められています。

きもの商人は美の探求者であることに目醒めよ

 

4月19日(水)

 

顧客の心を知っているからこそ商人はリスクをもって、メーカーの創る商品を選ぶことができる、これが商人のあるべき姿ではないでしょうか。

 

「催事販売のために問屋から借りて行う販売では顧客の満足する商品を提供することができない。そのために専門店経営者は特色のある産地メーカーを研究しなければならない」、と強調します。

 

そうした商人の視点から同氏が精力的に取り組んだのが京都、十日町、桐生、伊勢崎などの「産地研究会」です。京都の京都丸紅、龍村美術織物、千総、丸装、細尾、秀粋、野口、誉田屋源兵衛、伊と幸、北村武資工房、十日町の吉澤織物、関芳、島幸商店、桐屋などの一流メーカー、問屋です。

 

かつて商品の良し悪しは色柄のセンスが中心でした。しかし、時代の変化と共にデザインを含めた高度の技術に加え、ものづくりへの純粋な心がなければ顧客を感動させる商品をつくることはできなくなってきたのです。

 

自信をもって顧客に薦められるのは、そうした心ある商品です。日本刺繍で特色を発揮している丸装さんの開発コンセプトは①色よし ②柄よし ③仕事よし ④心よし ⑤儲かる、の5ポイントです。

 

「すべてはお客さまが決める」時代に必要なことは顧客満足、顧客価値を高めていく経営です。そのためにきもの商人は美の探求者である使命に目醒めなければならないのです。

 

「経済至上主義の風潮がいつの間にか作り手の純粋性、商人の使命を見失うことになり、結果としてマーケットを縮小に追い込んだ要因ではないか」が同氏の分析です。

きもの需要が縮小を続ける中で

 

4月18日(火)

 

きものに生きる萩原社長は語っています。

 

「季節に応じた行事などの決まり事、しきたりの中で必要とされる情報を発信していくことがきものの幸せであり、販売する者も幸せになれます。四季のあるわが国に息づいてきたきものを購買行動につなげるヒントは自然の移り変わる中に得られるのではないか。

 

きものに携わる私たちは、日本の文化を尊び、もっと勉強しなければならないと思います。生活が洋風化し、和文化に触れる時間が短くなっているからこそ、生活者の役に立つことが大切だと思います。

 

長いデフレが続くという未体験の渦中にあってどうしていくべきなのか?全く分からないことです。変化する時代の方向を掴むことは難しく、時流は把握し難いものです。

 

しかし、態度や行いが一貫していれば掴みようのないものに合わせることができます。たしかなことは本物を追求し、『顧客満足度』を高めて徹底していくことが店の使命ではないかということです。

 

きもの需要はどんどん縮小しています。この流れに逆らって売り上げの拡大を図ると無理が生じるのは必然です。それではどうすればいいかという問題です。やはり不変なるもの、自らの心の中に一本の柱になるものを打ち立てていくことが経営者には求められているのだと思います。

 

心に動かざる一本の柱を打ち立てることで、今まで見えなかった断片が見え、捉えらなかった現象の本質が分かるかもしれません。商人は作り手の技と心を理解し、その感動を顧客に伝えていく使命を持っているのではないか!」

「人はすべからく終生の師をもつべし」

 

4月17日(月)

 

この世に生まれた使命をいかに気づかせるかの「開・示・悟・入」です。山本五十六元帥の有名な「やってみせ、やらせてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」が好例です。

 

やる気を起こさせ(開く)、やってみせ(示す)、やらせてみて(悟)、人は動かじ(入)。しかし、仏の智慧を人々に教え、授けることはできないと言われています。(松原泰道師)

 

本来的に人々は生まれながらにして仏性をもっているからです。「一切衆生 悉有仏性 如来常住 無有変易」(一切の衆生は悉く仏性あり、如来は常住にして変易あることなし)。

 

仏の智慧は自分の身体のなかにある、「もう一人の自分」です。これを信じて実践することが大切です。法華経をいくら読んでも、経典の文字をいくら熱心に読んでもムダなことです。

 

法華経をとおして「自分自身の心を読みとること」、つまり「自己を習う」ことに帰着します。すなわち仕事や学びをとおして自身を高め深め、関わる人々の幸せを願い、地域社会に貢献していくことです。

 

このような使命をいかに「開示悟入」することができるのか、その方法が「方便」です。いかに本気でやる気を起こすか!日蓮宗の高僧から「このままでは必ず潰れる」と諭されたひと言で萩原社長は自らの仏性に目覚めたのです。

 

逢うべくして同社長は「終生の師」に巡り逢えたのです。「人はすべからく終生の師をもつべし。真に卓越せる師をもつ人は、終生道を求めて歩きつづける。その状あたかも北斗星を望んで航行する船の如し」(森信三先生)

心に決めた一つの物事に打ち込む

 

4月14日(金)

 

「静岡新聞」は萩原敏司会長の多角的な活躍を伝えています。創業84年、きもの「紺文」会長。紺文シルクホールを設立し、染織文化をはじめとする各種の工芸、美術展を開催する。

 

きもの文化講演会、京都・日本きもの学会「きもの文化塾」、国立奈良女子大学、日本大学、静岡大学で「きもの文化」講座を担当。第895回「開運!なんでも鑑定団」にきもの鑑定として出演。著書に「扇の美展」「文化イベント史」。

 

座右の銘は「経営者にとり良き友人は未来であり、良き助言者は現在である。そして親友とすべきは時代の変化である」と、語る同氏は人生の師である高僧への熱い思いを語っています。

 

「師はああしなさい、こうしなさいとは申しません。ただ、ついてくるならきなさい。愚直を信条とし、自分自身には厳しい方です。一つ心に刻まれた教えがあります。

 

『信・行・学』ということです。『信』は己に信仰をもつこと、『行』は水のようにとうとうと事をやり続けること、『学』は一生学び続けることです。この教えにしたがって気がつけば40年が過ぎていました。

 

変化するために時の流れ、季節の変化などが発する『助言』を把握できる自分になるべく努力を重ねています。天より与えられた一度しかない人生に対して心を決め、一つの物事に打ち込み、その向上のために生涯学ぶことを止めない。

 

そうした中から人に対する、店に対する、商品に対する“信用”が生まれます。時代、社会、経済がダイナミックに変化しても、人と人の信頼関係、これだけは変わることのない心棒です。」この心棒が静岡駅前の3つのビルの所有に!

 

「誠実で勉強熱心な方」が第一印象

 

4月13日(木)

 

萩原敏司氏との最初の出逢いはきもの業界専門の奥野総合研究所(京都)さんが開催するセミナー(1973年)です。同氏は同総研の小売りメンバーとして主にマネジメント、商品、流通などを勉強していたのです。

 

同総研と業務提携をしていた関係で同社が開催する年2回のセミナーに筆者は講師として参加していました。毎回会場の正面一番前に座っておられたのが萩原氏です。「一目で誠実で勉強熱心な方」というのが第一印象です。

 

弊社の正式メンバーとして参加されたのは「紺文シルクビル」がオープンする前年の昭和62年です。この時、専門店としていち早くCI(コーポレートアイデンティティ)を導入したいとのことでした。

 

CIは企業文化を構築し、店の特性や独自性を統一したイメージやデザイン、わかりやすいメッセージで発信し 社会的な存在価値を高めていく企業戦略のひとつです。

 

弊社が「壊して創る」をテーマに企業革新を目指したとき、「やっとPRさんが本気になってきた」、と喜んでいました。「紺文シルクビル」のオープンに備えて店の革新を目指したのが同氏のCIだったのです。

 

時代の変化を鋭く捉え、問題意識として時流に乗る商売のあり方を強く意識していたように思います。先見性に富み、常に一歩先を見ていた鋭い洞察力が今を創りあげたのです。

 

「この店も最初は紺屋であったのが悉皆を生業とし、現在はきもの屋へと姿を変えてきました。時の流れに合わせて変化してきたのです。しかし、本物を追求する姿勢はいつも変わらない哲学です。」

 

きものの価値を認めていただきたい!

 

4月12日(水)

 

「システムをつくるには長期計画を決定しなければなりません。財務からコンピューター化に取り組みました。自分の身体に例えますと、体温、血圧などの数値を自分で知ることです。

 

試算表、振替伝票を税理士さん任せでは日々の体調がどうなっているかが分かりません。そこで財務をどう位置づけるかということですが、財務計画の中では資金計画の部分、すなわち投資計画が大切です。

 

情報系と勘定系があります。勘定系は販売管理、在庫管理が入ってきます。情報系はいつ、何を買ったかというお客様の情報です。きもの業界はこの面で決定的に遅れています。

 

たとえば商品にバーコードをつけておりますが、これがバラバラです。統一するマスター(JANコード)が必要です。大きなコスト削減に繋がります。

 

コンピューターを使えば時間的、経済的にも余裕が生まれます。この時間とお金を文化イベントに廻しているわけです。きものが好きですから、文化イベントをとおして少しでもきものの価値を認めていただけたらと期待しています。

 

一例ですが、友禅の起源は宮崎友禅斎。友禅斎は知恩院の前で扇の絵を描いていた。それじゃ友禅の起源を調べてみよう、のロマンに燃え東京国立博物館の北村哲郎先生・武田恒夫先生のご指導をいただき実施したのが『扇の美展』です。宮脇売扇庵さんのご協力をいただきました。

 

陰気、陽気も善悪もプラス発想もマイナス発想もすべて『気』が元です。この気は自らが愚直で正直でなければ入ってきません。自分にいい『気』があれば、良いお客さまに巡り会えるのです。」