東日本大震災で明らかになった災害関連疾患の実態。3回目は放射線被曝を取り上げる。原発事故から1年、福島県立医大副学長に就任して県民の健康調査を進める山下俊一氏に、これまでの取り組みを振り返ってもらった。

放射線被曝

急性障害は見られず 2次被曝の過剰な心配も
 震災後に発生した福島第1原子力発電所の事故に関連する臨床的な影響の報告も出始めた。放射線による皮膚炎や胸部、腹部、下腿の挫創、内部被曝の疑いなどの被曝・汚染傷病者は、これまで福島県立医大に12人、放射線医学総合研究所(放医研、千葉市稲毛区)に11人搬送された。その多くは原発作業員だ。

 福島県立医大救急医療学講座助教の長谷川有史氏は、「患者受け入れ時にはまず、気道呼吸循環確認のために医師が患者に触れる部分の汚染検査を行うとともに、生理学的な重症度を確認した」と説明する。その後、患者状態が許せば全身を洗って体表面に付着した放射性物質を流し、問診では吐き気はないか、下痢はないか、汚染後に意識を失ったことはなかったかなどを確認した。全身の高線量放射線被曝による急性放射線症候群の前駆期では、吐き気や下痢、意識消失などの症状が表れるためだ。

 12人のうち、高度な汚染が見られたのは3人。原発内の水たまりで作業した際、放射性物質が足に付着した。2人は下腿まで浸水し、β線熱傷疑いと診断された。もう1人は長靴を着用しており浸水はなかったが、2人と同様に個人線量計の値が100mSvを超えていた。

 線量が下がらず、内部被曝の可能性もあったため、同大は3人を精査目的で放医研に転送。放医研では皮膚に紅斑を認めず、β線熱傷ではなかった。線量が低下したため退院し、皮膚症状の再発もないという。

 一方、飛散した放射性物質による低線量被曝の周辺住民への影響については、6月から調査が始まった。原発周辺の先行地区を対象とした調査では、放射線業務従事経験者を除く9747人の99.3%が、事故後4カ月間の推計被曝線量が10mSv未満だった(インタビュー参照)。

 今回の事故では、医療機関において原発周辺の住民からの2次被曝や汚染を恐れた診療拒否が起こった。放医研緊急被ばく医療研究センターの富永隆子氏は「体表面の放射性物質は脱衣によって8~9割は除染できるし、汚染がなければ普通の救急患者として対応可能。しかし、現在も原発内で発生した傷病者の受け入れ先を探すのが困難なことがある。スムーズな受け入れ体制づくりが必要だ」と話している。


インタビュー 福島県立医大副学長 山下俊一氏
死者はゼロ、99%が10mSv未満 チェルノブイリとは全く異なる


福島県立医大副学長
山下俊一氏
 福島第1原子力発電所の事故での放射線被曝による健康への影響を調べるには、住民の定期的なモニタリングが重要となります。そこで昨年5月に県民健康管理調査検討委員会を立ち上げ、県民の健康調査に着手しました。3月11日から4カ月間の県民の行動記録と、大気中の放射性物質の濃度や被曝線量を予測する文部科学省のSPEEDIの情報などを基に、個人の被曝線量を推計し、線量評価に基づいて県民の健康管理を行うものです。
 6月に浪江町飯館村川俣町山木屋の約3万人を対象に先行地区調査を開始し、8月からは約205万人の全県民に調査票を配布しました。先行地区では既に50%以上の回答があり、解析を進めています。
 先行地区の、放射線業務従事経験者以外の9747人の解析結果では、全体の99.3%が4カ月間の推計被曝線量が10mSv未満でした。放射線量は、事故後1、2週間でピークとなり、その後は徐々に低くなっていきます。最初の4カ月間の被曝線量が10mSv未満だったということは、今回の事故による年間追加被曝線量は、積算しても大半の人は20mSvは超えないだろうと考えられます。
 チェルノブイリ原発事故後、放射性ヨウ素の内部被曝による小児の甲状腺癌が報告されました。そこで、県内の子どもやその保護者が安心できるよう、10月から甲状腺エコー検査を始めています。福島県立医大ではこれまでに3765人の検査を行い、0.7%に2次検査を勧める5.1mm以上の結節を認めました。しかし現時点では放射線による影響とは考えにくく、大部分は元々あったしこりだと考えられます。
 また、29.7%に小結節や小嚢胞を認めました。今回の検査は、異常を拾い上げる基準にするものです。異常を早期に見つけられるよう、結節は5.0mm、嚢胞は20.0mmと厳しい基準を設定したため、約3割で結節、嚢胞が見られましたが、これは通常の発生頻度と考えられます。
 この1年を振り返ると、私自身、批判や非難の矢面に立つ場面も少なくありませんでした。それでも私が「心配ない」と言い続けたのは、医療のプロとして、福島で生活する人の不安や不信感を払拭し、復興と再生を支援したかったからです。
 「危ない」と言った方が本は売れるし、「逃げなさい」と言った方が受けもいい。何も健康被害が生じなくても、「間違いだった」と誰にも責められません。しかし、誰もがそうしていたら、福島県民が流出し、危機的状況になっていたでしょう。
 今回の事故では、これまで放射線による健康障害で死亡した人は1人もいません。多くの人が命を落とした広島や長崎の原爆、チェルノブイリの事故とは、情勢も状態も全く異なります。安心と安全は異なる概念ですが、科学的知見に基づく低線量被曝への対応が必要です。
 線量評価に基づき、疾患の早期予防や発見、治療を行うことが、医療のプロである私たちにできる仕事です。引き続き、県民の健康維持活動に取り組んでいきます。(談)