今回、医療に関する記述が少しありますが、こちらのお話はフィクションであって、事実に基づくものではございません。あくまでピコの脳内妄想を文章化しただけのお話なので、その旨ご了承ください。
氷の仮面 ~消滅と誕生~ 23
集中治療室の前の長いすで、ただひたすら両手を合わせて、クオンの無事だけを祈っていた。
高橋は、そんなキョーコを慰めるようにずっと隣で背中をさすっている。
「大丈夫・・・大丈夫だから・・・彼は、絶対に死んだりしない。」
呪文のように何度も繰り返す高橋の言葉が、今のキョーコの支えとなっていた。
そして--------
治療中の表示ランプが消え、中から白い包帯で頭をぐるぐる巻きにされ、右手にギブスをはめたクオンがベッドに横たわったまま出てきた。
「クオン!」
ベッドに駆け寄り、声をかけてみたものの、死んだように眠るクオンは目を閉じたままで、返事は返ってこなかった。
不安になって、キョーコは後から出てくる治療をしてくれたDr.の顔を見上げて瞳を震わせ言葉を何とか絞り出そうと口を動かしていると、すぐに言葉の出ない彼女の代わりに、高橋が病状について聞いてくれた。
彼は、クオンを先に病室へ連れて行くように看護師に指示を出すと、二人を近くの部屋に招き入れ、怪我の状態の説明を始めた。
「まだ意識は取り戻していませんが、検査の結果、脳波に異常はありませんでした。傷の具合も外傷だけで、重大な損傷はどこにも見当たらなかったので、状態は安定しています。ただし、意識を取り戻した後に、もう少し詳しく検査してみないと、現段階でこれ以上の事は申し上げられません。」
「そうですか・・・傷の方は・・・痕とか残ったりしないでしょうか?後遺症は?
彼は、俳優なので外見も重要なんです。」
震えて俯くキョーコの手に優しく手を添えて、彼女の代わりに、彼の今の状態を少しでも知ろうと冷静に質問を重ねていく。
「後頭部の傷は、少し深くて15針ほど縫いましたが、骨には異常がなかったので、後遺症の心配はないと思います。まあ15針といっても、出来るだけ痕が目立たないように細かく縫合しているので、見た目には髪に隠れて全然わからなくなると思いますよ。あの状態で、これくらいの傷で済んだのは奇跡としか言いようがありません。彼は運がよかった。」
カルテを見ながら、安心させるように穏やかにDr.は微笑んで、またカルテに目を落とした。
しばらくの沈黙の後、もう一度顔を上げると、Dr.は二人を交互に見やり、ためらった様子で静かに口を開いた。
「--------彼に助けられたのは、貴方ですか?」
「はい・・・」
申し訳なさそうに顔をあげて返事をすると、優しく見つめているDr.と目が合った。
「そうですか-----いきなりの不躾な質問ですみません。
少し、興味があったもので・・・
彼が自分の命も顧みずに助けようとした人をね・・・
貴方は、幸せな人ですよ。貴方を受け止めた反動で倒れそうになっても、彼は必死で自分の身体を丸めて貴方を守ろうとしました・・・自らの身体を犠牲にしても、貴方を守りたかったんじゃないですか?自分の命より大切なあなたを----
しかし、今回はそれが功を奏しました。貴方を受け止めていたせいで重心が下になり、腰から倒れたので、頭の衝撃もだいぶ和らいだ。まあそのせいで、ガラスの破片は、だいぶ下半身に刺さりましたが、厚手のコートを着ていたせいで、浅いものばかりでした。あなたを受け止めた衝撃で、右腕靭帯損傷が見受けられますが、こちらも安静にしてさえいれば、心配はないと思われます。
打ち付けた腰も幸いな事に打撲のみでした。貴方は、彼の幸運の女神かもしれませんね。」
「そんな-----私は、クオンを危険な目に合わせた疫病神です。」
「貴方、お名前は?」
唐突な質問に驚いて、答えを一瞬ためらってしまう。
「えっ---------レイナ----です。」
「素敵な名前だ。レイナさん、患者の前で決してそんな事言ってはいけません。
あなたは、彼の捨て身の行動で命を救われたんです。だから、貴方は彼の前で自分を責めてはいけない。彼に救われた命を大切にしないといけませんよ。」
「はい---すみません----」
「そう・・・よかった・・・ではこれで失礼します。」
椅子から立ち上がり深く頭を下げて、出て行くDr.を見送っていた。
扉が閉まると、キョーコは、その場に立ち尽くしたまま、気が抜けて、ぽろぽろと涙を零し始めた。
「よかった・・・クオンが無事で・・・・
私のせいでクオンに何かあったら、私は生きていられなかった・・・」
「キョーコ、そんな事を言ってはいけない。さっきDr.も命を大切にしなさいと言ってただろう。」
「でも・・・・私の・・・私のせいなの!クオンが危ない目にあったのも、大けがをしたのも全部私に偶然関わってしまったから、巻き込まれたのよ!やっぱり、私は呪われているんだわ!私が死ねばよかったのに!!私になんて、会わなければよかったのよ!」
「キョーコ!!!落ち着くんだ!
君のせいじゃない!あれは、事故だったんだ。君が責任を感じることはないんだ!」
興奮して、両手を顔に当てて何度も頭を振るキョーコを強く抱きしめた。
そのまま彼女の頭の上で大きく息を吐くと、意を決したように言葉を続ける。
「キョーコ・・・・君は、彼と出会ったのは偶然と言ってたけど、本当はそうではないんだ。彼と出会ったのは必然だったんだ。
彼は君に会うためにここまでやって来た。」
はっと息を止め、小さく震えるキョーコを少しだけ力を緩めて、背中を何度もさすりながら言葉を続けた。
「もう君も本当は気づいているんじゃないのかな?彼は、日本から君に逢う為だけにアメリカへ戻ってきた。」
嘘だ 嘘だ 聞きたくない そんなわけないもの
クオンがあの人だっていうの・・・ 違う
彼が私を追いかけてくるなんてありえないわ
「信じられない----だって---彼は日本人で、髪の色も瞳の色も、クオンとは全然違う---」
高橋の言葉を否定するように、彼と重ならない外見を口に出すと、高橋は困惑した顔で尋ねてきた。
「クオンとは何も話さなかったの?昔の事とか・・親の事とかは?」
「聞きました---父親は、クー先生、母親はジュリエラさんだという事。
それと、昔この国で役者をしていたけど、色々あって外国で役者を続けていたと聞きました。」
「うん---なら、その国が日本で、彼はそこで馴染むために日本人のふりをしていたと言ったら、納得できる?」
信じられない・・・クオンが敦賀さんだったなんて・・・・
そんな虫のいい話が・・・
演じることが何よりも好きで、役者の仕事に誇りを持っている敦賀さんが自分の仕事をすべてなげうって、私を取り戻しに来てくれたというの?
まさか まさか まさか
やっぱり、何かの間違いじゃないかしら
「-------------でも------どうして?」
「それは、もうすでに君は聞いているんじゃないのかな?」
ぴくんと身体を震わせ、黙って頷くキョーコに、もう一度ギュッと強く抱きしめた。
「彼に、日本での名前を隠すように指示したのは、僕なんだ。ごめんね---
あの頃の君にとって、『敦賀蓮』の名前はタブーだったから。
でも、今は-----違うようだね----君も本当はとっくに気づいていたんじゃないのかな?」
涙がまた出そうになるのをぐっと堪えて、今まで思い悩んでいた自分を思い出し、悔しくて、先生のたくましい胸を何度も拳で叩いた。
「先生・・・酷い!どうして・・・どうして、あの時、言ってくれなかったんですか!
私は、敦賀さんを不幸にしたのは自分のせいだって・・・ずっと苦しんでいたのに!だから、私、辛くてもクオンとは離れないといけないって、必死で自分に言い聞かせていた!クオンが敦賀さんだなんて、都合のいい話、あるわけないと思ってたから・・・そんなわけ---------」
「言い聞かせてたんだ・・・そうなのか・・・・」
悲しそうに目を伏せ、しばらく言葉が途切れて沈黙が続いた。
「そんなに彼と離れるのは嫌だった?」
再びで出た問いには答えられなかった。
事実だけど、口に出してはいけない気がしたから
「僕は、君が思っているほど誠実な男じゃない。心の中は、欲望で溢れているよ。確かに、あの時、彼の素性を伏せたのは君の治療の為だった。
でも----今は、言えなかったんだ。君が僕から離れていく事が怖かったから。」
先生らしくない言葉に戸惑って、彼の胸に手をあて少し高橋との空間を開け、
そっと上を見上げ彼と視線をあわせた。
いつもは穏やかな優しい眼差しが、今夜はゆらゆらと妖しく揺れ、私を熱く見つめている。
まるで知らない男の人のように----
「先生-----?」
「僕は、君を愛している。心から君を愛しているんだ。
彼の所になんて、戻って欲しくない。僕と一緒にNYについてきて欲しい。僕が彼の代りに君を幸せにする。君を守るから・・・」
驚いて固まっているキョーコに、ゆっくりと高橋の顔が近づいてくる。
目を見開いたまま、ぼんやり彼を見つめていたが、煙草の匂いが仄かに鼻先をかすめた瞬間
「いやっ!」
高橋の胸を突き飛ばして、右手で口を押えそのまま2,3歩後ずさり、下を向いた。
私は、何をしているんだろう・・・
先生の優しさに甘えて私は、クオンから離れる苦しさから逃げようとしていた。
でも、先生はクオンじゃない。
クオンは、煙草の匂いもしないし、もっとしびれるような甘い香り・・・
駄目だ・・・やっぱり私・・・・クオンじゃないと・・・・駄目・・・・
「ごめんなさい・・・やっぱり・・・・私・・・・」
「やっぱり、何?」
口調は穏やかに聞いているけど、冷たく突き放したような言い方
先生怒っている?
そうよね・・・こんな優柔不断な態度、私を好きと言ってくれている人に対して失礼よね。
いつまでも逃げてばかりではいけないんだ。
ちゃんと先生には、本当の気持ちを伝えないと!
ギュッと唇を噛みしめ、顔をあげて先生の目を強く見つめ、
そして・・・ゆっくりと口を開いた。
「私----敦賀さん---クオンが好きなんです。彼を愛しているんです!
だから、貴方の想いは受け入れられない--------
私に触れていいのは、彼だけ!彼じゃないと嫌なんです!!」
目に涙を浮かべて、必死に自分の想いを伝えるキョーコに、高橋はさっきまでの冷たい態度をいつもの優しい雰囲気に変えて、ニコッと微笑み、大きく後ろに一歩下がった。
「やっと、自分の気持ちに素直になれたね。それでいいんだ。人を愛するのに資格なんていらない。相手を想う気持ちは、誰にも止められないんだよ。キョーコは、自分が汚れているから、綺麗な彼を穢したくないと思っているようだけど、それは大きな間違いだ。本当に綺麗な人間なんて、この世には存在しない。みんな多かれ少なかれ、心に闇の部分を持っている。クオンもそうだったろ?」
小さく頷くキョーコを見て、高橋は言葉を続けた。
「それに以前キョーコは、『自分が求めるものは、皆逃げていく。』と言ってたけど、今、彼は逃げる君を求めて、ここまで捕まえに来た。なのに、彼にも、君と同じ想いをさせるつもり?また逃げるつもりなのかな?」
目を伏せ拳を握りしめ--------何と返事をすればいいのか、答えに迷っていた。
どうして、先生は、私の気持ちがわかるの?
そんな風に言われたら、絶対に私ができない事わかってて言っている?
ズルい----------
「・・・・・・・先生、ズルい。」
思わず出たキョーコの言葉に苦笑を浮かべながら、高橋は諭すように優しくゆっくりと話しかける。
「これでも、僕は優秀な心療内科医だからね。
キョーコの気持ちはちゃんと理解しているつもりだよ。
-----------------------
さあ、答えは出た筈だ。これから先は、君一人で行きなさい。行けるよね?」
「はい・・・」
「いい子だ。逃げては駄目だよ。正直にちゃんと自分の気持ちを言うんだ。
それでもし・・・もしも、やっぱり無理だったら、僕の元に戻っておいで。
いつでも待っているから。」
「先生、それは甘やかしすぎです。」
「惚れた弱みだから、仕方がないww
さあ、彼が目を覚ます前に行きなさい。目を覚まして、誰もいなかったら、彼が不安がるだろう。」
「はい!先生、ありがとうございました!」
どこまでも紳士で優しい先生に、出来る限りの感謝の気持ちを込めて
両手を前に合わせ深くお辞儀をすると、急いで部屋を出て行った。
彼女がいなくなった部屋で一人、高橋は大きく溜息を漏らした。
「ふうううう~~~~っ」
疲れたようにどさっと座って、椅子の背に凭れて天井を見上げた。
「まいったな・・・こんな仕事、引き受けるんじゃなかった--------
彼女の担当じゃなかったら、もっと俺は賢く立ち回って、彼女を手離さずにすんだかもしれない。
本当の事を言わなければ、それでよかっただけなのに・・・・・・
まだまだ俺も若いな・・・」
胸ポケットから煙草を取り出して、箱をトントンと叩いて1本抜き去ると口にくわえ、煙草に火をつけた。
煙が滲んで見えるのは、疲れのせい?という事にしておこう。
煙草の灰が落ちるのにも気づかず、
彼女が消えたドアをいつまでもぼんやり見つめ続けていた------
***********
病室に入り、横たわっているクオンの傍らに座り、そっと顔を覗き込んでみた。
「だいぶ顔色が戻っている・・・よかった・・・」
さっきは、気が動転していてよく見えなかったが、頭には白い包帯が何重にも巻かれていて右手はギブスで固定されている。そしてDr.は、大した傷ではないと言っていた背中の傷もお腹周りにまかれた包帯が痛々しく、心を締め付ける。
「クオン・・・ごめんね・・・私のせいで、こんな目に合って。すごく痛かった筈なのに、最後まで私を守ろうとしてくれた。ありがとう-----私----これからどうすればいいの?あなたの気持ちに、どうやって答えればいいの?ねえ、あなたは、本当に敦賀さん?まだ少し信じられない---だって私は、ずっと二人の人を愛してしまったと思っていたのに、まさか同一人物だったなんて、普通有り得ないでしょう。
ねえクオン----
こんな私が貴方の愛に応えても本当に許されるの?」
寝ているクオンの左手を、両手でそっと包み込むとそのまま自分の頬に当てて、ぼんやりクオンの寝顔を見つめていた。
クオン・・・私、貴方が目覚めたら伝えたいことがいっぱいあるの。
ああ~何から話せばいいかしら。
たくさん謝って、たくさんお礼を言って、そして・・・・
今度こそ、一番言いたかった言葉を伝えるわ。
--------------
どのくらい時間がたったのだろう・・・
ついうとうと眠ってしまった。
温かい・・・
誰かが私の頭を撫でてくれている・・・
撫でて!!
ガバッと起き上がって、その手の持ち主に目をやった。
「クオン!!よかった!目を覚ましたのね・・・本当に・・・よかった・・・大丈夫?
まだ傷は痛む?」
目を潤ませて、撫でられていた手を両手で包み込み心配そうに顔を覗き込んだ。
「レイナ・・・君の方こそ、どこも怪我はなかった?」
「うん・・・私は、大丈夫よ。クオンが守ってくれたおかげで、どこも怪我してないわ。」
「よかった・・・」
「今すぐDr.を呼ぶわね。」
ナースコールを押して、クオンの意識が戻った事を伝えると、涙を拭ってクオンの方に振り返った。
「クオン---私を助けてくれてありがとう-------
クオンが意識を取り戻してくれて本当によかった----
私-----クオンにはたくさん伝えたいことがあったの----私----」
24へつづく
なんとかここまでやってこれました。
最初からラストは決めていたのですが、いざ書こうとすると難しいですね
今回もまたまた苦しみました
高橋先生を登場させた時点で、今回(23話)のお話のキーパーソンにしようと決めていましたがww
T様~、高橋先生とキョーコちゃんとのケジメ
こんな展開ですが、いかがでしょう(^▽^;)
次回は、最終回♪
あと1話お付き合い下さい。
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