記事更新、ご無沙汰しました。
最近、記事の依頼や小論文等の添削仕事で忙しかったので、ご容赦。

さて、その添削仕事で思ったこと…というか、
少し怒りに近い気持ちで憂えております。

「添削」というのは、自分の書いた文章を見てもらい、足りないところを補ったり、いらないところを削ったり、場合によっては、間違っているところを直したり…それが添削ですね。

意味、わかりますよね?
自分で書いた文章があっての、添削。

それを、何か勘違いしている人がいて、
小論文や志望動機の文章を書いてもらえると!?

たぶん、小学生の作文や宿題を代行する仕事があったりするから、
そのノリなのかもしれませんが、人にやってもらうなんて、意味ないでしょ!

文章が下手も何でも、
自分で考えて、努力することに意味があるのではないですか?

まあ、一流の学校や企業の面接官なら、
面接した時点で、その根性を見抜きますから、
絶対に、合格、採用にはなりませんけとね。

人に書いてもらった文章で、
仮に入学、就職てきたとしても、
その先、ずっと人に頼って生きていくのですか?

自分の人生は、自分でしか責任が取れないんですよ。
人に書いてもらって、不合格になったら書いてくれた人を恨むの?

誰かが何とかしてくれるという考え方、やめましょうよ。
自分でがんばって、がんばって、
それでもだめなら、また、がんばって…
人生って、そうやって向上していくものではありませんか?

がんばっている人には、助けてくれる人はいるでしょう。手伝ってもくれます。
でも、何も努力しない人には、何もしませんよ。

これから、進学や就職を控えている方は、
そのあたりをしっかり考えた上で、
自分の人生に責任を持って、人生設計を考えていきましょう。




AD
少し前に、「保育園落ちた…」で騒ぎになりましたが、
今の世の中、保育園に預けて働かなければならない事情はよくわかります。
私自身も、そういう経験をしました。

でも、受け入れてもらえないならしょうがないじゃないですか!?

もともと、我が子は自分で育てることが基本ですから。
子どもは、なにものにも代え難い、宝物です。
本当は、保育園に預けて働かなくてもいい状況がベストなんです。
女性も男性同様に、世の中に出て働くのが当たり前と思っていませんか?

私は、男性の育児休暇にも疑問を感じていますが、
それは、また、別の機会に書こうと思います。

ただ、言えるのは、
子どもは、幼いうち母性を求めるということ。
たぶん、父より母の愛情を求める比率が大きいのです。
だから、幼いうちはできるだけ可能な限り、母親と過ごす時間をもってあげることが大切なんです。

母親との時間をたくさん過ごした子どもは、精神状態も安定しているので人間性のバランスがとれているのです。

保育園に入れるということは、悪いことではありません。
ただ、入れざるを得ないという気持ちでいてほしいです。

今の企業は、働く女性のために保育施設を作るなど、優遇してくれるところもあるわけです。
大切な我が子を預けてまで働かなければならない、それは、大人の事情でしかありませんから。
親がどうすればいいか考えればいいだけで、行政のせいでも誰のせいでもありません。

我が子を生んだ、親自身の責任です。
AD
インターネットの発達によって、欲しいものがあればすぐにでも手入る、連絡したい人にはすぐ連絡できる…便利な時代になりました。
でも、心が満たされないと感じる人が多いのはなぜでしょうか?
実際、ストレスを感じたり心に余裕がなくなって鬱病などで苦しんでいる人も増加しているといいます。それは、本当の豊かさ、幸せとは地位や名誉や物質的な豊かさだけではないということを、誰もが心のどこかでうすうす感じ始めているからではなかと私は思います。

本当の幸せとは何なのか? 人間として生きる意味とは何なのか?
それがわからなくて、自分の現状をもてあましているから心が病んでいくのだと思います。
そんな方にぜひ読んで欲しいのが、

相川圭子さんの著書『ヒマラヤ聖者の太陽になる言葉』 http://go.science.ne.jp/kawade_mb
です。

相川さんはヒマラヤで修行を積んだヒマラヤ聖者のマスターです。
修行などと言うと宗教を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、これは決して宗教本ではありません。
人間は自然、宇宙の一部であるという考えの元で、その自然や宇宙の法則に従ってどう生きればいいのかということを考えさせてくれます。
心身ともに健康であるということが真の幸せであり、その中で自分はどんな役割を持って生きていけばいいのか、自分自身と向き合うためのヒントがたくさん書かれています。

この書籍と出会ったことで、私は「幸せ」とはいったいどういうことなのかを、深く考えさせられました。
AD