PENGUIN LESSON

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音楽制作や映像編集のビデオ教材スクール「ペンギンレッスン」のブログです。この夏開講予定です。ただいま全力制作中です。音楽制作の様々な情報を発信していきます。Twitter(@othersidemoon)でつぶやいています。

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2015年は、これまでより映像編集の仕事と譜面で完結する仕事が多く、ほとんど打ち込みで楽曲を作ることがありませんでした。そのため、今年一番活躍した音源となると、Version 1.5に上がったNotePerformerでしょうか。私的には出来上がりを想像してもらうデモとしてはNotePerformerで十分で、わざわざモックアップに時間を使うことが無くなったのはワークフローの飛躍的な進歩です。

一方で、来年は(生の演奏家に適さないような)打ち込みでしか表現できない音楽を追求してみたいと思っています。その楽器にとって困難なフレーズやコントールが難しい音域と強弱など、打ち込みで完結する楽曲でも自然と避けてしまっていますが、勿体ないなと思うようになりました。楽器のことを知らないためにその楽器にとって最適でないことをしてしまうのと、知っていて敢えて挑戦するのでは、違うように思うのです。

打ち込みを求められる仕事がほとんどなかったので、今年購入した音源も多くありません。その中で今年のベストを選ぶのなら、VILabsのRavenscroftとTrue Keysです。ピアノ音源は数多く持っていますが、こんなに気持ちいいと感じるものは他にありませんでした。ただただ惚れ込んでいます。実際にオーケストラの中にうまく配置できるかは来年早々に検証してみたいと思います。

ピアノ音源と言えば、Hans Zimmer Pianoも買いました。これのインストール中に音源用のHDDが壊れ、代わりのHDDの購入に8万円かかったのは予定外の痛い出費でしたが、今後は音源もバックアップをしっかり用意しようという気付きにもなり、また困ったときの各メーカーの対応を知ることもできました。

自由に何度でも再ダウンロードできるSpitfireやCinesamples、メールですぐに対応してくれたSamplemodelingやImpact Soundworksはサポート面でも安心だと再認識しました。Spectrasonicsも有料にはなりますが再ダウンロードの仕組みがしっかりありました。Orchestral Toolsは未だに返事すらくれません。インストール用のDVDが手元に残らないダウンロード専用音源が大半ですから、そしてHDDはいつかは必ず壊れるものですから、容易に再ダウンロード出来るメーカーかどうかも購入時にしっかり考慮しようと思いました。

SamplemodelingからThe TrumpetのVersion 3が出てことは非常に嬉しく、改めてSamplemodelingの金管アンサンブルの可能性を研究してみようと思いました。これまでトランペットだけ、オーケストラの中に配置するのが難しかったので、新しくEarly Reflectionsの設定が出来るようになったことは大きな進歩だと思います。Impact Soundworksの金管音源BRAVURAもRHAPSODYと一緒に今年のブラックフライデーで購入しました。トランペット奏者としてエピックすぎない金管の音が好きなので、CineBrassとは性格が大きく異なるところに魅力を感じました。

それ以外では、SpectrasonicsのOmnisphere 2、買う時期を逃していたCineStringsのバンドル、うーん、書いていくと意外とあるな(汗)

使用するプラグインもかなりシンプルになり、ほぼEQとコンプはSonnox、Slate Digitalのみになりました。(マスタートラックだけVienna Suite)。オーケストラの楽器には、ほとんどコンプは使いませんけど。リバーブもB2と(ドライな音源用に)Numerical SoundのFORTI/ SERTIのみです。

来年はピアノ音源(Ravenscroft, True Keys, HZ Piano)と金管音源(Samplemodeling, BRAVURA, Spitfire BML, CineBrass)を色々テストするために短い曲を作るところからはじめようと思っています。

最後に音源とは関係ありませんが、今年ははじめてのソロアルバムを作りました。1stアルバムは、普段書いている作風の一番得意な音楽で勝負すべきだったかもしれませんが、それとは全く違って優しい感じの、子どもと一緒に楽しめるような「絵本のような音楽」を敢えてテーマにしました。ずっとこういう音楽を作ってみたいなと思っていたからです。たくさんの人に協力していただいたこのCDはずっと私の宝物になると思います。
jumpenguin.com

でも、出来上がってみると、他にも作ってみたいものがたくさん出てきて、今度はこういうアルバム作れたらな、と考えるだけで楽しいですね。実際に作るとなるとお金もかかるし、時間もいっぱい取られるので、次やるとしても何年か先ですね(笑)

最後に来年の目標ですが、まずは健康になること。いや、ほんまに! それから、関東の方にも何度か遊びに行って、色々な人と会いたいなと思っています。

それでは良いお年を。来年もよろしくお願いします。
レコーディングは4月6日に17人編成のバンドを、4月7日に同じバンドに6人のヴァイオリン奏者と3人のチェロ奏者を加えて行いました。場所はバーバンクにあるワーナー・ブラザーズのEastwood Scoring Stageです。映画に録音された音が初めてついた翌年の1929年に作られ、数えきれないほど多くの映画音楽やテレビ音楽を録音してきたステージです。近年では「アナと雪の女王」「インサイド・ヘッド」「マッドマックス 怒りのデス・ロード」などのレコーディングに使われています。

スコアリングステージは、大きなスクリーンに映画を映写しながら録音するための施設で、編集が終わった映画のタイミングに合わせて作曲・演奏されるハリウッド映画に欠かせない場所なのですが、ここ数年でロサンゼルスでの録音が激減しているため、有名なステージのいくつかは閉鎖されてしまいました。

MGM Scoring Stageのような巨大なステージではないものの、Eastwoodは十分フルオーケストラを録音できる規模の部屋なので、私の17人バンドにはかなり大きいですが、後から人工的なリバーブを加えることなく、ステージの自然な響きだけの音が欲しかったので、ここで録音することに決めました。実際にミックスでは、別ブースに入っていたドラムスに加えたリバーブとEQ以外、一切のリバーブやEQやコンプを使用していません。

何度か楽曲をライブで演奏したりリハーサルを重ねたりして曲を良く知ってから録音するのとは違い、この日初めて譜面を見る全く知らない曲を1回だけ通し、気になる部分だけもう1度さらった後、即録音するわけですから、ミュージシャンは必死に譜面を追いかけています。だから、指揮者をずっと見る余裕がないので、クリックトラックという事前にプログラムしたメトロノームを使い、1曲をいくつかのセクションに分けて録音し編集することをDennisからもAdamからも強く勧められました。そうすることで「完璧」な演奏が得られます。特にスタジオミュージシャンは、クリックトラックを聴きながら録音することの方が圧倒的に多いので、クリックがある方が安心できるはずだとも言われました。

ただ、どうしてもメトロノームなしで曲を通して録りたくてお願いしました。ライブのような勢いや荒さ、テンポが微妙に変わるところに魅力を感じました。ドラムスとベース以外は同じ空間で一緒に演奏していますから、例えば誰かが音を外してもそこだけ差し替えることは出来ませんが、それも含めて作品だと思いました。「完璧」なものは、打ち込みで追求すれば良いとも思いますし。

曲のクライマックスで自然と走り気味になった部分や、リタルダンドで私の意図していた以上に遅くしようとする演奏家に引っ張られた部分は、私が特に気に入っている部分でもあります。それでも、想像していた以上にスムーズに演奏できたのは、Jamey Tateさんという素晴らしいドラマーのお陰です。ドラムスはブースに入っていたので、ドラムが休みのところも一部演奏してもらいました。

今回の「バンド」はジャズ畑のミュージシャンとクラシック畑のミュージシャンが半々という編成でした。面白いことに、クラシック畑の演奏家は、私が目で合図を送りたいと思う瞬間は、必ずこちらを見てくれます。ジャズ畑の人は、リズムセクションを信じて演奏しているので、絶対に指揮者を見てくれないです(笑)

コントロールルームでは、NoahとDennisがスコアを見ながら細かくチェックしてくれていましたが、半数以上の曲では1テイクしか録音しませんでした。「誰かが大きく間違えたから録り直す必要がある」とか「もう少しこういう風に演奏して欲しい」というような具体的な目的や指示がないまま「とりあえずもう1テイクお願いします」という所謂「セーフティ」ほど演奏家にとってやる気をなくさせるものはないと思っているので、不必要な「もう1回」は一切しませんでした。大体、「セーフティ」の方を使うことなんて、まずないですから。

録音はあちこちからジョークが飛び交うとてもアットホームな雰囲気で、良い意味で緊張感のないリラックスしたセッションでした。そのアットホームなあたたかい雰囲気が音でも伝わればいいなと思っています。

本番中は写真を撮れないので、ほとんどは休憩中とコントロールルームからの写真にはなりますが、こちらの試聴ビデオ(Short ver.)で録音風景が少し見られます。

https://vimeo.com/141301663
ハリウッドの映画音楽では、オーケストラの楽譜を書ける作曲家さんでも、スケジュールなどの関係でスケッチだけを書き、オーケストレイターがオーケストラの総譜を書くことが多いです。作曲家によって、Jerry GoldsmithやJohn Williamsのようにどの楽器が何を演奏するかまで完璧に指示されている(つまりオーケストレーションは出来上がっている)スケッチの人から、メロディだけしか書いていない人まで、幅はかなりあります。最近では、譜面は全く使わず、打ち込んだデータを元にオーケストレーションをすることも多く、そのMIDIスケッチ人数感が実際に雇うオーケストラの編成よりも明らかに大きい時には頭を悩まされます。

今回はソロアルバムのプロジェクトなので、もちろん全ての音符を私自身で書いています。私は今でも手書きで楽譜を書きます。普段の仕事であれば清書してくれる方に手書きの楽譜を送り、スコアとパート譜を作ってもらうのですが、今回はとにかくお金がありませんので(笑)、自分で清書し、パート譜を作らなければなりませんでした。ただ入力して書き出すだけなら簡単なのですが、初見で演奏してくれるミュージシャンにとって出来るだけ見やすくとこだわり始めるとキリがなく、結局作曲に使った時間よりも清書とパート譜づくりの時間の方が圧倒的に長かったです。

ちなみに、どうせ後から自分で入力をするのならはじめからSibeliusを使って作曲すれば楽かなと思い、試してみましたが、どうも窮屈に感じてしまい、結局手書きをしたものを改めてSibeliusに入力しました。ただ入力作業は、作曲が煮詰まった時などに、何か意味のあることをやっているという達成感があり、やっているうちに気分が乗ってきて、作曲の方もうまくいくことが度々あり、とても良い心理的効果を生むようです。

さて、ロサンゼルスでは移調譜でスコアを書いたり読んだりするオーケストレイターや指揮者は絶滅危惧種に指定されてもおかしくない感じで、実音のスコアしか見ることがありません。音大の作曲科(クラシック)でも、標準は実音譜でした。スタジオミュージシャンは移調楽器に対して実音で書かれていても問題なく初見で演奏する人がほとんどですが、それでもパート譜は必ず移調します。先輩に聞いた話ですが、作曲家が実音のスコアを写譜の担当者に提出すると、移調代として追加料金を取られるらしいです。しっかりしてます。

私は移調でも実音でもあまり気になりませんが、手書きの時は加線が少なくなるので移調譜を書き、しかしコンピュータへは実音の方が入力しやすいので移調したスケッチを見ながら実音入力することが多いです。自分が指揮する時は、演奏家と同じ情報を見ていたいので必ず移調譜を使いますが、ブースでチェックをする人には実音譜を求められます。結局、今回のアルバム用にも両方のスコアを準備しましたが、ボタン1つで実音と移調を切り替えられるものの、やっぱりそれぞれに編集しないと非常に読みづらいので時間がかかりました。

パート譜もどこで段を変えるかにも気を使いますし、演奏してくれる人は誰一人この曲を知らないわけですから、それぞれの人にとって必要な情報を書き足したりしなければいけません。また1曲が複数ページにまたがる時は、譜めくりが必要ないようにページをテープで止める作業も、なかなかきれいに貼れず、何度もやり直しました。それを録音する順番に並べて、1パートずつ封筒に入れます。スコアの方は、Kinkosできれいに製本してもらいました。

かなりの時間をかけてきれいに整理した楽譜ですが、なんと日本からEMSで送った楽譜の入った段ボール箱が税関審査でなぜか止まり、全く配達される気配がないため、ロサンゼルスのKinkosですべて印刷し直し、全部テープで貼り直しました。さらに、録音の前々日にメンバーの1人が1セッション(3時間)だけ出られなくなり、代わりの演奏家が見つかるかどうかが分からなかったため、重要な部分を他の楽器に割り振ったバージョン2を慌てて準備しました。(幸いにも素晴らしい演奏家が代わりに駆けつけてくれました!)

レコーディングの前には、個別に確認をしないといけない相手が何人かいます。まずRecordistとか最近では必ずPro Toolsで録音するのでPro Tools Operatorとクレジットされることも多い録音技師さんです。今回はAdam Olmsted氏にお願いしました。事前に録音のコンセプトを伝えます。クリックを使いたくないこと、出来るだけ途中で止めずに1テイクで録ることを希望として伝え、かなり驚かれました。また録音のところで書きます。

もちろんレコーディングを仕切るDennisとも楽器の配置や音作りについて打ち合わせをします。打楽器奏者には、どの楽器を持ってくれば良いのか伝える必要があります。このアルバムでは元々はGlass MarimbaとXylophoneの2つを使う予定でしたが、演奏者のMike Deutsch氏が事前にパート譜に目を通してくれ、「ここはRosewood Marimbaの方がいいのではないか」と自身のスタジオで録音した音源ファイル付きで提案してくれたので、Rosewoodも加わりました。アコーディオンなどもチューニングや種類がたくさんありますし、ギターやベースなども種類が多いので、事前にメールで確認しています。事前にパート譜に目を通すことを好む演奏家には、先にPDFで送っています。

何とか作り直した楽譜も間に合い、前日にようやく代わりの演奏者も見つかり、4月6日のレコーディング本番を迎えました。

次回はレコーディングについて書きます。
いざロサンゼルスで録音すると決めたら、まずはMusic Contractorを決めます。この人がミュージシャン1人1人に連絡を取り、必要な手続きをし、スタジオを押さえ、エンジニアなどスタッフを集め、その他諸々を取り仕切るので、とても重要な人です。今回はNoah Gladstone氏にお願いしました。お互いに金管奏者なので気も合います。

レコーディングが始まるまでを仕切るのがMusic Contractorなら、実際のレコーディングを仕切るのはMusic Mixerです。(今回はアルバムの録音ですが、映画音楽の録音ならMusic Scoring Mixerとクレジットされることが多いです)。ダニー・エルフマンやアラン・シルヴェストリらの仕事で特に有名なDennis Sands氏にお願いしました。

Dennisがエンジニアとして関わった映画作品は250本以上あり、バック・トゥ・ザ・フューチャー、フォレスト・ガンプ/一期一会、インディペンデンス・デイ、アメリカン・ビューティー、スパイダーマン、アリス・イン・ワンダーランド、GODZILLA ゴジラなど注目作が数多くあります。しかし、映画の仕事をメインにする前は、Count BasieやElla Fitzgeraldをはじめとするジャズレコードのエンジニアをしており、今回のプロジェクトを計画し始めた時から、ぜひこの方にお願いしたいと思っていました。

さてアメリカでは、シアトルなどの例外を除き、音楽家のユニオンが強く、作品の規模に応じた1セッション当たりの音楽家の最低賃金や録音していい音楽の総時間数、休憩時間、年金や保険などが細かく決められています。また映画のために録音されたものをサウンドトラックアルバムに再収録したり、映画をDVDやblu-rayで販売するときには、再利用料がかかるなども、ユニオンによって定められています。このユニオン規定の料金が高過ぎるということで、ハリウッドで制作された映画の音楽をもっと安い海外で録音することも少なくありません。

フリーランスの仕事では、特に経験の浅い人だと「他の人より安く仕事します」を売りに交渉することが多く、そうすると対抗して「その人よりもさらに安く仕事します」という人が出てきて、次はさらに安くしないといけない競争にならないというように、同業者が足を引っ張り合って報酬を下げ合う負の連鎖に陥る危険があります。ハリウッドでは、演奏者、指揮者、オーケストレーター、清書係など(作曲家以外の)ほぼ全ての役割で賃金が決められているので負の連鎖は回避できますが、超ベテランでも新人でも同じ条件ですから厳しい実力勝負の中で仕事を得なければなりません。

今回録音した編成(1日目17人と2日目24人)だと、通常の映画のための録音だと演奏家1人当たり1時間約100ドル、低予算映画だと1時間当たり1人$55~65ぐらいです。これらは、必ず3時間単位でブッキングすることになります。

今回のようなアルバム用の録音だと、プレスする枚数などによって値段が変わってきます。私のアルバムは予算がタイトなのでLimited Pressing Agreementと呼ばれる少数プレス用のプランで録音しました。1時間1人$62、各セクションリーダーや持ち替えの楽器がある人(例えばフルートとアルトフルートとピッコロを同じ人が持ち替えて演奏した場合)は追加料金がかかります。それに加えて雇用年金と保険と税金で$8,000以上かかりました。

1時間のセッションの内、10分間は必ず休憩時間で、50分が実際に音を出して良い時間です。今回のプランでは、その50分につき7分半までの完成作品を作って良いことになっていますので、例えば25分の音楽を録音するのなら、必ず4時間のブッキングが必要です。1日6時間のセッションで録音可能な最大時間は45分ですので、それより長いアルバムを作るのであれば、最低でも2日間確保することになります。

私は17人編成のアンサンブルを主体に、2日目には追加で9人の弦楽器を追加することに決めました。作曲をし始める前に把握しておかなくてはいけないのが、どの曲が1日目(つまり弦なし)でどの曲が2日目(弦あり)なのかを決め、さらに3時間毎に若干のメンバー交代の可能性があるので(通常3時間単位でブッキングするため)、3時間毎にきちんと録り終える(次のセッションや次の日に持ち越さない)プランを立てる必要があります。

これは、規模の大きい映画のオーケストレーションでも求められるスキルで、映画の録音では基本的に最大編成の曲から録音し始め、後に進むにつれ人数を減らしていきます。「この時点でトランペットが4人から3人になっている」みたいなことをきちんと把握して、最も無駄が出ない方法で編成を切り詰めていけるスキルがないと、レコーディング中に無駄に座っている人が出てしまい、プロデューサーからの「なぜあいつは何もしていないんだ?」という答えられない質問に大汗をかきます。

このアルバムでは、1日目の前半のセッションで録音する曲、後半の曲、2日目の前半の曲、後半の曲というマップを書き、それぞれの楽曲の分数を決めてから作曲を始めました。いつか、書きたいように自由な編成で書き、録りたい順番に自由に録れたらいいな、と思いますけどね(笑)

次回で、レコーディング前のお話は終わります。
私のはじめてのソロアルバム「the other half of the moon」が大勢の方々の協力のおかげで完成し、今日そのCDを手に取ることができました。自分が関わったCDは何枚も棚に飾ってありますが、手にしてズシリと重みを感じた時にぴょんぴょん飛び跳ねたいぐらい嬉しかったです。実際、頑張って作ったブックレットは28ページありますので、ズシリと重みがあります!



これまでオーケストラやビッグバンドの編曲をしたり、トランペット奏者や指揮者として演奏に参加したり、またはブースの中でスコアを見ながら指示を出したり、と色々な形で音楽制作に参加させていただきましたが、それはすべて「他の人の曲」なんですよね。特にオーケストレーションの仕事では、作曲家よりも多くの音符を書くことになりますが、それでも他の人の曲のお手伝いですから、「これが自分の作品だ!」と紹介できるCDを作りたいと数年前から作りたかったのです。

完全に自費制作ですから、ダメ出しをくらうこともなく、それはそれで不安なものだなと痛感しましたが(笑)、端から端まで私の好きな要素がいっぱい詰まったアルバムになりました。ハイレゾ版4種、AAC版、MP3版などの品質チェックのために何度も繰り返し聴きましたが、こんなに好きな音楽は他にないと思えるぐらいこのアルバムを愛しています。

実際にアルバムを作ろうと決めてから、具体的な作曲を始めるまで時間がかかりましたが、常に頭の中にあったのは「子どもが楽しく聴けるインストのアルバムにしたい」という想いです。小学校の高学年でホルストの「惑星」に出会うまではクラシック音楽は退屈だと感じていましたし、中学に入ってトランペットを吹き始めるまでは、ジャズの延々と終わらないアドリブが邪魔で、早くテーマにならないかなと思っていました。かといって、英語の「dumb down」って日本語で何て言えばいいのかな、「所詮、子どもに理解できるのは、この程度ですよ」と複雑さのレベルを下げて単純にした「お子さまランチ」みたいな子ども向けレコードが我が家にもありましたが、好きになれませんでした。

実際、今回のアルバムのために作曲していた時に、子ども向けということで意図的に平易にしよう、単純にしようと考えたことはありませんでした。その代わりに、感情や風景、雰囲気、物語などを前面に出そうと常に考えていました。私にとって、ある音楽が「理解できない」とか「つまらない」と感じるのは、その音楽と感情的なつながりを持てない時だからです。思い返せば、クラシック音楽やジャズの楽しさに目覚め始めたのは、中学に入ってJerry Goldsmithという素晴らしい作曲家を知り、彼の映画音楽にどっぷりはまってからだと思います。音楽言語を平易にするのではなく、良い映画音楽の持つ高いコミュニケーション能力にインスピレーションを得て、聴き手と感情的なつながりを持つことを意識しました。

あと、これまでに書いたどの曲よりも旋律を歌わせることを大切にしました。仕事は編曲がほとんどですから、最も真剣に自分の曲を書いていたのは音大時代です。決して調性禁止、旋律禁止という大学ではありませんでしたが、私自身が自然に流れるようなメロディを書くことに苦手意識があり、こんなにメロディを前面に出したのは初めてでした。

一番悩んだのは楽器編成で、これは何度も何度も変更しました。自費制作で予算が限られているため、ロサンゼルスでフルオーケストラ録音は無理だと分かっていましたが、チェコなどでリモート録音をする選択肢なども捨てきれず、またスタンダードなビッグバンド編成にすることも何度も考えながら、そして生楽器と打ち込みをミックスさせることも検討しつつ、最終的に選んだ17人編成のバンドを今でもとても気に入っています。このバンドがとても良かったので、いつか同じメンバーでもう1枚作ってみたいです。

次回は、レコーディングまでのお話です。
Spitfireはいくつかの音源シリーズを展開していますが、オーケストラ音源の中心はBMLシリーズです。British Modular Libraryと名付けられたシリーズは何年か先でもオーケストラ音源の決定版であり続けられるようにと意図されて開発されています。各楽器がいくつものボリュームに分かれて販売されるモジュール式なので、必要な楽器のみを単体で買えます。

すべてAir Studioにてロンドンの一流奏者を集めて録音されており、収録されているマイクの数が多く、好きなミックスが作れることが特徴です。Air Studioは残響が長めのホールですが、BMLのClose Micは十分Closeに録られているため、ドライな音源と同じように好きな空間の中にも配置できます。そのClose Micもホールの反射音はしっかり捉えていますから、ViennaやSample Modelingのような人工的にドライに録った音源と違い奥域のあるミックスがしやすいです。

自分で複数のマイクの調合をするのが面倒な人のためにステレオミックスも用途に合わせて何種類か用意されており、各楽器がオーケストラの中の本来座る位置で収録されているので、BMLシリーズのみを使ってオーケストラを作るのなら何もしない状態で完璧な空間が出来上がっています。左右の位置はともかく、奥域を作るのは一筋縄ではいきませんからね。またサラウンドにも対応しています。

奏法ごとにノーマライズされていないため、本来小さい音で鳴る奏法は小さく収録されています。ユーザーによっては厄介に感じる部分かもしれませんが、時間をかけることなくより自然なオーケストレーションが可能だと思います。

先日発売されたトランペットでBMLの金管シリーズのVol.1が出揃いました。Vol.1の特徴はa2(2人の奏者によるユニゾン)に力をいれていることです。4つのモジュールで発売されており前述のとおり単体で購入できます。

発売順に紹介します。

Horn Section (Horns a2 & Solo Horn)

Low Brass (Solo Tuba, Solo Contrabass Trombone, Solo Cimbasso, Cimbasso a2)

Bones (Tenor Trombone a2 & Bass Trombone a2)

Trumpet Corps (Trumpet a2 & Solo Trumpet)

ホルンとトランペットはソロと奏者2人のユニゾンの両方が収録されていますが、奏法はa2の方が圧倒的に充実しており、ソロには一部の奏法しか用意されていません。ソロ目当てに購入した場合はがっかりするかもしれません。

私にとってこの金管の一番の魅力は美しい音色です。同じトランペットでも曲によって様々な音色を求められますが、繊細で柔らかいサイドの音源です。豪快で派手な鳴りを期待する人には向かないので、必ず公式サイトのデモで確認してください。

音色に関して特に特徴的なのが強奏の部分です。多くの金管音源がベロシティやCC1などをマックスにした最も強い部分で非常に金属的で攻撃的な音色を収録しており、その直前のダイナミックレイヤーと別の楽器かと思うほど極端に音質が異なるため、レイヤーをまたがないように注意を払う必要がありました。学生にはよく金管音源はベロシティやCC1は100を超えない範囲で使うように指導しているぐらい一番上のレイヤーが金管の最も嫌いな音になっています。Sample Modelingもレイヤーの切り替わりが不自然になることはありませんが、やはり115より上は避けたい音色です。

BMLの金管楽器はどれも美しい音色にとどまれるところまでしか録音していません。私が所有する中で、はじめて127までのフルレンジを安心して使えます。従来の音源に慣れている人にとっては、ダイナミックレンジがpからmfかfまでしかなく、ffやfffがなくて物足りないと感じるかもしれません。限界まで上げてもバリバリ言うような音にはなりません。そして金管の音源でこれほど弱音が美しく表現できる音源は貴重だと思います。そもそも下手な編曲家は、金管楽器はやかましいところ専門という使い方をしがちで、ppやpの弱音の部分を活かしきれてないことが多く残念なのですが、私は演奏者としても作曲家としても金管の弱音に惚れ込んでいるので嬉しいです。

個人的には、生録音するときも金管楽器に関しては欲しい強弱より強弱記号を一段階下げるように心がけており、例えばfが欲しい時はmf、ffが欲しい時はfと書き入れています。トランペット奏者としての経験や実際にオーケストラを指揮した経験から得た、金管楽器から最良のパフォーマンスを引き出すための技の1つです。いわゆるfffを避けていることからもSpitfireの開発チームが作曲家として金管楽器を生で収録する経験が豊富であることが分かる気がします。

CC1などで継続的に強弱を変化させたときのレイヤーの移り変わりは、Sample Modelingのレベルではもちろんありませんが、サンプル音源としては極めて自然で優秀です。もっとも強弱による音色の変化はかなり控えめなので、これも派手な音源に慣れていると物足りなく感じる(または十分に変化していないように感じる)かもしれませんが、金管奏者としては気持ちよく感じました。

レガートもSpitfireらしくトランジションがかなり控えめです。人によっては、レガートのトランジションがないのでは、と感じるかもしれません。他の音源はレガートというより速いポルタメントかと思うぐらい強調しまくっているのもありますが、Spitfireのレガートに不満を感じるのなら、もっと生の演奏に接したほうがいいと思います。これは音源のみで作曲をする弊害だと感じていますが、音源によって作られた特徴を楽器にとって自然なものと思い込んでいることが多々見られます。

CinesamplesとHollywood ScoringがロサンゼルスのセッションプレーヤーにインタビューするビデオシリーズをYouTubeで公開していますが、その中で度々話題になっていたのが過剰なレガートのトランジションを当たり前だと思ってしまっている危険性についてでした。

スタッカートもやはり音色が美しく整っており大変優等生的な演奏です。トレーラー音楽などに必要な破壊力はありませんが、ダブルタンギングやトリプルタンギングなども含めて非常に編集しやすいです。

私自身はあまり金管楽器にユニゾンを書くことがなく、ソロに力を入れて欲しかったなと正直なところ感じています。同時に、これまでのサンプルによる金管音源の中では最も音色が好きで、ダイナミックレイヤーの編集やレガート、スタッカートの音に満足しているものの、だからこそ表現力に関しては今後もサンプル音源がSample Modelingのようなモデリング音源に敵うことはないのではとも実感しました。つまり、この辺りが今のサンプル音源の限界で、近い将来に劇的に進化することはなさそうだと思えるのです。

幸いにもSample Modelingの金管楽器は、上手にEQで音を痩せさせ、適切なリバーブ処理をしてあげるとSpitfireの金管と並べても不自然ではありません。ただSample Modelingの金管は、複数トラックをユニゾンで演奏させると悲惨な結果になりますので、今回のa2のユニゾンに力を入れたBMLシリーズはその弱点の補完に最適なのかなと感じ始めているところです。

特にアクション音楽やファンファーレなどに求められる派手さが必要なとき、Spitfire単独ではかなり物足りない控えめな音ですが、上手に処理したSample ModlingとSpitfireをユニゾンで使うと鳥肌が立つほどエピックな表現になりました。Sample Modelingはスタッカートも弱いと感じているので、そこもBMLが上手に補ってくれそうです。

今後もSpitfireのブラスとSample Modelingのブラスをどう組み合わせていくかを研究していきたいと思っています。特に音色の面でなかなか満足できなかったSample Modelingがようやく理想の音で鳴らせるようになってきたので、もう少し研究してレシピを紹介しようと思っています。

BMLは金管に何を求めるかで評価が分かれてくる音源だと思います。SableやMuralなどと比べた時、表現できるスタイルの幅はやや狭いように感じます。しかし、金管奏者として出来ればこの範囲で書いて欲しいと常々感じている理想的な部分だけを収録している感触で、汚い音が出せないのはよくよく考えれば頼もしい特徴なのではないでしょうか。今後も私のテンプレートの中では活躍すること間違いありません。


精力的に新しいオーケストラ音源を制作しているデベロッパーの中で現在最も信頼しているのがSpitfire Audioです。派手な音作りではなく、各楽器の最も美しい音色を丁寧に録音しています。良いプレーヤーを良いホールで良いエンジニアが録るという基本姿勢がブレない限りこれからも応援していきます。

少し前にSpitfireのウェブサイトがリニューアルされ、サービスの提供の仕方が変わりました。まずPaypalでのお会計が打ち切られました。今後はクレジットカード決算のみになるそうです。

多くのデベロッパーがお会計の手段として採用しているPaypalですが、昔はアカウントを持っていなくてもクレジット決算を選べました。ところがSable1が発売になった頃にアカウントを作らないと一定額以上の買い物ができなくなり、私はその時に初めてPaypalアカウントを作りましたが、本人確認のプロセスが結構面倒で電話で話した後に郵便で認証コードが送られてくるなど時間がかかり過ぎてSableのイントロセールを逃した残念な思い出もあります。

これだけ本人確認のプロセスに力を入れているのにも関わらず、実際には不正利用が絶えないらしく、SpitfireもPaypalによる被害にあってしまったようです。今回のPaypal切りは私のようにPaypalを通してクレジットカードで支払っていたユーザーにとってはPaypalの異様に高い換算レートでなくなるのでプラスですが、銀行引き落としにしていたユーザーにとっては痛い変更点かもしれません。

音源のダウンロードの仕組みも変更になりました。これまで多くのデベロッパーが採用しているConnectを使っていましたが独自開発のSpitfire Audio Library Managerになりました。Connectのダウンロードの不安定さを経験したことのあるユーザーは多いと思います。順調に行くときはそれほどストレスを感じませんが、それほど容量の大きくない音源のダウンロードに3日かかったこともあります。

ただConnectには大変便利なところもあります。ダウンロードするためのコードをきちんと保管しておけば何度でも自由に再ダウンロードできます。手元にディスクが残らないダウンロード販売において、再ダウンロードが容易であることは大きなプラスです。私も以前アップデート時に結合しなければいけないファイルをうっかり上書きしてしまったことがありましたが、Connectから大本のライブラリを再ダウンロードすることで自己解決できました。

Spitfire Audio Library Managerに変更されてからは、再ダウンロードが必要な時はメールで事情を説明してメーカー側でリセットをかけてもらう必要があります。頻繁に必要なことではありませんし、きちんとバックアップを取っておくのは基本ですが、何となく不自由に感じてしまいます。

すでにLibrary Managerをインストールしている場合も、新しい音源をダウンロードする前に必ず最新版をインストールし直してください。何回ダウンロードを実行しても必ず途中で止まってしまう不具合にいきなり遭遇してしまいましたが、1つ古いバージョンだったことが原因でした。導入されたばかりでもうアップデートされていることに気づきませんでした。

ダウンロードを開始する前にライブラリ名の横の矢印をクリックしてダウンロード先を指定してください。そうしないとメインのドライブにダウンロードされます。新規購入の場合は後で移動すれば構いませんが、アップデートの時はすでにインストールされているフォルダに自動的に統合しますので正しい場所が選ばれている必要があります。その時、その音源のフォルダそのものではなく1つ前の階層にあるフォルダ(その音源のフォルダが入っているフォルダです、ややこしいね)を選ぶことに注意してください。

Sableは4つのボリュームに分かれているため、私は使いやすいように勝手にフォルダの中を整理していました。またフォルダの名前も全てが「Spifire BML」から始まっているので、パッと見て中身が判別できるように勝手に変更していました。さらに音源用のPCはネットにつないでいません。そのため今回Sableのアップデートのためにフォルダの中を元通りに整理し直し、名前を元に戻した上で、ネットにつないであるMacに移動する必要がありましたが、アップデート自体は素晴らしくスムーズでアップデートの内容にも満足しています。現時点ではメインマイクのみのアップデートなので、今後AltマイクやStereoミックスのアップデートの度にファイルを移動するのは若干面倒ですが、手動でファイルを統合しなければいけなかった従来のやり方よりも全て自動で行われる新しい仕組みのほうがユーザーフレンドリーであることは言うまでもありません。

Sableの4つのボリュームをまとめた統合パレットは予想以上に使いやすく、理想的なアップデートだと感じています。完全にアップデートが完了した段階でまたレビューしたいと思っています。East Westなどに対する不満の1つが各パッチが分かりにくいことなので、今後すべてのBMLシリーズが統一された「パレット」の仕組みを取ってくれるだけで大幅に作業を効率ができると期待しています。

Spitfireの素晴らしいのは、作曲家ごとにワークフローが異なることを理解し、様々な組み合わせのパレットを用意しているだけでなく、必要な奏法を必要な形で読み込めるようIndividual brushesという各奏法の独立したパッチも用意してあることです。メーカーのキースイッチを押し付けることもせず、自分でカスタマイズすることも、キースイッチを使わない方法も提供していることです。キースイッチを心から嫌う(笑)私にとってこんなにありがたいことはありません。

現役の作曲家が自分たちが使いたい楽器を作るというコンセプトとユーザーからの意見を積極的に取り入れる柔軟さ、何年先までも改良を続けたり追加録音を行ってアップデートを提供してくれる寛大さ、何より録音に関わった音楽家にきちんと印税を支払う数少ないデベロッパーであることが、元スタジオミュージシャンである私がSpitfireを信頼している理由です。
音楽制作でも音楽鑑賞でも95%スピーカーでしか聴いてこなかったので、これまでヘッドホンはスタジオで指揮や演奏をするときや確認用を除いたら、基本的に電車の中など屋外で音楽を聴くとき専用でした。特に私は左耳の聴力が右と比べて大幅に弱いため、なるべくヘッドホンで作業しないように意識していました。

ところが打ち込みで素晴らしいオーケストラのモックアップをしている人に話を訊いたり海外の作曲家のフォーラムでの書き込みを読むと、打ち込みからミックスまで全てヘッドホンでやる人が予想以上に多く、少しずつ考え方を改めるようになりました。「この人の音好きだな」と思ったミックスエンジニアにもヘッドホン中心で確認用にスピーカーで鳴らすという人が結構いました。

「最近は出来上がった音楽を聴いてくれる人の9割以上がヘッドホンやイヤホンで聴くのだから、その環境で作業すべきだ」

こういう意見を多く目にするようになりました。

スピーカーで音楽を聴くとき、左右のチャンネルは完全に分離しているわけではありません。左耳で右のスピーカーの音も聴くし右耳で左のスピーカーの音も聴きます。でもヘッドホンでは完全に分離しています。きっとどちらを中心に作業したかで音は大分変わってくるのではないでしょうか。

音楽制作には極力味付けされていないフラットな音のモニター用ヘッドホンを使うのが一般的です。リスニング用のヘッドホンはかなり個性が強いものが多く、正確な判断がしづらいからです。

とは言うものの、モニター用として売られているモデルも聴き比べると音の印象はそれぞれかなり異なります。ですので、自分がよく知ったCDなどを普段からそのヘッドホンで聴き、その同じヘッドホンで自分の制作中の音も聴くことで、そのヘッドホンの特徴にアジャストしていく必要があります。

よって楽しく鑑賞することを第一の目的に作っていないモニター用でも、自分の好きなジャンルやアーチストの音楽を楽しく聴けることがリファレンスヘッドホンを選ぶ大事なポイントだと思います。

恐らく日本で最も多く使われている定番のリファレンスヘッドホンはSONY MDR-CD900STです。どこのスタジオに行っても大体置いてあります。うちの事務所にもいくつかあります。この音がひとつの基準になりますので、試聴してみて合うのでしたら最有力候補でしょう。

でも残念ながら私には合いませんでした。何度聴いても、自分が好きで好きで仕方ないアーチストの音楽がちっとも楽しく聴こえないのです。音楽を聴くというより音を聴いているという印象で、音楽に没頭できず、また軽いのに長時間つけるのがつらいです。作業用ですから、長時間つけても負担に感じないことも選ぶ上で大切です。

日本ではCD900STが定番ですが、アメリカのスタジオで一番よく見るのはAKG K240 Studioです。私もはじめてスタジオで仕事をした時に目にしたモデルですし、憧れのゴールドスミスが指揮している写真でも頭にK240 Studioが乗っていたので同じものを買い求め、後にK701も買い足してリファレンス用に長い間使ってきました。

長く使っていても疲れないのと好きな音楽を楽しく鳴らしてくれたので私には合っていたのでしょう。ただ他と比べると低音が弱く、粗がやや見えにくいため、全てのジャンルのミックスには適さないように感じています。

ハリウッドで特に打ち込みでオーケストラ音楽を作っている作曲家の間で今よく使われているのはBeyerdynamicsのDT880proとaudio-technicaのATH M-50で、共にミックスまでほぼヘッドホンで制作する人がよく名前を挙げています。

私はaudio-technicaは持っていませんが、ベイヤーは熱狂的に好きで3兄弟を所有し特に観賞用にDT990を愛用してきました。AKGが低音弱めなのに対して、DT990は低音がしっかり自己主張するので、うまく補完しあっているようにも感じています。

とは言え前述のとおり最近まで仕事でも趣味でもあまりヘッドホンを使っいなかったわけですが、信頼している何人かに続けて「ヘッドホンのみで制作しているよ」と告げられ、ヘッドホン熱が出てきました。専門店でかなり時間をかけて評判の良いモデルを聴き比べた結果、最も好みに合ったのがベイヤーのT1でした。結局T1と電車の中用にDT1350を一緒に買ってしまいました。心から好きな音に出会った結果、少しずつヘッドホンで音楽を聴く時間が増えてきています。

そこまでヘッドホンに詳しくないのにブログに書いた理由は、今日出会ったYAMAHA HPH-MT220が大変気に入ったからです。これまで学生にもよく「ヘッドホンのオススメは?」と訊かれてジャンル的に合いそうな人にはAKG K240を勧め、それ以外ではMDR-CD900STが一応定番だからと名前を挙げていました。

MT220は細部までよく確認でき、低音もきれいに出ていて、全体に元気で迫力のある音が鳴っています。モニター用として忠実な音を鳴らしてくれるだけでなく、ちゃんと音楽を楽しめるサウンドで、聴き始めた瞬間からしっくりきました。やや重たいのですが、メガネのままでも違和感はなく、疲れにくそうな作りなのも嬉しいです。

これまでスピーカーではなくヘッドホンでミックスするというのがイメージできなかったのですが、MT220でならミックスしてみたいなと思いました。今後、制作用のヘッドホンでオススメを訊かれた時に、自信を持ってMT220を勧められるんじゃないかなと感じています。

追記: オーディオテクニカのATH-W5000が良いというコメントをいただきました!「基本性能がとても高く、鳴りのバランスもフラットでどんなに小さく細かい音でも拾ってくれます。装着感も良好で眼鏡をかけながら作業していても疲れません。音数の多いモックアップのバランスを確認するといった用途には最適のヘッドフォン」と聞き、これは早く試聴してみたくて仕方ありません。オーテクのフラグシップにふさわしい高級感のある木が素敵ですよね。その分いい値段ですがぜひ試してみたいです。

ヘッドホンはあまり使ってこなかったので、オススメがあればぜひ教えて下さいね。
NAMM ShowにてSibelius 7.5が発表されました。これまで2年周期でメジャーアップデートしてきたSibeliusですがSibelius 7が出てから2年半以上経った今、7.5という中途半端なアップデートの登場です。

2012年の夏にイギリスのSibelius開発チームがAvidにリストラされたというニュースを見た時の衝撃は今でも忘れません。元々のオーナーがAvidから買い戻そうと相当頑張ったようですがAvidはオファーは断りました。Facebookからスタートした「Sibeliusを存続させて欲しい」という署名には私も参加しましたが、Avidからは正式な回答はなく、リストラされるまで元々の開発チームが用意してきた次のアップデートが最終版になるという噂は今でもいろいろなところで耳にします。

NAMM Showでの発表を受けて、これだけ長く待たせた後で「バージョン8」と呼べるアップデートが用意できなかったのがSibeliusの開発がほぼ止まっている証拠だと圧倒的にネガティブな意見が多く見られます。今回追加された新機能の中に、リストラされる前に用意されていたものがどれだけ含まれているのかは分かりませんが、今回のアップデートの内容は失望としか言い表せません。

もちろん2月発売予定なので現時点ではまだ触ることはできませんから、公式発表とsibeliusblog.comの情報を元にした感想です。

まず楽譜作成に関する大きな改善点はゼロです。バージョン7までで随分進化してきたのは事実ですが、パート譜の書き出しも含めて改善できる部分は多くあります。私も改善リクエストを何度か送ってきましたが、今回の7.5は楽譜を作る上では7と何も変わりません。楽譜作成ソフトの有料アップデートがこれで良いのでしょうか?

今回のアップデートは主にナビゲーションとプレイバックに関する進化です。

ナビゲーションではTImelineという新しいウインドウが追加され、リハーサルマークやテンポ、拍子、調号や楽器の活動の全体像をこれまでより容易に見渡せるようになりました。ただし、このTimeline上でリハーサルマークを追加したり、あるパートから別のパートや別の小節にアイデアをコピーしたりといった編集は一切できず、DAWを使い慣れたユーザーにとっては中途半端に感じられると思います。また再生中に再生ヘッドすら表示されないようですから、ナビゲーションツールとしても中途半端です。

Notionが登場してから、SibeliusもFinaleもプレイバック機能を充実させようと躍起になっているようですが、本当にニーズがあるのでしょうか? 私は楽譜ソフトにおいては音符の入力間違いがないか確認できるだけで良いと思っているので「表情豊かな再生」なんかよりも、NotePerformerのように弦楽器のハーモニックスが自動的に正しいピッチで再生される方が意味のある進化だと感じています。他にもアコーディオンや打楽器の記号を正しく読み取るようになるのなら、再生機能の充実は歓迎します。

しかし、打ち込みで仕上げる仕事では、どれだけ再生機能の表現力が向上しても、LogicやCubaseなどDAWには敵いませんし、第一ミックスやマスタリングは結局DAWを使わないといけませんから、どのみちSibeliusだけでは完結できません。特にキースイッチやプログラムチェンジ、CCなどを多用する最近のオーケストラ音源にSibeliusは全く対応できない以上、意味のない再生機能に力を注ぐのは方向性を間違えているようにしか思えません。

繰り返しになりますが、楽譜ソフトの再生機能に求めるのは「楽譜通りの音が出ること」であって、「人間らしく表現をつけて演奏すること」ではありません。そして前者も後者もNotePerformerで満足しています。

敢えて新再生機能で面白いと思ったのは、楽器ごとにグルーブの解釈を変えられるようになったことでしょうか。例えばドラムだけ前のめりに演奏して欲しい時に指示として「Ahead of the Beat」と楽譜のドラムの上に書き込むと、そのように演奏してくれるようです。ただし、スイングの曲でAhead...を書き入れると、そのパートだけストレートで演奏されるなど、笑える(イライラさせられる)部分も多々あるようです。

楽譜解釈の向上という点では、スラッシュ付きの装飾音符(acciaccaturas)とスラッシュのない装飾音符(appoggiaturas)を正しく区別したり、バロック音楽などで特に使われるターンやトリルの記号を正しく解釈したりと評価できる部分もあります。これまで「a tempo」とか「tempo primo」とテンポの指示を書いても無視されていたのでメトロノーム記号を書き入れた後に印刷されないように隠す必要がありました。これも正しく解釈されるようになっているようです。

あとはブラジルとロシア向けのローカライゼーションとYouTube、Facebook、SoundCloudへの共有機能、Scorchアプリとの統合と、どれも私には全く必要のない機能です。

腹立たしく感じているのは、楽譜作成に関して何も改善していないのにも関わらず、7.5で作成したファイルはそれ以前のSibelius 7で開けない仕様にしたことです。互換性を持たせることは簡単に出来たはずなのに、敢えてしなかったところにアップデートしないと不便に感じるようにしてやろうという悪意を感じます。

もちろん、旧Sibelius 7の形式で書きだすオプションは用意されています。でも、仕事で頻繁にSibeliusファイルのやり取りをする私にとっては、いちいち「旧Sibelius 7の形式でもう一度送り直していただけますか?」というやり取りをしないといけないのは大きなマイナスです。それが面倒だからという理由で必要としないアップデートを購入することになりそうで残念です。またこちらから送る場合も、念のため7のファイルで送るなど気を使わないといけないのもつまらないなぁ。

Sibelius 7.5は2月販売予定で、7から7.5へのアップデートは4,900円です。はっきり言ってぼったくりです。わざわざ上げる価値のないアップデートだと思います。

ちなみに2012年夏にAvidを解雇されたオリジナルのSIbelius開発チームは、その年の11月にSteinbergに雇われ、現在新しい楽譜作成ソフトを開発中です。今回のアップデートを見る限り、Sibeliusの今後のアップデートにはあまり期待できなさそうですので、Steinbergの新しいソフトに救世主になってもらいたいものです。教育関係にも強いYamahaですから、Avidみたいに簡単に潰してしまうこともないと信じて待ちたいと思います。Steinbergは新しい楽譜ソフトへの要望も積極的にきいてくれますので、私もすでにたくさん送っています。
Sample ModelingのThe Trombone V3アップデートが昨日リリースされました。前のバージョンを所有している人は30ユーロで購入できます。(2013年6月30日以降に購入した人は20ユーロで購入できます。)

The TrumpetとThe Tromboneの大幅なアップデートの話が出てから2年以上経ってのリリースですが、それに見合う進化だと思います。

まずこれまでのテナートロンボーン2人から3人に増えたことでバストロンボーンと組み合わせることで4人のトロンボーンセクションが組めるようになりました。伝統的なビッグバンドやハリウッドの映画音楽では4人編成が基本型なので、大変ありがたく思います。

またユニゾンで演奏する時用のマルチが追加されました。これまで複数のソロを重ねてユニゾンで演奏した時には位相の問題が起こり不愉快な音になることが多くありました。仕方なくユニゾンを演奏させる時はCineBrassなどのユニゾンを使っていたので、全てをSample Modelingに出来るのは大きなプラスです。早速試してみましたが、全く不自然さを感じません。

旧バージョンと新バージョンで演奏を比べたところ、新バージョンの方が強弱に対する反応が向上しています。特にブレスコントロールでスタッカートを演奏した時のアタック感や強弱の変化が抜群に良くなっています。Sample Modelingの金管の1番の弱点は短い音のアタックだと感じていたので、ここが改善されたのおかげでパーフェクトに近づきました。また今回追加された弱く演奏した時の息が多く入った音(Breathy Attacksと呼んでいます)によって表現の幅も拡大しました。

Sample Modelingの楽器は、完全にドライな空間で録音されているため、数ある音源の中でも空間の中で自然に配置するのが難しいです。今回のアップデートの目玉の1つがVirtual Soundstageという奥域感を作り出すアルゴリズムで、特にオーケストラなど金管楽器を奥の方に配置したいときに従来よりもかなり簡単になると思います。

正直なところ、このVirtual Soundstageの機能を最も必要としているのはThe Trumpetの方で、トランペットより先にトロンボーンのアップデートがリリースされたことは少し残念に思っています。というのは、トランペット以外の全楽器には以前よりEarly Reflectionsというパラメータがあり、良いリバーブプラグインと適切な設定がなされていれば、空間に自然に配置することは可能でした。

しかしトランペットだけはEarly Reflectionsのパラメータが存在しておらず、他の楽器と同じリバーブ処理をしただけでは、トランペットだけ浮いてしまい、さらに別のリバーブを使いERを作らなければ不自然に聞こえます。Sample Modelingの楽器は他のメーカーの楽器と混ぜにくいという印象は、この扱いにくいトランペットによるもので、他の楽器はそれほど厄介ではありません。

今回のトロンボーンのERも新旧聴き比べたところ、アルゴリズム自体が大幅に進化していることが分かります。リリースのペースが非常に遅いメーカーですが、それほど待たされることなくTrumpet V3が発売されることを願っています。(ホルンとチューバのアップデートも最終的には望ましいですが、トランペットほど必要だとは感じていません。)

さらに音色にこだわりたい人のためにTimbral Shapingという新機能もあります。楽器の音色を自在にデザインできるところはモデル楽器ならではの長所です。特定の周波数帯を調整するEQではなく、各倍音の量を調整できるので、全音域にまたがって同じ特徴を与えられます。研究していけば、よりオケと馴染みやすい音に調整できそうですし、リアルタイムで変化させられるので、バッキングの時とソロの時の印象を変えるなど音楽的にも使えそうです。

なお現時点でKontakt 4では問題ありませんが、Kontakt 5ではLibrariesのタブには正しく表示されません。Filesタブから直接読み込むことは可能です。Sample Modelingのフォーラムを見たら、同じ症状の人が他にも何人かいたので、私の環境だけの問題ではなさそうです。普通にブラウザから読みこめばいいので、重大なバグではありませんけど。

現時点で最も表現力のあるブラス音源がさらに進化しました。「音源」ではなく「楽器」と呼びたいレベルです。金管音源はサンプル音源にまだトータルでお勧めできるものがないので、今後もしばらくはSample Modelingをメインで使っていくつもりです。従来のバージョンを所有している人も、30ユーロでアップデートする価値は十分にあると思います。