ゴールデンレトリバー・ルナ物語・70
両親が我々の家へやってきて、夕食をともにした時のことだった。父は、少量のビールとともに、夕食を摂った。ルナは、自分は関係ないようだな、別にご相伴にはあずかれないようだな、と思っているようで、ダイニングテーブルから離れて、大人しくしていた。
夕食を終えて、父は、ソファにすわ移動し、母、妻、私とそれぞれに椅子に座りながら、雑談を続けていた。そのうちに、父が眠り始めたように見えた。単に眠り始めたのではなく、身体から力が抜け、ソファに座った姿勢から、腰が前方に向かって、ゆっくりと滑ったように見えた。眠りに入ったというより、ひょっとすると、意識が低下しているのかもしれない、と感じた。
私は父に近づき、声を掛けた。応答がない。やはり、意識障害かもしれない、と感じた。すると、ルナが勢い込んでやってきて、普段はしたことないような動作を始めた。座っている父の膝の上に、片方の前脚をかけ、もう一方の前脚で、父の胸や肩を叩くような動作だ。
それほど時間が経たないうちに、
「おおーっ」
と声をあげて、父は意識を回復した。
実は、私の専門の一つは失神(一過性意識消失)なので、父の状態を観察しながら、これはあまり重症ではない、と踏んでいた。父は、これまでにも数回気を失ったことがあり、今回も飲酒後のことなので、血管が比較的急激に拡張し、血圧が低下。意識を失ったのだろう、と瞬時に考察していた。しかし、ルナにはそんな診断を下せる訳はなく、おっ、あの爺さんがおかしいぞ、声かけなくっちゃ、とばかりに、父に飛びかかっていったと思われる。結果的には、ルナのその行動が父を意識を回復させたので、ある意味ではルナのお手柄だった。
後日、このルナの行動を田中先生に報告した。ルナが父のことを心配して、起こした行動だろう、との我々の解釈を田中先生に告げた。
「いや、そうじゃない、と思うよ。多分、ルナはね。そこにいる人たちの中で、お父さんの調子がおかしくなると、人間関係が変化して、その結果、自分の扱いが変わるかもしれない、なんて察知して、自分を取り巻くこれまでの状況を保つためには、お父さんを起こさなくちゃ、と考えたんだと思う。」
と解説してくれた。犬は何て賢いんだ、いや、計算高いのか。決して、単純に助けに行ったのではないのか、といささか驚いた。
【原澤泰比古プロフィール】
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