Q1 はじめて、甲子園(全国大会)に、出場した神奈川代表の高校は?

A 横浜商業(通称、Y校)が、1923(大正11)年に開催された第9回の夏の大会に出ています。

 

Q2 神奈川県勢、初勝利は、いつ? そして、対戦相手は?

A 夏の大会では、1933(昭和8)年の第19回で、横浜商業が、佐賀の佐賀師範(現、国立佐賀大学教育学部)相手に、6-2で勝利。

  春の大会においては、戦前は、勝利はなく、1961(昭和36)年の第33回で、法政二高が、北海道の北海高校に、4-1で、勝利した。なお、この時、法政二高は、優勝している。

 

Q3 では、神奈川県勢その他のメモリアル勝利は?

A 夏の大会では、10勝目は、1957(昭和32)年の39回で、法政二高が、東京の早実高に、2-1で勝利。50勝目は、1980(昭和55)年の62回で、横浜高が、香川の高松商業に、8-1で、勝利。100勝目は、2008(平成20)年の90回で、横浜高が、埼玉の浦和学院に、6-5で勝利。

 春の大会では、10勝目が、1973(昭和48)年の45回に、横浜高が、広島の広島商業に、3-1で、勝利。この時、横浜高は、優勝している。50勝目は、2006(平成18)年、78回に、横浜高は、岐阜の岐阜城北に12-4で勝利。この時も、横浜高は、優勝している。

 春夏通算では、10勝目は、前述の夏の10勝目。50勝目は、1973(昭和48)年、55回夏の大会で、藤沢商(現、藤沢翔陵高)が、山口の萩商に、5-2で勝利。100勝目は、1992(平成4)年、64回春の大会で、東海大相模が、福岡の常盤高に、4-1で、150勝目は、2008(平成20)年、90回夏の大会で、南神奈川代表の横浜高とともに、北神奈川代表として出場した慶応高が、長野の松商学園から、それぞれ勝利している。

 

Q4 神奈川県代表で、甲子園(全国大会)出場回数が、最も多いのは?

A 春夏総合でも、29回で、春でも13回で、夏でも16回で、横浜高が最も多い。春は、Y校と東海大相模が、8回で同率2位、夏は、東海大相模が10回で2位、法政二高が8回で3位。春夏総合では、東海大相模が18回で2位、Y校が、15回で3位、といったところが、ベスト3です。

 

Q5 甲子園出場校の所在地で最も多いのは?

A 出場校20校のうち11校が横浜市。内訳は、横浜市が、Y校、神奈川商工、浅野、希望ヶ丘、慶応、鶴見工、横浜高、武相、横浜商大高(横浜一商)、桐蔭学園、横浜隼人。ついで多いのが、藤沢市の4校。湘南、藤嶺藤沢、日大藤沢、藤沢商(藤沢翔陵)。川崎市が2校。法政二高、桐光学園。他に、鎌倉市が1校。鎌倉学園。相模原市が1校。東海大相模。平塚市が、1校。平塚学園。

 

Q6 甲子園優勝回数が最も多いのは?

A 横浜高の5回。1973(昭和48)年45回春、1980(昭和55)年62回夏、1998(平成10)年70回春、1998(平成10)年80回夏、2006(平成18)年78回春。神奈川代表校が優勝したのは、これまで12回、5校。横浜高の他では、東海大相模が3回。1970(昭和45)年45回夏、2000(平成12)年72回春、2015(平成27)年夏。法政二高が2回。1960(昭和35)年42回春、1961(昭和36)年33回夏。湘南が1回。1949(昭和24)31回夏。これは、県勢初優勝。桐蔭学園が1回。1971(昭和46)年53回夏。なお、Y校(横浜商業)は、優勝はなく、準優勝が2回。1983(昭和58)年55回春、同年65回夏。他に準優勝したのは、法政二高が1957(昭和32)年39回夏。東海大相模が3回。1975(昭和50)45回春、1992(平成4)64回春、2010(平成22)年92回夏。横浜が1回。2003(平成15)年春。

 

Q7 甲子園出場校で、のちのプロ野球選手を最も多く輩出したのは?

A 横浜高で、プロ野球選手(2015年現在で、1軍戦(公式戦)出場者のみ)を52人。ついで、東海大相模が25人、桐蔭学園が21人、法政二が16人、Y校が12人、鎌倉学園が11人とつづく。なお、甲子園出場校20校のうち、希望ヶ丘高だけは、プロ野球選手を輩出していない。また、甲子園出場校以外では、逗子開成が7人と最も多く。向上校が5人とつづく。

 

Q8 神奈川県勢が、最も相性がいい、対戦相手の都道府県は?

A 奈良。12戦して、11勝1敗。

 

Q9 逆に、神奈川県勢が、最も相性の悪い、対戦相手の都道府県は?

A 大阪。11勝13敗1分。 ついで、東京の8勝6敗。沖縄の3勝6敗、愛媛2勝7敗とつづく。

また、負け越しているのは、和歌山3勝4敗、栃木2勝3敗、高知4勝7敗、兵庫2勝4敗、岩手が、1勝5敗。青森、群馬、千葉、長崎が、1勝2敗。また、神奈川県勢未勝利なのが、三重と台湾(※戦前戦中は、日本領だったため、大会に出場していた)の0勝1敗。

 

Q10 神奈川県勢が、最も多く対戦している都道府県は?

 A 大阪。 25戦して、11勝13敗1分。 ついで、東京が14戦して、8勝6敗。前述の奈良が、12戦して、11勝1敗。京都、広島、高知が11戦。京都、広島は、7勝4敗。高知は、4勝7敗。石川、鹿児島、山口が10戦。石川が8勝2敗、鹿児島が7勝3敗、山口が5勝5敗とつづく。

 

Q11 神奈川県勢が、対戦したことがない都道府県は?

A 新潟県代表および山形県代表とは、対戦がありません。

 

Q12 神奈川県勢が2校出場した大会は、何回あるの?また、県勢対戦は、あったの?

A 春は、1989(平成元)年61回春(横浜商大、横浜商)、1994(平成6)年66回春(桐蔭学園、横浜)、1995(平成7)年67回春(桐蔭学園、東海大相模)、1998(平成10)年70回春(横浜、日大藤沢)、2003(平成15)年75回春(横浜、桐蔭学園)、2005(平成17)年77回春(東海大相模、慶応)、2006(平成16)年78回春(横浜、東海大相模)、2008(平成20)年80回春(慶応、横浜)、2011(平成23)年83回春(東海大相模、横浜)の9回。夏は、1998(平成10)年80回夏(横浜、平塚学院)、2008(平成20)年90回夏(慶応、横浜)の2回。

 また、合計11回で、神奈川県勢同士の対戦は、ありませんでした。

 

 

 

 

 

AD

替え歌

テーマ:

最近、替え歌に、凝っている。2つほど作ってみた。

 

ラブミーテンダー

サバ煮てんだ
サバみそ煮 
ねばれ納豆
夕飯までまだ待たなあかん
案外、サバよさそう

 

サバ煮てんだ 
サバ煮とる 
あるもんどれも振れや 
ほんま、タレであぶる
案外、おいしいん、ちゃう?

 

なに見てんだ
サバ見てろ 
たいくつやで 
ほな、いつぞやのあんちゃんか for it's there that I belong
よう来たね

 

サバ煮てんだ
サバどうや 
食うてみい、ゆうたんや
チョロ火ゆれるオーブンに
これでええんでっか

 

おばちゃんサンバ(おじさんサンバ)

おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは サリーちゃんが好きだった
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは リカちゃん人形が好きだった
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは チョコバットが好きだった
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは 赤いシリーズにあこがれた
おばちゃんの家にビデオは無かったが 茶の間のTVで見てたんだ
おばちゃんは 今はこんなになったけど
昔からおばちゃんじゃなかったんだおばちゃんは

おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは リボンの騎士が好きだった
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは ベルサイユのばらも大好きで
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは ピンクレディーにあこがれた UFOっ!
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは 科学忍者隊ガッチャマンも好きだった

おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは ジャニーズジュニアなんかも知ってるゾイ
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは ジャイアント馬場にあこがれた 十六文キックやで!
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは キューティーハニーにあこがれた
おばちゃんは 時々 旦那の目を盗み カラオケルームに 食べ放題
おばちゃんは 今はこんなになったけど
昔からおばちゃんじゃなかったんだおばちゃんは

おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは 20(はたち)やで! ピチピチじゃん
おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんはダイエット
あ~今日も食べちゃった

おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは 20(はたち)や 絶対、20(はたち)やで!

おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは バーゲン品をのがさない
これウチが目つけてたんやで

おばちゃんは おばちゃんは おばちゃんは バーゲン品を離さない
絶対、離さへんで

 

AD

祝・東映アニメ60周年!

テーマ:
 本日、アニマックスで、東映アニメーションの創立60周年記念番組を長時間にわたって放送する。
私の世代には、東映アニメーションというより、「東映動画」といった方がピンとくるのだが、日本を代表する
アニメ制作会社の一つだ。
 そこで、私なりに、私のストライクゾーンである70年代までを振り返ってみる。

1. 東映動画のルーツ
 1945(昭和20)年、終戦後、政岡憲三らを中心とした新日本動画社が、創立された。翌1946(昭和21)に、同社は「日本漫画映画社」と改称し、1作目のアニメ映画「桜」を完成する。以降1951(昭和26)年まで、計12本のショートフィルムを製作、公開する。
 一方、1947(昭和22)年には、政岡らは、「日本漫画映画社」から独立し、「日本動画社」を設立する。同社は、「すて猫とらちゃん」シリーズをはじめとするショートフィルム8本製作、1952(昭和27)年には、「日動映画社」と改称し、1956(昭和31)年まで、8本のショートフィルムを製作・公開する。
 1955(昭和30)年、東映の教育映画部門が、「月のかんさつ」というショートフィルムを製作公開。同年10月に、東映は、「日動映画社」に委託の形で、「うかれバイオリン」というショートフィルムを公開。これが、縁で、東映が、「日動映画社」を吸収する形で、翌1956(昭和31)年、「東映動画」設立となる。

2. 1950~60年代の東映動画
 1957(昭和32)年、東映教育映画部門が、ショートフィルム「こねこのらくがき」を製作、東映本社が、アメリカ大使館で、「ハヌマンの新しい冒険」を製作、1958(昭和33)年、東映教育映画部門が、蕗谷虹児の「夢見童子」を製作する。同年、いよいよ、東映動画の記念すべき、第一作「白蛇伝」が公開される。動画用語でいう所の「ライブアクション」すなわち、役者に実際に衣装を着せて演技させたものを絵にしていくという贅沢な手法で作られている。ヒロインの衣装を着て絵のモデルになったのは、当時ニューフェイスだった、佐久間良子。声優には、森繁久と宮城まり子が起用され、2人で、多くの登場人物を演じたという。後年、森繁うじは、「もののけ姫」(1997)で、乙事主・猪神役、「ドラえもん のび太と翼の勇者たち」(2001)で、鳥野博士役と、アニメの声優をしている。また、宮城は、1976年からTVアニメ「まんが世界昔ばなし」、1978年には、映画「おやゆび姫」虫のブンブー役で、アニメ声優をしている。
 1960(昭和35)年には、手塚治虫が製作にかかわった「西遊記」が製作され、これが、手塚が、自らの虫プロで、アニメ制作をしていく、きっかけになる。
 60年代の東映動画の映画アニメの特徴の一つは、声優が豪華なこと。例をあげると以下のよう。
 59年の「少年猿飛佐助」では、真田幸村の声を中村喜津雄、おゆうを桜町弘子、おけいちゃんを松島トモ子、夜叉姫おもんを赤木春恵、山嵐の権九郎を吉田義夫が演じている。
 61年の安寿と厨子王丸では、安寿を佐久間良子、厨子王丸を北大路欣也(ソフトバンの犬のお父さん)、母を山田五十鈴、山椒太夫を東野英治郎(初代黄門様)、次郎を平幹二朗が演じている。
 63年の「わんわん忠臣蔵」でキラー役に西村晃(二代目黄門様)、65年のガリバーの宇宙旅行では、テッドに坂本九、王女に本間千代子といってアイドル。科学者たちとして、当時坂本九が所属していたパラダイスキングのメンバーも出ている。
 66年および67年の「サイボーグ009」では、003にジュディ・オング、ヘレナに市原悦子(家政婦はみた)。67年「少年ジャックと魔法使いでは、ジャックおよびキキー役に中村メイコ、ネズミに黒柳徹子、グレンデルに山岡久乃。
 また、1963(昭和38)年には、はじめてのTVアニメを手掛ける。第一作は「狼少年ケン」。主題歌のメロディーが、ロッテのフィッツのCMソング「かむんとフニャン」に使われた。また、TVアニメ「狼少年ケン」の
1話分をそのまま映画館で上映するにあったって、他の映画とセットで公開したのが、のちの「東映まんがまつり」につながった。
 初期のTVアニメの特徴として、映画は、同社第一作の「白蛇伝」からカラーだったのに対し、モノクロだったこと。カラーになったのは、1966年にアメリカの会社と共同制作した「世界の王者キングコング大会」から。
 1966(昭和41)年には、日本初の少女向けTVアニメ「魔法使いサリー」を放送開始、当初モノクロだったが、翌年の第18話よりカラーになった。
 1969(昭和44)年、名物企画、「東映まんがまつり」を夏休み、冬休みなどの子供の長期休暇の時に、映画館でやるようになる。「長靴をはいた猫」で、現在まで東映アニメのマスコットキャラクターとなっている、ネコのペロが登場。石川進が声をつとめる。72年「ながくつ三銃士」、76年「80日間世界一周」と再登場したが、鈴木やすし、なべおさみと、そのたびに声が変わった。80年代のアニメブーム時に東映が展開したアニメショップ「アニメポリス・ペロ」でも店名・マスコットに起用された。

3. 1970年代
 映画では、東映まんがまつりが、全盛の時代。構成は、放送中のTVアニメから三作品くらいをTVの1エピソードをブローアップ(映画サイズに引き伸ばし)たものと、オリジナルの中編アニメを1本といったところ。
 少女向けTVアニメでは、魔女っ子路線として「ひみつのアッコちゃん」「魔法のマコちゃん」「魔法使いチャッピー」「ミラクル少女リミットちゃん」「キューティーハニー」「魔女っ子メグちゃん」などを続けて放送。
 少年向けとしては、「マジンガーZ」「ゲッターロボ」「鋼鉄ジーグ」といった永井豪原作のロボットアニメが公開された。
 1976(昭和51)年には、空前のヒット作の少女アニメ「キャンディ・キャンディ」が登場。少年向けとしては、松本零士原作の「惑星ロボ・ダンガードA」「銀河鉄道999」といったSFアニメがヒットした。
 
AD