その前の話 その1 その2


真澄失踪翌日のLME社長室にて


宝田社長は一冊の台本を机に置いて、所属俳優を待っていた。

コンコンとドアがノックされ続いて入って来たのは、芸能界一の色男と

言っていい、敦賀蓮だ。

「社長、急な呼び出しというのは、そこにある台本の仕事の話ですか?」

「まあ、そういう事だ、先ずは読んで見ろ」

パラパラと台本をめくるが、幻想浪漫をテーマにした台本である、読めない漢字

やら、語彙が多く、蓮は、四苦八苦していた。

「この台本で俺は、誰を演じるんですか?」

「鶴だ」

「何ですかそれは」

「「紅天女」の演出を手がけている黒沼先生が今回新たに書き下ろした

脚本だ。主演女優は北島マヤ、主役の俳優は、里美茂だ。鶴と亀が、

キーパーソンで鶴役に敦賀蓮、亀役に京子を指名されたんだ」

「これ舞台劇ですよね、俺とキョーコはスケジュール的に無理だと

思いますよ」

「映画やTV、ドラマをメインのお前らじゃもともとスケジュール的に、

無理だから断るつもりだった、台本を見るまでは」

「お前、台本を読んでどう思った」

「一読して、幻想的なお話だとは思いますが、あまり興味を惹きませんね」

「そうか、お前はアメリカ育ちだからな、こういった日本の幻想文学は、

苦手か、俺は遊び歌の歌詞が一文字変えられているのが、気になってな」

「遊び歌というのは、これですか」

おれは、台本に書かれている歌詞を指で指し示した。

「そうだ」


「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつでやる 夜明けの晩に

鶴と亀とすべった 後の正面だあれ」


「「鶴と亀と」になってるだろう、一般的には「鶴と亀が」だ。黒沼さんに

電話して確認したら誤植でなくこちらの方の歌詞を選択したといっていた」


「なんですかそれは?」


「「かごめ」というのは、子供の遊び歌なんだが、歌の解釈に俗説、異説が、

いろいろあって面白いんだ。お前なら、この歌をどう解釈する」

「とりのかごめが、かごの中に閉じ込められて、すみません後半が、

さっぱりです」


「これは遊び歌だからな、鬼役の子供を籠の中の鶏に見立てて、

他の子供が歌を歌いながらとり囲むんだ、いついつでやるは、いつに

なったら籠から出て行くのかなといっている、夜明けの晩つまり

夜明けでもなく晩でもない早朝早くに、夜明けの番人である鶏が

籠からでて、次の鬼を指名する、つまり鬼役の後ろで正面を向いている人

がだれか当てるんだ」


「社長、鶴と亀の意味がわかりませんが」

「これは、俺にも謎なんだ。古来から日本では鶴と亀は縁起がいいと

されている、それが一緒に転ぶのは吉または凶を示していると言われ

てるんだ、だから単なる語呂合わせだというあいまいな説が有力だ」

「その鶴と亀がなんで俺とキョーコなんですか」

「単なる語呂合わせでもないと思うがな、おれが説明したのは一般的な解釈で、

裏側が恐ろしくて謎がいっぱいでな、俺的には、鬼(神)を呼ぶ儀式で子供たちが

歌を歌いながら手をつないで取り囲んでいるが、みんなお面をかぶっている

から誰だかわからない、鬼の後ろで正面を向いてるで面をかぶっているのが、

本当は誰なのか知らないんだ。こういう儀式では、よんでもいない魔(悪霊)が、

呼ばれる可能性がある、鶴と亀が一緒に転んで、鬼(神)ではありませんよと、

依り代のこどもにこっそり教えてるんじゃにかと解釈した。この台本では、

マヤさんたちが主軸であるならこの歌をめぐる話は横軸をなしている。

歌の謎解きがなされるところすごく面白いんだよね、とくに鶴が、だから

やってみないか」


「はあとしかいいようがないんですが、はっきり言って興味もありません。

お話がそれだけなら、この仕事はきっぱりと断って下さい」

「蓮、おれがこんなに興味をもっているのに、出演を断るのか」

「俺は、何だか嫌な予感がするから絶対に受けませんから」

「最上くんは出演を了承したぞ」

「ぐ、先にキョーコに話を持っていったんですね」

「ということでお前も出演了承ね」

俺は、社長室の扉を勢いよく閉め、マネージャの社さんのところに急いだ。

社さんは、ラブミー部の部室で最上さんと仲良く談笑していた。

最上さんが俺を顔みてにっこり笑う。俺もにっこり微笑みを返した、

最上さんの顔から笑顔が少し翳った、どうやら、先ほどの社長室での攻防で、

俺の笑顔に若干の影があったようだ。


そう俺の嫌な予感は当たった、しかも最悪の形で。


続く その4  へ