氷の仮面 ~消滅と誕生~ 20


高橋と食事に出かけた夜から、またレイナの様子が変わってきた。

あんなによそよそしかった彼女の態度が和らいで、俺の前でも良く笑うようになった。

以前みたいに、二人でよくお酒を飲みながら、過去のたわいもない話を色々とする。

ただ一つ違った事は、決して自分(キョーコ)の事を語らなくなったという点ぐらいだろうか・・・

あんなに面白おかしく語っていたのに、どうしたんだろう?

キョーコに叱られでもしたのかな?


それに、高橋の話を一言も触れないのも不自然すぎる。

こんなに毎晩話をしているのに、彼の話はすべて別の話に逸らしてしまう。


一体、あの夜、彼と何があったのか?

本当は、ずっと気になっていたが、聞く勇気もなくて不安な気持ちを引きずったまま時を過ごしていた。


しかし長かった撮影も、あと少しで終わる。

この撮影が終われば、彼女は俺と暮らす大義名分はなくなるんだ。

彼女はまたこの部屋を出て、一人で暮らすのだろうか?


嫌だ!絶対に!


もう彼女のいない生活なんて想像できない。


彼女と過ごす生活にすっかり慣れてしまった俺は、当初のキョーコを取り戻すという目的は、段々薄らいでゆき、キョーコとレイナ、二人と共にずっといたい!それだけを考えるようになっていた。


レイナもキョーコの一部なんだから、俺がどちらも受け入れればいいんじゃないか!

どちらも大切にする!


欲張りだろうが、我儘だろうが構わない!


キョーコを失うくらいなら、俺はどんな自分勝手で強欲な男にだってなってやる。


無茶苦茶かもしれないが、俺は自分の迷いにそう結論づけて彼女をこの部屋から出て行かせない方法ばかり考えていた。


この映画がクランクアップしたら、彼女にすべてを打ち明けて、プロポーズしよう。

高橋との約束なんて、もうどうでもいい!

俺は彼女の、キョーコの全てが欲しいんだ。

キョーコが嫌がっても、絶対に離さない。

キョーコが信じてくれるまで、何度でも愛を囁き続けよう。

心に身体に俺の想いを嫌という程、刻み付けるんだ。


幸いこの後の予定もまだ入っていないし、しばらくは休みをとってキョーコとゆっくりしよう。

キョーコがレイナになっている時は、ワインを飲んで一晩中語りあかし、キョーコが戻ってきた時には、全力で愛を伝えよう・・・

そして、キョーコちゃんになったら、一緒にお弁当を作って、どこか郊外に出かけよう。少し遠出をして、彼女が好きそうな花が咲き乱れている小高い丘とかがいいかな?それとも、ディOOーOンドの方がいいだろうか?彼女の屈託のない笑顔が見られるなら、どこでも連れて行ってあげたい。


それから実家にも連れて行き、両親にも紹介しておこう・・・俺の大切な人だって。

父さんは、キョーコを気に入ってたから、きっと喜んでくれるだろう。

母さんだって、女の子を欲しがっていたから、きっと可愛がってくれるに違いない。

俺が育った場所をキョーコにも見てもらいたいんだ。


そしていつの日か、心からキョーコが俺の愛を受け入れてくれたら、二人きりで式を挙げよう。

神の前で永遠の愛を誓うんだ。

一生離しはしないと・・・


レイナと流されるままに一夜を共にしてしまい、キョーコを裏切ってしまったようで、彼女とぎくしゃくしてしまったが、すべてキョーコの一部から生まれたんだと思うと、戸惑っていた気持ちもすっきりして、彼女の今をすべて受け入れ、丸ごと愛せば済むんだと自分の中での結論を出したのだった。


そして、クランクアップを翌日に控えた夜、レイナにしては珍しく外で飲もうと誘ってきたので、スタジオ近くのカフェバーで二人、お酒と会話を愉しんでいた。


「やだあ~~何、それ?ふふふ・・・

それで結局、クオンはそのニワトリを食べたの?」


「食べてないよ!そんな事したら、ブライアンが可哀相だろ!?」


「ブライアンって・・・ぷっ・・・名前まで付けたの・・・キャハハハ・・・

せっかく、リックがクオンの弱い部分を叩き直そうと差し出したニワトリに名前つけて、エサやるなんて・・・

ぷっ・・・やだあ~、リックが不憫すぎるう~」


俺の昔話を聞いて、げらげら笑うレイナに、少しむっとして、飲み掛けのワインを一気に飲み干して言い返した。


「だって、可哀相じゃないか!俺の為に、生きてるものをわざわざ殺すなんて惨すぎる!」


「でも、それ食用で、いつかは食べられる運命の鶏なんでしょう。」


「そうだけど・・・わざわざその時に・・・俺の為に、殺さなくもいいじゃないか!」


「本当、クオンはお優しい、甘ちゃんねww」


「うるさい!どうせ俺は、苦労知らずのお坊ちゃんだったよ!ふんっ」


ぷいと拗ねて横を向くクオンに、キョーコは「まあまあ怒らないで」と笑って、空いたグラスにワインを注いで、その続きの話を促した。


「で、結局チキンは食べなかったの?」


「食べたさ。彼を殺すことはできなかったけど、ハンバーガーショップでナゲットを買ってきた。」


「もう~クオン、面白すぎ!!それじゃあ、単なるお手軽ランチじゃない。

クオンのチキンな心を叩き潰す意味から、大きく外れてるわww」


「うん、リックにも似たようなこと言われたよ。だから、鶏肉買って、欲望のままに征服したんだ。」


「征服?」


「鶏肉を小さく切って焼いて、オムライスを作った。昔、父さんが作ってくれたものを思い出しながら、真似して作ったんだけど、それがまたくそ不味くてね~

速攻、捨てようとした。」


「もお~、こんな子を相手にしていたリックが可哀相になってきたわ・・・

捨てたら、意味ないじゃない!食べないと征服したことにはならないでしょう。」


「えっ、なんで?だって食べたら、俺の血肉になって、体内から『チキンな心』は消えないんじゃないかな?」


「そんなことないわよ~食べたら、チキンはなくなり、新たな強い心になって生まれ変わるのよ。同じじゃないわww」


空になったグラスを目の前で手持無沙汰に振りながら話すレイナの手を握って、そのままグラスをテーブルの上に置かせると、ボトルに残っていたワインをすべて注いで、お代りを頼むためウェイターを呼んだ。


「本当に、レイナは、リックに似ているね・・・

リックも同じようなことを言って、俺に全部食えと言ったよ。そして、俺はリックに魔法をかけてもらって、焦げ焦げのカチカチオムライスを食べきったんだ。」


「魔法?」


「うん・・・惚れた女にかけてもらう魔法で、『貴方はできる』『絶対勝てる』とかけてもらうと、そうなるんだって。まあその時は、誰もいなかったので、リックにケチャップで書いて貰ったんだけどねwww」


昔、私も・・・どこかで似たような体験をした気がするーーーーー


『マウイオムライス!!』


あの時も敦賀さんは、何かと闘っているみたいに必死で食べていた・・・

確か私は、敦賀さんが作った怪物にケチャップで8の字を書くように頼まれて・・・

そう!俺のラッキーナンバーだからとか言ってたんだ!


似ている・・・どうして、そんな所まで似ているんだろう?

顔もふとした仕草も、骨格も筋肉のつき方も、全てがそっくりだ。

これで目と髪の色が黒色だったら、敦賀さんそのものじゃないだろうか?


世の中に、こんなに似ている人がいるのかしら?

もしかして・・・本当に敦賀さん?

でも、ならば何故ここにいるの?

わざわざ日本で築いた地位も名誉もすべて捨てて、こんな見知らぬ土地で一からやり直す必要がどこにあるんだろうか?

それに、クオンは先生とジュリエラさんの子供だと言ってた。

あの時のクオンが嘘を言ってたようには思えないし・・・

敦賀さんは、一度先生と会っているけど、それらしき雰囲気は微塵もなかった。

となると、やっぱり他人の空似なんだろうか?


敦賀さんが行方不明だって聞いてから、心のどこかでクオンが敦賀さんだったら良かったのに・・・と思っていたから、そんな風に思っちゃったのかしら?


でも、例えクオンが敦賀さんだったとしたら・・・私はどうすればいいのだろう?


あんな風にひどいやり方で彼の元を逃げた私が、のうのうと彼の元に戻る事もできないし・・・

やはり、最後までレイナとして、彼とお別れするしかないわよね。


でも、1年前の何もかも失くした私とは違う。

今の私には、クオンと過ごした幸せだった月日があるから・・・もう大丈夫。

この思い出があれば、きっとこれからも生きていける。


一人に戻っても、私は頑張れる。


「・・・・イナ・・・・・レイナ・・・・・・レイナ!


「はっ、ごめんなさい!ちょっと酔っちゃったかしら・・・ぼんやりしてたわ。」


「そう・・・平気?今日は、もう帰ろうか?」


「うう~ん、もう少しクオンとここで話したいわ。ねえ、それよりさっきの話の続き!

リックはクオンに何て書いてくれたの?」


「ふふふ・・・それはね・・・」


幸運よ再び さらなる幸運を連れて クオンの元へ訪れよ いつの日もクオンが永遠に 幸福であるために----RELUCK


「素敵なおまじないね。でも、本当にクオンには、そんな人いなかったの?クオンのようなかっこいい人だったら、周りの女の子は放っとかなかったでしょう?」


「うん、何人かとは付き合ったこともあるけど、みんなすぐにフラれちゃうんだ。

俺って、そんなに魅力ない面白みのない男なのかな?」


いじけて下を向き、トレイの肉を何度もフォークで突き刺す姿に、吹き出しそうになるのを堪えて、軽くクオンの額にデコピンをした。


「イタア!いきなり何するんだ!?」


少し赤くなった額を抑えて睨んでくるクオンに、キョーコはケラケラと笑いだす。


「油断しているクオンが悪いのよ!フフフ・・・大体、クオンが魅力ないなんて、誰も信じないわよ!

こんないい男!どこを探しても他にいないわ!

その上、お茶目でおとぼけさん、嫌いになんかなれないわよ!」


「ふえっ?おとぼけさん・・・?」


「そうよ・・・だって、そうでしょう?絞めて食べろと言われた鶏に名前つけて、餌やって、挙句に買ってきたチキンは、ナゲットって・・・ぷっぷぷぷ・・・

おとぼけ以外、何者でもないでしょう!

クオンは、そんないい顔してるから、勝手に偶像化されて勘違いされて、本物のクオンに気づいて貰えなかったのね・・・残念よねえ~男前もいい事ばかりじゃないわねww」


笑ってレイナは、クオンによって突かれぐちゃぐちゃになった肉をナイフで一口切って、クオンの口に突っ込んだ。


「私は、そんなクオンも嫌いじゃないわよ。きっと私が男でその頃出逢っていたら、きっとクオンともいいお友達になれたでしょうね。フフフ・・・」


「今は?今じゃあ駄目なの?男でなく、女では、俺は受け入れて貰えないの?」


「-----今は・・・こうして一緒に飲んでいる・・・でしょう・・・受け入れてないわけじゃないのよ・・・ただ・・・・」


小さく呟いた後、レイナは寂しそうに微笑んでそのまま黙り込んでしまった。

本当は、今日、映画がクランクアップした後の話をしようと思っていたけど、何だか言い辛くなってしまったので、明日に伸ばすことにした。


明日は、夜景がきれいな最上階のスィートを予約しているから、撮影の後、お疲れさん会と称して彼女を連れて行って、ちゃんとすべてを話すんだ。

最初は驚いて怒るだろうけど、きっと俺を受け入れてくれるはず。

だって彼女は、一番醜く情けなかった俺を嫌いじゃないと言ってくれたんだから。


大丈夫だ・・・きっと大丈夫!すべてうまくいく キョーコと二人でこれからは永遠に幸せになるんだ。


「RELUCK・・・」


クオンは、この先二人に降りかかる悲劇を知る由もなく、二人の未来を信じて願うのだった。


21へつづく


どこまでも食い違っている二人の想い・・・

でも二人を襲うOOOが、止まっていた二人の歯車を大きく動き出させる!

ラストまであと少し!

もうしばらくお付き合い下さい♪



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