⑥
「おはよう」
「おはよう」
「明日あたり台風が来るらしいね」
「ああ、だからここのところ雨ばっかりなんだね」
「本当、嫌になるねこの湿気は」
「うんうん」
短くて単調な会話。
それが嬉しい私。
無事、この1年半の日常生活を取り戻した私は上機嫌だった。
彼とどうにかなろうなんて、全然思っていない。
この時間があればそれで十分。
幸せを噛み締める日々。
「舞」
突然、名前を呼ばれて振り返った。
「……先輩?!」
私らしくないひっくり返った声に、藤山君が目を丸くした。
「どうしたの?」
私の視線を追って、彼の目も先輩をとらえた。
明らかに、うちの学校ではない制服を着てそこに仁王立ちしている先輩は、浮いて目立っていた。
藤山君も、わずかに顔をしかめた。
「誰あれ? 知ってる人?」
「うん……中学の時の先輩なんだけど……」
先輩の高校はここから電車で5駅くらい離れたところにある。
こんな時間にこんなところにいたら、遅刻は間違いないというのに、一体何をしているんだろう。
先輩は私の名前を呼んだはずなのに、そこから一歩も動かず、私ではなく私の隣に立つ藤山君を見据えていた。
頭のてっぺんからつま先までなめ回すようにじろじろ見られて、藤山君は戸惑っていた。
「俺、なんかしたかな?」
そして、そのまま先輩はくるりとUターンをすると、急な坂道をゆるゆると下っていった。
にっこりともにやりとも言えない、微妙な笑みを残しながら。