政治的大混乱 | ロンドンつれづれ

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先週のBrexit以来、英国内は荒れに荒れている。

ポンドが暴落して株が乱降下しているだけではなく、国内の政治が大混乱なのである。

今日は、帰国するためにヒースロー空港で新聞や雑誌を数点買って読む時間があったので、それをまとめてみたい。

かつて、一党で勝つことのできなかった英国保守党は、リブデム(民主党)との連立政権に甘んじなくてはならなかった。もともとかなり政治的ポリシーの違う2党の連立は、いろんなことでぶつかって、なかなか大変だったのである。その次の選挙では、保守党のみで勝って、自分たちのやりたいようにやろう、そのためには、くすぶっていた「EUからの離脱」を国民投票にするという公約をすることで、キャメロン率いる保守党は選挙に勝って、晴れて一党政治ができたのである。

そう、先週までは、福祉を削る「節約政治」に対して文句を言う人がいても、キャメロンの首相としての評判はなかなか良かったのだ。UKIPのようなレイシストの集まりの党がいくら「離脱!」と騒いでいたって、常識のある国民はそれに踊らされることはないだろう、とキャメロンも、大方のインテリ層も安心しきっていたのである。だから、レファレンダム、国民投票に踏み切ったのだ。

しかし、ふたを開けてみれば、約束の国民投票の結果は、誰もが驚く結果となった。国を動かしている政経会のエリートたちだけでなく、ジャーナリスト、知識階級は、UKIPを甘く見ていた。まさか、EU離脱という結果はでるまい、と。その深刻な結果については、英国民はいくらなんでもわかっているだろう、と。

しかし、英国の地方で豊かでない暮らしをしている人々や、古き良き大英帝国を懐かしむ世代にとって、グローバル経済や、移民による経済効果、といった話はあまり聞きなれない分野であり、「移民がいるから我々は失業するのだ。」「EUの借金を抱えた国に対して、英国が食わしてやっている」という簡単明瞭な説明をする極右党UKIPのキャンペーンに、簡単に乗ってしまった。

印象に残っているインタビューは英国北部の小さな村で、70%以上が「離脱」に投票したところであった。おとなしそうな老婆が「私たちは離脱ですよ。UKIPはこの村に来ていろいろ説明してくれたが、保守党も、労働党も、誰も来ませんでした」と言っていた。「残留」を進めていた保守党と労働党のプロパガンダは主にインターネットだったそうである。こういった高齢の英国人には、そのメッセージはとどいていなかったのではないか。移民がいなくなれば、われわれの生活は楽になる、そう思わせてくれたのはUKIPである。

実は彼らでさえも、本当は「離脱組」が勝つとは思っていなかったのである。「こんなに大事になるんだったら、ちゃんと投票に行って残留にいれたのに」という若者までいる。しかし僅差とはいえ、勝ちは勝ち。キャメロンはあっというまに「離脱を決めた英国を率いていくことは私にはできない」と、席を立ってしまった。

そして、「離脱、離脱!」と旗を振ってきた、元ロンドン市長のボリス・ジョンソンは、なんと昨日「保守党のリーダーにはならないことにした。首相は僕にはできない」と宣言して、記者会見に参加した人を一人残らずあっけにとらせたのである。

さらに、UKIPの党首、マイケル・ファラージや、ボリスが国民に吹き込んできた、「EUにこれだけのお金を支払っている。これを取り戻せば、英国の医療制度も良くなるし、福祉にももっとお金がかけられる」という理屈は、半分以上が実現不可能の「嘘」だったことを、選挙の後になって、彼らは認めたのである。

なんということであろうか。 離脱に投票した人までが、うろたえて「もう一度投票をやってくれたら、私は離脱には入れない」と言い出す始末なのである。「自分の一票なんて、問題にならないだろうと思っていた」と。 実際、国民投票をもう一度、という政府への請願は、400万件を超え、議会で議題に乗るといわれているが、実際に再度行われる見通しはほとんどない。


スコットランドは、おそらく2年以内にもう一度国民投票をして、英国から独立し、EUに残るのではないか、と言われている。今や、政治家として断固としたゆるぎない政策を貫いているのは、スコットランド政府代表の、ニコラ・スタージョン女史だけであろう。

それにしても、政治家たちのなんという無責任さだろうか。まずは、事態を甘く見ており、ヨーロッパどころか世界中の経済的恐慌を引き起こしかねないような決断を国民投票にゆだねてしまったキャメロンの責任は大きい。

ボリスは、本当はPM(プライミニスター、首相)に立候補したかったというが、これまで彼を支援してきたマイケル・ゴーブが、「いや、ボリスにはリーダーシップが足りない。PMの仕事は私が適任だ」と言い出し、ボリスを応援していた人々が、彼に寝返ったということで、昨日急に「一抜けた」と言い出して、側近のものまで仰天させたのである。

確かにボリスは面白いことを言ったりしたりするので、国民に人気はあるのだ。しかし、政治的能力があるか、といえば、党内では疑問を持つ人もいたらしい。新聞もテレビも、一般の人も、みなが、「離脱組として引っ張ってきたボリスが次の首相」と信じて疑わなかったのである・・・。嘘をついてまで離脱して英国、EU諸国、世界中を巻き込んだ責任は重い。その責任を、しっかり英国をかじ取りすることで取ってもしかるべき、と思っていたのに、さっさとほっぽりだしてしまうとは。したの雑誌は、NewStatesmanという政治を語る雑誌だが、The Brexit lies というタイトルが表紙についている。「離脱組はうそをついた」と。そして、ボリスが首相選から離脱する前なので、ボリスが鼻高々な絵が表紙になっている。



ボリスは記者会見で、「お待ちかねのパンチライン」と銘打って、「首相になるのは私ではない、と結論した」といきなり告げたのである。寝耳に水といった様子の彼の支援者たちは、失望しただろう。そして、ユアン・マクレガーなどは「あほらしい離脱運動を先導して勝ったと思ったら、その後始末は人にやらせて逃げるのか」と批判している。

まさに、兵隊を率いて前線に打って出た軍隊で、形勢が悪いとみた将軍がケツをまくって逃げてしまった、という図なのである。ボリスにしても、「まさか離脱が本当に勝つとは」と、その後のことまでは、しっかり考えていなかったのではないか。あるいは、その結果のあまりに重大な深刻さに、臆してしまったのかもしれない。EUは、英国の思うようにネゴにのってはこないだろう。アンジェラ・メルケルは、そんなに甘くないだろう。

そして、ボリスの寝首をかいた形のマイケル・ゴーブを誰が信頼するだろうか。卑劣で汚い手で仲間を裏切ったと思われている彼が首相になって、過半数存在する「残留組」の議員はおろか、「離脱組」の議員だって、彼についていこうと思うだろうか。

そうなると、「離脱」を決めた英国を、「残留派」だったテレーザ・メイが率いていくのだろうか。

エコノミスト誌も、Anarchy in the UK と表紙で題して、マストにパンツの形のユニオンジャックがはためくさまを映しているが、そのパンツには安全ピンがいくつも留めてあるのである・・・。 本当に、今英国は、アナーキー、「無政府状態」に近いのである・・。



そうして、巷ではヘイト・クライム、いわゆる人種差別犯罪が投票前に比べて1.5倍になっているという。「Brexitは、レイシスト(人種差別主義者)に、差別のライセンスを与えてしまった」と言う人もいる。しかしまた、「離脱」に投票した人たちの多くは、「我々はレイシストではない!」と傷ついてもいるのだ。 もともとレイシストだった、UKIPなどの極右党や、それに心酔している差別主義者たちは、わが意を得たりとばかりに、外国人排斥に走るが、自分たちの仕事や社会保障を移民にとられている、と吹き込まれて「離脱」をえらんだ貧しい白人労働階級は、もともとそれほどレイシストではなかったのである。

しかも、EUからの移民を防ぐための「EU離脱」だというのに、レイシストたちのターゲットは、アフリカ系や、アジア系の移民に多く向けられている。そして、同じEUの移民でも、ポーランド人に的を絞って、憎しみが向けられているのである。下の新聞の切り抜きには、黒人の女性が数人の白人男性から、「ニガー」という差別用語を使った歌を歌われた、こんなことは初めてだと話す記事で、同じように「自分の国へ帰れ!」などと怒鳴られたという事件が多発しているそうである。



抑えられていたものが噴き出した、という人々もいるが、こういう感情は理性で抑えることでやっと社会の秩序が守られるのだ。 感情のままに差別感情を表していれば、次世代の子供たちがまっとうには育たないだろう。そしておそらく、こういう行動にでているのは「離脱組」の中でも、もともとレイシストであった、極右の人たちであろう。今までもそういう性向を持っていた人たちが、Brexit後に隠さなくなったということなのであろう。


日本も含め、世界のあちこちで右傾化が進んでいるのでは、という実に憂うべき心配をしている人たちがいる。 Brexit が通ったことで、そして政治家の右往左往を見せられていることで、我々一般の人たちの失望と、不安はいや増すのである。 

衣食足りて礼節を知るというが、自分が不満でいっぱいの人生を送っていると、それを誰かのせいにしたくなるのだ。そして簡単なターゲットは、「自分とは違うグループの一員」、つまり外国人であったり、性的なマイノリティーであったり、自分とは違うと思う人たちなのだ。今英国の政府がしなくてはならないことは、Brexitが英国経済に与える深刻な影響だけではなく、Brexitを利用しようとするレイシストたちが英国社会の根本を揺るがしかねない状況にあることをきちんと把握し、コントロールをすることなのである。


Brexit は、強いリーダーシップ不在のままヨーロッパから切り離されて不安な船出をせざるを得ない英国の行く末、そして経済の混乱だけではない。多民族の暮らすマルチカルチャーの社会のありようについても、大変に深刻な問題を突き付けてくるのである・・・。