PR学園
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『ソクラテスの熱弁』3D

ご無沙汰しておりました。PR学園、sukesakuです。

というよりもはや誰もここを見てない前提で書き散らしてます。スミマセン(><)
興味のある方はネット上の山下陽光ならびに「ソクラテスの熱弁」関連エントリと抱き合わせて読むと立体的になるかもよーという内容です。はい。

さる12月13日(月)新宿シアターモリエールで行われたトークイベント「ソクラテスの熱弁」に、現在活動停止中の、というかほぼ永久凍結決定の本ブログ主ユニットPR学園 元メンバー・山下陽光が出演する!というので駆けつけてきました。

マキタスポーツ、サンキュータツオ(米粒写経)、AR3兄弟(長男:川田十夢氏)という並み居る強豪の中に一人、全く無名に近い古着屋店主として登場した山下陽光。

AR3兄弟 長男 川田さんが登壇時真っ先にとった会場アンケート「今日、誰目当てで見に来ましたか?」でも 圧倒的に数字(挙手)のなかった山下でしたが、中々どうしてこの、出演者・演目のノンジャンル性こそが求心力であるようなイベントにおいて、更なるノンジャンルぶりを発揮するという奇跡の立ち位置を見せてくれたようで痛快でした。

もちろんそこには普段彼がやっていることを十二分に理解し、単なる突飛な素人に受け取られかねない者の客席への正確な届け方を心得たプロたちの手厚いプロデュース魂もあったのでしょうが、それぞれが全員飛び道具と言ってもよい登壇者4組の中で、最後までお客さんに対して素性は良く分からないままに座を沸かせていた山下を見るのは、付き合いも長いだけに感慨無量でした。

そもそも今年の春ごろ山下に「最近何か面白いこと無い?」と聞かれて
少し前からハマっていたポッドキャスト「東京ポッド許可局」のことを熱狂して話した所、

山「聴いてみるよー」

<数ヶ月後> 

山「今度サンキューさんとコンビ組んでM1出ることになったよー」

ってまあ中間地点を多少知ってはいますが有り得ねえww!!+面白すぎるww
で色々その後固唾を呑んで見守ってたわけです。

「ソクラテスの熱弁」出演者の一人で発起人でもあるそのサンキュータツオさんが、ご自身のブログでイベントの余韻について

「私のなかで、いい意味で「消化しきれていない」ものが生まれた。なんだったんだ「アレ」は、という、もはやどういう言葉で表現していいのかわからない、喜怒哀楽にあてはまらない感情。なにかが、残っているのである。

なので、整理はできていないのだが、
少しずつ解体していきたいと思う。」

と書いていらして、こちらにもじんわり何かが伝わってきました。

と同時に、少し前に山下について自分が書いたある文章のことを思い出したのです。

先のイベントでサンキューさんが感じたという「不思議な何か」が、ひとえに山下のみの力によるものだとはよもや思いませんが、謎の「解体」に少しばかりは貢献出来るのでは?と、今回その拙文を思い切って引っ張り出してみよう…というのが実はこのエントリの趣旨です。

これは昨年の4月に、池袋のジュンク堂書店で行われたcshoolの松村慎さんの著書「ネットでものを生み出すということ」出版記念トークイベントに、山下と私が呼んで頂いた際、そこでだけ配った小冊子に書いたものから抜粋、加筆修正したものです。

まあ読み返してみたら非常にこっ恥ずかしい&「誰得?」という思いも無くはなかったんですが、いや、WinWinWinWin=電コケじゃね?(イミフ)と思い、アップしました。

山下陽光って何の人なの?という疑問を持つ人の中でも
とりわけ濃厚な興味のある暇な方だけに通読をお勧めします。
(本文は下記)

あと今更だが 山下=ヒカル君、敬称略ごめん。

それではまたどこかで~。


PR学園 sukesaku こと ov 




【緊急寄稿】
『今、どうしてもこれだけは話しておきたいこと』
~山下陽光・可能性の中心(大袈裟)~    

現在様々な出版物に登場、その掲載誌のノンジャンル振りが賑やかな山下陽光は、高円寺北中通り商店街の古着屋「シランプリ」のオーナーです。

~(中略)~

話は「美術手帖」2009年5月号掲載の山下陽光小特集と、連動企画「あっくんに会いたい」に及ぶ。「あっくんに会いたい」動画はこちら


■なぜ今、あっくんだったのか?

 かつてダウンタウンは、看板番組「ガキの使いやあらへんで」のスタジオ収録トークにおいて、「下ネタ」に対する一般客の免疫力を意識的に引き上げていったと語っています。個人的には私の山下とのこれまでの共同作業における役割も、そうした啓蒙活動に近いものだったと思っています。
 曰く、山下が今すぐに受け手に感じて欲しい 言葉だと伝わりづらい様なある感覚について、「ああ、あれね」と第三者が簡単に理解するための筋道を、彼の思いつきを見世物化することによって少しづつ作ろうとしてきたということです。
 本当のことをいうと、私にとって彼の企画は、聞いた瞬間にそれが面白いのかどうなのかが見えにくいことが多かったのです。
 理由は、その企画が既にどこかで誰かがとっくにやっていそうだったり、逆にあまりに極私的、またはマニアックすぎて伝わらないのではないかと思われたり等です。
 修悦体・佐藤氏への取材についてのみは、企画を持ちかけられた瞬間から例外的に山下本人と同じ興奮を分かち合う事が出来たものの、その後のファミカセ(動画)や、今回のあっくん等は、実際に取材を行う過程でようやく彼の伝えたい面白味のポイントが見えてきた、というのが正直なところでした。と同時に、企画遂行中に誰かに内容を話しても、やはり受け手によってかなりの温度差がありました。
 例えば「あっくんに会いたい」企画について何回かこんな質問をうけました。

 「なぜ今、あっくんだったのですか?」

 山下ははっきりとは応えませんでしたが、そこでは質問者に私なりの解釈を伝えました。それは以下のようなものでした。

「山下には、私と出会った当初から、全ての行動がそこに帰結しているといっても過言ではない、ほぼ一貫した一つの大きなテーマがあるように思います。それは、『忘れていた事を思い出す』というものです。そしてこれは単に「回想する」ということではないようです。人が忘れていた事を思い出すときの感覚、もどかしさが形を帯びて、自分の中の何かと合致して合点が行ったときの感覚、あるときはそれが何だったかは思い出せないのに、その『合致』だけがうつろに心の中に感じられる事もあるようなそんな感覚に、彼は何故か深い興味を寄せています。そして、出来ればその感覚を、同時に多くの人と一緒に、更に、出来ればリアルタイムで感じたいと思っているところがあります。
そうした見地に立ってみると、17年前、お茶の間で誰もが見ていたTV番組のワンコーナーの記憶というのは、『忘れている』程良さと、うつろに覚えているはずの人数からいって、彼の意図にまさに当てはまるものだったのではないでしょうか?
そこに無意識に彼がこの企画を温めていた根拠があると考えて、私はサポートしています。」

 相手は納得してくれたようでしたし、後で山下自身からも、合点がいったという感想をもらいました。

■忘れたことを思い出す

 出会った当初から山下が繰り返し口にしていたその言葉、その命題を自分なりに掘り下げて考え始めたのはいつ頃からだったでしょうか。それには山下との出会いとは別に、一つのきっかけとなる思い出がありました。かつて筆者が、ワタリウム美術館で行われた美術家、故ナム・ジュン・パイク氏(1932-2006)の個展に足を運んだときの話です。(ナムジュンパイク「地球論」1993)
 その日は批評家の浅田彰氏がパイクの表現についての講演を行いました。氏はパイクのアートの一端を語る上で、「一期一会」という言葉がキーになるといい、更にはテーブル上に置かれた水の入ったコップを口に持っていき、おもむろに一口飲みました。パイク氏が講演などの折によく行っていたというドリンキングパフォーマンスなるものの話をする為です。

「人は講演において話など聞いていない。聞いていたとしてもやがて忘れるだろう。
 だが、こうして印象付けられた一つの動作は、中々忘れられないものだ。
 マイクに口を近づけて音を聞かせながら私が水を飲んだ事、これだけ覚えて帰ってください。
 そして水よりはペリエの方がシュワっとするからいい…とかなんとか(パイクが)言うわけです。」

 浅田氏は、パイクのアートにおいて重要なのは、このイベント性=一回限りの現実、反復し得ないものの反復=一回性だと語りました。そして、19世紀のデンマークに生きた哲学者、キルケゴールの著書『反復』から、古代ギリシャ人のいう「想起」の概念について引きました。

 「反復」は、「すべての認識は想起である、とギリシャ人たちが言う時、彼らが意味したのは、存在するすべての現存在はかって存在した、ということである。これに反して、人生は反復である、とわれわれが言うとき、それが意味するのは、かって存在した現存在がいままた現存在になる、ということである」と定義されている。つまり、本来のものへの復帰の運動、それが「反復」なのである。(HP「思想の世界」:逍遥の人 セーレン・キルケゴールより)
(当時の言葉をそのまま思い出せないので、近い説明がある部分を上記HPからコピペしました。)

「人生は反復である、とわれわれが言うとき、それが意味するのは、かって存在した現存在がいままた現存在になる、ということである」

?????????????

 正直よく分かってはいないながら、自分なりに「つまり映像に撮って何回でも再生できるようになることに似てね?」と勝手な解釈をした私は、さっそくその後に設けられた質疑応答のコーナーで、「この一回限りのやりとりをまさに反復可能にするために、ビデオで記録してもよいですか?」と浅田氏に申し入れました。
すると、何か氏にとってもそれは意外な行動だったらしく、あのメガネがずれるほどの勢いでずっこけそうになりながら、「もちろんです。もちろんです。」と言って受け入れてくださったのです。(いい思い出ですw)
その後、「映像というのはサンプリングだ何だかんだ言っても、結局は直線的な時間の流れしか持たないよう思うのですが、パイク氏のいうその一回性の概念を踏まえて、これからの映像、もしくはもっと大きく作品作りという観点から、今後どのような物がありうると予言しますか?」というよく分からない質問をし、親切な浅田氏は「パイク氏の一回性の概念はそこにおいてますます重要性を帯びてくるでしょう」という回答で締めくくってくださったのでした。


古代ギリシャ人の人生についての一考察。反復し得ないものの反復。
それは、山下陽光の「忘れたことを思い出す」という、より平たい言葉によってこそ、人々を体感にまで導く何かなのではないでしょうか?

現実感が喪失しているとやたら言われる昨今、当の現実感を感じるセンサー自体を奪われているかの我々に、もう一度身体感覚を伴った知覚の扉を開いてくれる、それほど大袈裟ではない、ただの古着屋店主。

彼を見ていて思いました。我々の人生についての最大の謎は、別に隠されてはいない。我々が見ようとしてないだけというか、見方を忘れているだけで、それを思い出せばいいのではないかと。


■最後に

いつも隣人について何か書くとき、その後、本人はきっとやりにくいはた迷惑な文章を書いてしまいがちな私ですが、山崎邦正はきっと松本人志にその番組上の役割を解説されたことによって後のキャリアを延ばしたはずだという前例を後ろ盾に、一向に遠慮せず、今回もやってしまいました。もちろん、全ては私の戯言だという前提に立って好き放題書かせてもらってるわけで、事実は他にあるのだと思います。
ヒカル君、ごめん。

最後に、先の浅田氏の講演で、「時間の関係で深くここでは語れないが、パイク氏と常々言っているある言葉がある」という、その「ある言葉」に私自身が長らくひっかかっていた件を書かせてください。

それは『二期二会』という言葉についてです。

いうまでもなく「一期一会」の文字りでしょう。

「一期一会」をあらためて引くと、茶道に由来する言葉で、茶会に臨む時の心構えとして、一生に一度のものとして誠意を尽くせという意味と、文字通り一生に一度だけの機会、という意味があるようです。

では『二期二会』とは?。残念ながらこの時には何も聞くことが出来ませんでした。
機会があれば是非お二方いずれかにその意味について尋ねてみたいと思いながら何年も経ち、パイク氏も没し、今日に至りました。そしてまあもうそんな機会もないだろうという軽い失望感とともに時折この言葉を思い出していました。

しかし、全く予期しない形で非常に似た言葉に出会うことになります。

先日en‐Taxiに掲載された、山下の処女小説、『日掛け金融』の草稿を見せてもらう機会があったのですが、そこに、本編では削られてしまったある言葉があったのです。


『三期三会』


当然、先の『二期二会』の話を山下にしたことはかつてありません。

私は今、敢えてこの言葉の意味を咀嚼せず、ダイレクトに感じ取れる何かに向き合いかけているのを、楽しんでいる最中です。また、恐らくはそれを体験として生きるとき、私の人生は少しだけ生の実感を取り戻せている様な気がしてなりません。

そんな素晴らしい体験を約束します、という怪しさも甲斐性も一向に無い我々ではありますが、今後も山下やPR学園の道程を時折尋ねてみてください。

楽しみましょう!
ご精読ありがとうございました。(2009 4月筆)
                               (了)

ではまた。

本ブログ、しばしお休みを頂きます。
では、またいつか。

第23話「エンド・オブ・ディエンド」

意味を分かろうとしないで打たれるように見たらすごく面白かったのでここに。
「馬鹿馬鹿しいけどふざけてるわけじゃない」という世界観はやはり魅力あります。





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