「上越新幹線殺人事件」というと思い出すのが、西村京太郎原作の、十津川警部シリーズの1冊が、まず、思い浮かぶ。同作は、98年に、「小説現代」に発表され、同年、講談社ノベルスから単行本が発売。2001年には、講談社文庫から、2012年3月には、光文社文庫から再刊されている。なお、96年には、TVドラマでも三橋達也の十津川、愛川欽也の亀井刑事で、「上越新幹線殺人事件」は、放送されているが、これは、原作となっているのは、「行楽特急殺人事件」だという。第2の故郷新潟の町の描写があるかと期待して、講談社文庫版を手に入れて読んだのだが、新潟の街の描写はなく、十津川警部は、新潟駅で降りるとすぐに、タクシーで、月岡温泉に向かってしまうので、がっかりした。
今回、100均棚で、見つけたのは、生田直親という作家のトクマノベルス版の「上越新幹線殺人事件」である。開業直後の82年11月に徳間書店の徳間ノベルスで発売。その後、90年2月に、徳間文庫で再刊された。期待して読んでみると、新潟の町の描写もあってうれしかったのだが、明らかな間違いもあり、気になる点もいくつかあった。
また、両者に共通しているのは、書かれたのが、82年11月に開業した翌年くらいの上越新幹線が舞台であること。この頃の上越新幹線は、大宮駅始発で、前身のL特急が、上野駅発だったことに比べれば、利用しづらかった。そのため、将来の上野駅までの延伸を見込んで、上野~大宮間に、新幹線リレー号が運転されていた。しかし、このリレー号は、新幹線に乗り継げるように、ダイヤが組まれてはいたものの、上越新幹線利用者だけでなく、同じ年に開業した東北新幹線の利用者にも使われていたし、指定席でもなかったので、始発の上野から乗っても座れるとはかぎらなかった。そこで、私の家では、時間はかかるものの最寄りのJRの駅から、大宮まで京浜東北線1本で行け、始発に近い駅で、座れることもあり、高齢の祖母を連れた帰省では、リレー号は、利用しなかった。85年3月には、上野までの延伸が実現したのもの、用地の関係で、地下深くにホームを作るしかなく、そのため、乗り換えに時間がかかった。それも、91年6月の東京延伸で便利になった。
○ 生田氏の「上越新幹線殺人事件」における新潟の街の描写の間違いと気になる点
(1)明らかな間違い
A) 新潟市の朝を「上越」の朝と書いていること。
これは、佐渡を除く新潟県の旧国名「越後」と、新潟県内の地方名「上越」を混同した明らかな間違いである。「越後」は、富山を「越中」、福井を「越前」というの対して、「越後」という呼称。対して、「上越」というのは、新潟県内を「佐渡」、「上越」、「中越」、「下越」の4地方にわけた言い方の一つで、県庁所在地である新潟市は、「下越」地方の中心都市である。ちなみに、「中越」地方の中心都市は、長岡市。問題の「上越」地方の中心都市は、上越市で、高田と直江津が代表的な町である。生田氏は、新幹線の名前が、上越新幹線なので、勘違い、あるいは、混同したものと思われる。
B) 旧市街の住所の1つである西堀通九を西堀通「九番地」と書いてあること。
これは、伝統的に、九番地ではなく、九番町(丁)と読む。確かに、住宅地図を見ると「西堀通(九)」と書いてあるので、九番地と言いたくなるのも分らなくもないが。
C) 新潟駅の新幹線側の出口である南口と反対が側にあたる在来線側の出口を北口と表現していること。
たしかに、新幹線側を南口と言うが、在来線側は、北口ではなく、万代口と呼ばれる。ただし、これは、新潟駅を知らない読者に分かりやすいように、わざと、南口の反対側なので、北口と書いたとも考えられる。
(2)気になる点
間違いとは、言いきれないが、気になる点もある。
A) 郷土料理の食用菊の説明で、白い菊とあること。
たしかに、新潟では、食用菊のおひたしを食べる。ただ、私の印象では、白い菊というのは、見たことがなく。普通、黄色か紫である。ただ、白い食用菊が絶対にないとは、言いきれない。
B) 柾谷小路は、小路と言いながら、広い。こういうような書き方をしていること。
これは、合っている。しかし、その事情が説明されていないので、私なら、「新潟の町は、かつて物流のための水路が縦横に張り巡らされており、その名残で、区画されている。そのため、南北に走る通りは、その幅に関係なく○○小路と呼ばれ、東西に走る通りは、○○通りと呼ばれ区別されている。柾谷小路は、中止となる道で小路と言いながら幅が広く、通りの中心である古町通との交差点が古町十字路と呼ばれ、旧市街を歩く時は、この十字路を頭に入れて置いて、十字路から東西南北に何ブロック動いたと認識していれば、迷子にならない。」などと書くと思う。ちょっと説明的で、長い文章かもしれないが。
○ 登場する建物のモデルについて
「八千代橋ゴールデンホテル」 主人公たちが新潟市内で泊まったホテル。八千代橋は、実在するが、その橋のたもとには、ホテルはない。新潟駅から万代橋を渡り旧市街に入ってすぐ右手(東側)にある「新潟グランドホテル」がモデルと思う。また、左手(西側)には、「ホテルオークラ」があり、谷村新司さんや、美空ひばりさんが常宿にしていたという。
「バーエルザ」 情報収集のため、敵の懐に飛び込む形で入ったバー。これは、その住所に、新潟を代表する高級クラブ「エルザ」があった。なお、ネットで検索すると、現在は、東区新大岡山に同名のバーがあるようである。
「弥彦温泉ホテル」 弥彦には、そういう名前のホテルは存在しないが、規模からすると、弥彦グランドホテル(廃業、跡地は、おもてなし広場、観光施設おもてなし館がある)、または、四季の宿みのや(弥彦を代表する老舗旅館)などがモデルと考えられる。
「生姜屋」 主人公が探していた人物が泊まった宿。そういう名前の宿はないが、「冥加屋」というのがある。
すでに、作者の生田直親氏は、他界されているし、この小説が再刊されることは、ないと思うが、どこかの出版社が、再刊することがあったら、明らかな間違いだけは、直してもらいたいものである。