夕食の席でスケート談義 | ロンドンつれづれ

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イギリス、スケートに興味のある方、お立ち寄りください。(記事中の写真の無断転載はご遠慮ください)

バルセロナのグランプリ・ファイナルでSP,フリーの演技を見たあと、夜も更けてから会場の近隣のスペイン料理のレストランへ行った。


タパスがおいしいという評判の小さな店だが、クリスマスセットメニューがあるというので、それをオーダーした。 ズッキーニのチップスからはじまって、大き目のアサリのクリーム煮がスターターに。 イチゴなどのフルーツがふんだんに入ったグリーンサラダ、それからラムの骨付き肉、あるいはシーフードを好みで選んでメインディッシュ。


そしてデザートのあと、シャンパンが出て乾杯。


その間、話題はスケートのことばかり。



私たち夫婦の他は、フィンランディア杯で3年前に知り合い、ヨーロッパの試合会場でほとんど顔を合わせる金髪のフィンランド美人とそのお母さん、そして後の二人はロンドンのアイスリンクでのスケートメイトである。


一人は私とグループレッスンが一緒の女の子で、シェフィールドのキャンプも一緒にでかけた。またもう一人は、子供の頃からスケートをやっていて、今も週に6日間練習している、こちらは試合に本気ででたりしているかなり上手なスケーターである。両親はポーランドからの移民と言うが、今は英国籍を持っているイギリス人である。


そして、もう一人はフィギュアスケートが大好きという日本人の寡黙なお嬢さんだが、イギリス人スケーターとは、2012年のシェフィールドのヨーロッパ選手権で、ヴォランティアをしていて知り合ったと言う。プルシェンコ氏と並んで写真を撮ってもらったことがとっても嬉しかったそうで。



なので、どのメンバーも、私よりもフィギュアスケートに関しては一言ある人たちばかりだ。全員が羽生選手のファンということではないが、要するに良いスケーターなら応援する、という人たちなのである。で、畢竟、ほとんどが羽生選手を応援していることになる。



話題はもちろん、グランプリ・ファイナルのスケーターたちの戦いぶりであった。特に、シングルに関しての話題に集中。なぜなら、私たちはシングルを習っているからである。


アイスダンスと、ペア、そしてシングルスケーターたちは、同じスケートを滑っているように見えて、実はやっていることはうんと違うのである。


アイスダンサーは決してジャンプはしないし、できない人が多い。それに、ひとりでスピンもしないのである。ペアは、シングルスケーターのようにジャンプもするが、いつも一人で滑るシングルと違って、ペアで滑る人たちは、常にパートナーの動きに気を配り、動作がシンクロすることが一番大事なのである。


私は、とてもパートナーに気配りしながら滑るのはできないとわかっていたので、ジャンプやスピンができなくとも、シングルをやるしかないのだ。もっとも、イギリスにはソロのアイスダンスというのもあるらしいが。


テーブルについた7人のうち、自分が滑る、というのはたった3人だが、残りの人も、スケーターに関しては詳しい。そして、その技術やプロトコルに関しても詳しい。私の夫や、フィン人の友人など、滑る私たちよりもルールなどには詳しいだろう。私なんて、プロトコルやルールにはけっこういい加減なのである。


その中で一致したのは、「今日のマチダはどうしたんだ」ということであった。「どこか悪かったんじゃないか」と。メンタルで負けたというには、ミスが多すぎた。そもそも、町田選手のメンタルは、そこまで弱くはないはずだ。でも、負傷、体調が悪かったというなら、SPのできは説明できない。確かに羽生選手には6点差をつけられたが、それでも最下位で終わるようなSPではなかったはずだ。


夫のいうには、今季の町田選手のフリーは、そもそも少し無理があるのではないか、ということである。He made his programme a little more than he can chew...つまり、のるかそるかのギャンブルのように、難しいものを詰め込みすぎたのではないか。 うまく滑れれば、大きな得点を期待できるが、自分のものにできるまえに、シーズンが終わってしまうのではないか。そんな杞憂をもっているというのである。スケートアメリカで優勝したときでさえも、フリーのあとの疲労困憊振りは、数年前の羽生選手のフリーのあとよりも息切れがしているように見えた。自分の限界に挑戦して、全力を出すと、あのぐらいぜいぜいして汗が出るんだということが町田選手にもわかったんじゃないか、と夫は言う。


若ければ、それを乗り越えて、力にしていくことができるが、町田選手はもうそんなに若いわけじゃない。だから、無理をすることが正しい選択かどうか、というのである。 しかし、私はそれはどうかなあと思う。だって、ボロノフだって、メンショフだって、もっと年上だけれど頑張っている。メンショフのクワド・ジャンプなんて、若い子に負けていないし、そのマチュアな表現力は本当に魅力がある。


そしてボロノフ。彼のスケートは、エレメンツとエレメンツのあいだがスカスカだ、と言う人もいる。そして、確かにジャンプやスピンの合間のつなぎは、あまり難しいことはやっていない。良く見ると、ジャンプにはいるまでのテレグラフが長すぎて、リンクの半分近くを後ろを向いてジャンプの準備に滑っていることもある。羽生選手や町田選手は、ジャンプの間際まで難しいターンやステップをいれて、あっというまに3アクセルや、クワドを跳んでしまう。


素人目に見ると、ジャンプが成功したボロノフと、転倒した羽生選手でどうして転倒したほうがスコアが高いのか、と思うかもしれないが、ジャンプは着氷だけが採点の対象ではない。その前のステップで、ジャンプへの入りの難しさなどが評価されるし、転倒する前に回転が足りていれば、それはジャンプとして認められる。転倒はマイナス1点になる。そして、GOEが低くなるだろう。


またつなぎの部分のステップやエッジワークが採点の対象になるのだ。そうすると、ボロノフやコフトンがどんなにクリーンなプログラムを滑っても、そもそものベーススコアが違うので、100点取れるプログラムをミスして94点にした場合と、どんなにクリーンでもそもそも85点しかとれないプログラムでは、「ミスがなかった」からといって高得点にはならない、ということになる。


くだんのスケーターによると、ボロノフのスケートは、つなぎ部分がスカスカでも許せるんだそうだ。なぜなら、彼はオールド・スクール、つまり、前の世代のスケーターだから。もう、今から新しい技術を覚えて、ぎゅうぎゅうに詰め込んだスケートはできないだろうと。そのかわりに、大人のマチュリティが表現力などの点で若い選手にはぬきんでている。


しかし、コフトンは若いくせに、ボロノフのようなスケートをしているのは、許せん、と。クワドは跳びますよ、でも、クワドだけじゃオールド・スクールと何も変わりがないじゃないか、と。もちろん、コフトンだってエレメンツの間にいろんなことをしているが、Bユーロの解説者も、「ハニュウのフットクオリティには及ばないから、PCSは高くつかないだろう」と言っていた。


くだんのスケーターは、「ハニュウは難しいことを歩くようにやっちゃうけど、他のスケーターはまるで梁の上をおそるおそる渡るように滑るのよ」ということである。梁の上を、というのはわかるような気がする。全身で、バランスをとりながらこわごわ、いつ転ぶかなあと言う感じ。まさに私がそうである。



日本の選手は、そのステップワークが世界一といわれた高橋選手にはじまって、それを見ながら育った若い選手は、エレメンツにはいる前に、ただ漫然と滑っている選手は少ないだろう。色々と難しいステップやターンを盛り込んで、攻めるプログラムをつくってある。また、それを滑りこなせるんだろう。



しかし、今回のショートの滑走順が、羽生選手が一番だったと言うのは、他の選手にとって災いだった、と夫は言う。 「まだまだ、ハニュウは体調が戻っていないだろう」と油断していたところへ、転倒しても94点。他の選手のシーズンベストが87点だったりする中で、最初から先取先制をかけられて、「いくら自分がベストをだしても、まったく勝ち目は無い」というアッパーブロウをくらってしまい、気勢をそがれてしまったに違いない、という。


そんな中でも、さすがに大人の冷静さと経験で、ボロノフだけがあんまり影響を受けていないかに見えた。確かに。ハビエル君も、ショートでは散々のできだったが、地元のプレッシャーと、94点の壁が目の前に立ちはだかったに違いない。


今、羽生選手の技術と戦略的なプログラムに勝てるスケーターはいないんじゃないだろうか。


パトリック・チャンが戻ってくればまた別だが、今やパトリックのスケーティングレベルに、羽生選手は限りなく近づいてしまった。そして、鉄壁のトリプルアクセル(パトリックは苦手である)と、2種類のクワド(パトリックは1種類である)を引っさげて、体調さえきちんと管理できれば、パトリックだって、羽生選手には太刀打ちできないのではないか。


「それに、ハニュウはテクニックとアーティストリの両方を兼ね備えている。そんなスケーターはめったにいないのよ」とくだんのスケーターは熱を入れる。


たしかに、昔の羽生選手は持って生まれた人を惹きつける表現力と類まれなジャンプとスピンの才能はあったが、基礎的なスケーティングスキルは未知数であった。それをカナダで徹底的に叩き込まれて、今や確実な土台がしっかりできあたり、確かなエッジワークに支えられたステップやターンの技術はゆるぎない。


素人が見れば気がつかないいくつものターンの組み合わせやステップは、本来ひとつやろうとしても難しいものを複雑に組み合わせてあったりするのだ。それも、ものすごいスピードで。


夫の言うには、Hanyu is a nightmare for my photos...he never stops. つまり、一時もじっとしていず、つねに動いているので、シャッターチャンスがないのだそうである。なので、高速連続シャッターモードでとるのだが、それでも追いつかないぐらいのスピードで動いているのだそうだ。


Machida strikes a pose, and holds it, so he is a perfect model. なのだそうだ。また、町田選手のポーズはバレエダンサーのように完璧なのでどの一瞬を捉えても、捨てる写真が少ないのだそうだ。


今回、ハビエル君は、けして彼のベストではなかったが、運よく銀メダルが取れたと言っていい。もっと不調の選手が何人もいたからだ。無良選手にしても、町田選手にしても、今回のできはまったく納得できないに違いない。コフトンの演技も雑な感じが目立った。ジュニアの宇野選手の方が目をひいたぐらいである。


フィギュアスケートは、本当に最後までなにがあるかわからない。だからこそ、観戦は面白いのである・・・。面白いと言っては、選手たちに申し訳が無いが、いつも同じ結果ではつまらないではないか。


色々なドラマがあって、「次は見てろ!」と奮起する選手がいて、そしてまた巻き返して・・・それを3月の世界選手権まで繰り返すのである。


精神的にタフじゃなければ、選手はやっていられない。


でも、テニスだって同じことだ。いや、もっと高い頻度で試合があるかもしれない。そして、2分や4分じゃない、数時間にわたって、緊張の連続の試合を、連日行ってファイナルに勝ち進むのだ。センターコートがはげるぐらいに。これもかなりタフじゃないか。 ただし、テニスの賞金は、フィギュアスケートの比ではないけれど。だから、少しぐらい苦労したってしかたがないかな。ああ、話が変なほうにずれちゃった。



とにもかくにも、こんなに面白いスポーツ、スペインでもぜひもっと知ってほしい。そんな思いで、ファイナルの司会をしていたスペインのアイスダンサー、サラ・フタードさんは、フィギュアのあれやこれ、そして羽生選手のアクシデントについても、スペインの観客に説明したっけ。そして、羽生選手へのインタびゅーで「スペインの人がもっとフィギュアに興味をもってもらうには?」という質問に結弦君は「でも、この会場のお客さんは、ハビと僕に、大声援をしてくれたから、とってもハッピーだったです!」と答えていた。それに対して、お客さんはまた、拍手喝采で応えていた。


そんなこんなで、夜はふけて、気がついたら12時半をまわり、店が閉まるといって、追い出されたのであった・・・。