野田佳彦首相が、環太平洋経済連携協定TPP)への参加意思を表明した。日本医師会など医療界からは、TPPで国民皆保険制度が崩壊するといった批判が噴出。ただ、過敏に反応している面もあるようだ。


 野田首相は11月14日、米ハワイで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、TPPの交渉参加に向けて関係国との協議に入る意思を表明した。

 TPPとは、貿易自由化を目指す経済的枠組みのことで、工業製品や農産物、各種サービスのあらゆる品目を対象に、加盟国間の貿易関税や市場参入障壁を撤廃することを目的としている。TPPへの交渉参加について、産業界からは主に歓迎の意見が出ているが、関税による保護政策が取られてきた農業関係者からは、大きな反対の声が上がっている。

 一方で、医療界からも批判が続出している。11月2日、日本医師会は日本歯科医師会、日本薬剤師会と合同で記者会見を開き、日医会長の原中勝征氏が「国民皆保険が維持されないならば、TPP交渉への参加は認められない」と見解を表明した。

 日医は、自由化によって(1)国民皆保険の崩壊(2)営利企業の病院経営参入(3)外国人医師の受け入れ(4)混合診療の全面解禁─などが起こり得るとして懸念を表明する。

 この中で特に強調しているのが国民皆保険の崩壊。外国の保険会社が日本で医療保険を販売するために、国民皆保険が参入障壁になるとして撤廃を求める可能性があると指摘。加えて、外国が先進的な医療技術を日本に普及させるために混合診療の全面解禁を要求して自由診療枠が広がり、結果、国民皆保険が崩壊するという図式だ。

皆保険の崩壊は非現実的
 現時点では、こうした懸念に対して明確に否定できる根拠はない。交渉自体がまだ始まっていないため、諸外国の要求が何も分からないからだ。様々な交渉の道筋を予測すれば、何でも懸念がありそうに見えてしまうのは、ある意味仕方がない。

 これに対して、国民皆保険が崩壊することは考えにくいというのが、厚生労働省のとらえ方だ。大臣官房国際課は、「仮に外国が国民皆保険の撤廃や混合診療の全面解禁を要求したとしても、政府は当然受け入れない。首相も『医療保険制度は断固守る』と表明しており、国民皆保険の崩壊は現実にはあり得ない」とする。

 TPPを不安視する理由として、「毒素条項」の存在も喧伝されている。TPPには投資家(企業)対国家間の紛争解決(ISD)条項というものが盛り込まれる予定。これは、自由貿易協定を結んだ国に対して、投資家が、世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できることを定めた条項だ。

 外国の保険会社が第三者機関に対し、「日本には国民皆保険があるため自由な商売ができない。これは非関税障壁なので撤廃を要求する」などと、日本国政府を訴えることができるというわけだ。

 しかし、これには誤解もある。ISD条項はそもそも、加盟国同士で結んだ協定に対する違反があった場合のための手段であって、協定にない項目について訴えることはできない。つまり、日本が協定で「国民皆保険を撤廃します」とでも約束しない限り、こうした事態は起きない。

 営利企業の病院経営参入については、実質的に企業が経営に関わる医療機関が増えている現状で、企業が参入可能になったところで、日本の医療機関の勢力図が大きく変わるとは考えられない。外国人医師の国内流入に関しても、懸念されているほどの影響が果たしてあるだろうか。政府が外国人医師に対し、日本語による試験を課さずに医療行為を許容する可能性は低い。

 ともかく、交渉への参加は決まった。各国間の交渉は2012年春ごろから開始し、順調にいけば13年以降に発効する見込みだ。