「朝日の大罪」 | やっくんの事件簿ブログ

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  遂に朝日新聞社が白旗を挙げた。

去る8月5日、朝日新聞の朝刊で、「従軍慰安婦」の問題について取り上げた記事の中で、”韓国の慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏の証言を取り上げた過去の記事を「虚偽と判断した」”として取り消した。

このことへの非難の声が各方面から上がっている。

橋下大阪府知事「証言が根拠となり、強制連行があったと国際社会から不当に非難を受けた、この記事でどれだけ日韓関係がこじれたか、しっかり議論していくべきだ」

石破幹事長「書いたものとしての、責任を果たせ」朝日新聞社関係者の国会招致に言及。

彼らがなぜ、怒るのか、怒らなければいけない事なのか、「よくわからない?」といった声が多い中、永きに渡り論争の的になっている「従軍慰安婦の問題」について、ことのなりゆきを追ってみたいと思います。


従軍慰安婦の始まりは1983年の吉田清治著の「私の戦争犯罪--朝鮮人強制連行」において、「済州島で慰安婦狩りを行った」と告白したのが発端だった。

(※83年以前には、従軍慰安婦という問題は勿論、言葉も出てきたことはありません)



吉田証言  ※吉田清治氏に関する報道



その後、朝日新聞がこの記事を大々的に取り上げること16回に及ぶ(韓国のスポークスマン? )。

ターニングポイントになったのは、1992年、当時の総理大臣宮沢喜一氏が韓国へ訪問する5日前、狙ったかのようなタイミングで朝日新聞が従軍慰安婦に”軍の関与”があったと報じたことです。

これにより、宮沢喜一氏は素通りすることが出来ず、大した確認もせずに、韓国の国会等、行く先々で謝罪しまくった。そして、日本に帰ると当時の官房長官であった河野洋平氏に統括的かつ、韓国での反省をかたちにするため、調査を元に談話を作成(発表)させた。


これが、いわゆる「河野談話」(93年)です。

この談話の中で重要なのは、「旧日本軍の強制連行があった」と軍の関与を認めた事です。

この「河野談話」と前出の「吉田証言」が「従軍慰安婦の日本軍の強制連行」について日本が、公式に認めたとして、現在に至るまで韓国側の賠償や謝罪要求の大元(元凶)になっている。


河野洋平  ※河野洋平氏の記者会見画像「河野談話」話し中



その後(93年以降)、韓国内では、慰安婦なる女性が「親に40ウォンでキーセン(売春宿)に売られた」等の発言をする後付け被害者が出て来た(彼女らの証言は「河野談話」の際の証言と同じくデタラメか、時代背景や場所等、証言の度に変わっている事で信ぴょう性ゼロ?)。

そして、この「河野談話」を韓国が政治に利用し、海外(特にアメリカ)や国連において、国を挙げて強力喧伝(ロビー活動)しました(日弁連もロビーに参加)。

その結果、2006年、国連にて ※「クマラスワミ報告」が発表され「旧日本軍が慰安婦を強制連行した」として「SEX SLAVE」(セックス・スレイブ・・性的奴隷)という、大変不名誉な冠が日本に付けられたむかっ

※クマラスワミ報告・・・吉田証言を基にした慰安婦の調査の報告書―この中で、日本政府の賠償責任に言及。・・・ロビー活動の集大成か

テレビ等でよく見かける”従軍慰安婦像”が(09年から)今では全米で6体も設置されている。

しかも、その慰安婦像の脇には、しっかりと「日本軍により、20万人の少女が強制連行された」と書かれている(吉田清治の「私の戦争犯罪」の中でも”200人の強制連行があった”と書かれているが、20万とは、話しが1000倍に膨れ上がっている叫び)。

この事により、一番被害を受けているのが在米邦人であり、その尊厳が著しく損なわれています(実際、日本人の子供たちが犯罪者の子としていじめられている)


この「河野談話」については、産経新聞が、その作成過程において、検証を続けてきた有識者チームの報告が13年末に公表された(暴露)。

その結果、以上のことを結論付けた。

①日韓両政府が事前に何度も文言を調整した結果、日本側に相当な譲歩があり、出来る限り「強制性」をにじませた。

②日韓の擦り合わせを「マスコミに一切出さない」という隠蔽があったこと。

③元慰安婦十六人の聞き取り調査前に既に原案があった。

以上のように、調査は日本の誠意を示す儀式に過ぎず、河野談話が政治的妥協の産物であることを暴露しました。

長年に渡り、日本政府が認めてきた河野談話が”こんなもの”とは.....

また、従軍慰安婦問題の発端になっている、この吉田清治著書の「私の戦争犯罪」の正誤をめぐっては、幾度も現地調査が行われたが、結局、何も裏付ける証言や証拠が出てこず、また、吉田清治自身も虚偽と認めている。

この「吉田証言」の虚偽に関しては明々白々であったが、朝日新聞は頑なに32年もの間、誤りを認めなかった。

しかし、今にいたり、この産経の暴露が呼び水ともなり、”もう、国民を誤魔化し続けることは出来ない”と思ったんでしょう。

14年8月5日に、冒頭の様に、遂に過ちを認めた。

(しかも、下の方の小さな欄で... 情けない... 女々し過ぎる...)


以上が、簡単ではありますが「従軍慰安婦問題」の顛末の経緯です。


元々、「吉田証言」に端を発した「従軍慰安婦問題」がどれだけ、日本の国益を損ねて来た事か。

直接の賠償では無いが、お金で言えば、韓国側への提供は、ビックリするほどその件数と金額に仰天します(ネット等で、調べることが出来るし、また、それをまとめられている記事などもあります)。

日本のこの賠償まがいのサポートが無ければ、韓国の財政自体が成り立たないだろうと思わざるを得ないぐらいです。

また、それ以上に悲しいのが、全世界に「セックス・スレイブ」という、代名詞が付いてしまっている事です。

アメリカ人が日本人を見たら、”強姦民族”と心の中では思っているかもしれない。

橋下大阪市長も以前の発言が問題になっていましたが、「戦時には何処の国にも、慰安場はあった。日本だけが言われる筋合いは無い」

もっともです。

むしろ、当時の慰安婦は大金を稼ぎ優雅な暮らしをしていた。

「単なる娼婦と業者の商行為に過ぎない」と今年1月に亡くなられた小野田寛郎氏(74年にフィリピンのルバング島にて復員)も語っている。

ちゃんとした慰安場があったから、一般の強姦事件などが無かった(少なかった)とも言えます。

また、当時の日本軍の名誉のために言いますと。

日本は軍規が厳しいこともありますが、誇り高い天皇の子というプライドが一兵卒まで浸透しているので、強姦まがいな事件は皆無に近かった。

しかし、外国では、戦勝軍の士気やモチベーションアップの為に、民間人への強姦や泥棒などの行為はある意味、容認されていた(終戦時のロシアの満州での日本人への蛮行、ベトナム戦争時の韓国軍の蛮行など例を挙げれば切りが無い)。

また、実は「軍の関与」という面では、もちろん、強制連行などは無かったのですが、日本軍は性病の蔓延防止の為の娼婦の検査や、輸送や安全確保、また、民間業者の女性の誘拐などを取り締まっている。

例えば、業者が慰安婦を強制連行することを禁止する通達文書などを出している。



慰安婦禁止状  ※1938年日本軍が業者に向けた強制連行を禁止じる通達文書



それらの意味において、「軍の関与があった」とは、まだわかるが、それを逆手に取って、強制連行とは如何に(`Δ´)


このように、朝日新聞社の記事が巻き起こした「従軍慰安婦問題」は世界に広がり、著しく日本の名誉を傷付けて来ました。

橋下大阪市長や石破幹事長の厳しい言動も当然なのです。


また、同時に考えなければならない事は、これで日本、並びに日本軍が全て正しいということではもちろんありません。

戦時に慰安婦の方が存在した事は確かですし、個人的な強制(強要)もあったでしょう、悪事を働く軍人も中にはいたでしょう。

心を痛めた慰安婦もいたでしょう。

戦争には悲劇的な事件は付き物です。軍人が生命を賭けている生死の狭間で理性を保つことは難しい事でしょう。

そんな人間の尊厳を侵す”戦争”というものは、どう考えようが”悪”に違いありません。

その”悪”である”戦争”を我々は極力遠ざける努力を怠ってはいけないと思います。

その為には、敗戦と多大な犠牲を経験した国として、出来る限りの”正確な情報”から、反省するところは真摯にうけとめ、日本を取り巻く環境から先人はどう考え、行動したかを検証し、未来の智慧としていかなければなりません。

その根本にあたる情報が間違っていたら、判断も間違います。

だがしかし、朝日は一向に謝罪をしようとしない。

それどころか、開き直り、「他のメディアの記事にもあった」だの「言われの無い批判を受けている」だの全く反省の色が無い。

そのことからも、今回の朝日新聞社の32年間に及ぶ、確信犯的な”過ち”は、日本の最高部数を誇る報道機関紙として責任感がまるで無い(`ε´)

「万死に値する」としか言い様が無い。

”一事が万事”である。

朝日が本当に反省するのであれば、この虚偽を口語訳し全世界へ配信しなければなりません。

そして、名誉回復への努力を惜しんではなりません。

それを我々国民が厳しく見て行く必要があります。

今や”落日新聞”となりつつある朝日新聞に、本当の”朝日”が昇るのはその後でしょう。

朝日新聞社の社旗には旭日旗が、はためいている。当時の帝国海軍の軍艦には旭日旗の掲揚が義務付けられていた。

果たして、朝日新聞社に日本を背負い”戦う姿勢”があるのか?


それら検証をすることも我々は決して忘れてはいけません。