遠い夢を見たんだ。

まだ、妹が六歳の頃、両親が外出中にいなくってしまった時のこと。

俺はあの時、確かに妹が家にいたことをよく覚えている。

外へ出て行ったりなど、していなかったはずなのに…。

一瞬のうちに、消えてしまったんだ。

まるで、神隠しにでもあったかのように。


幼い俺の話になど、大人たちは、耳を貸すこともなかった。


そして、懸命の捜査も意味をなさず、この日を境に、妹を見たものは一人もいない。


視界がぼやけて、場面が切り替わった。

交通事故で身内をすべてなくしたあの日。

俺は、風邪をこじらせて、自宅で待機していた。

不幸なのか、幸いなのか   

俺だけがこの世界に残ってしまった。

人によっては、幸せと呼ぶ者もいる。

だが、この苦しみを味わうのであれば

あの時、無理して家族についていけば良かった。


そう思えてしまう。

――生きているからこそ、意味がある。


それは、悲しみと苦しみを味わったことのない者の飾りにしか見えないのだ。


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意識が少しずつはっきりしてくると、静かに目を開いた。

見慣れない天井が見える、辺りには嗅いだことのあるような和風の匂い。

ゆっくりと起き上がって周囲を見渡すとやはり、見慣れない、和室。

「……俺、どうしたんだっけ」

思い出せると言えば、学校に遅くまで居残りしていた帰り道。

何か、巨大なものが手の平にのぼってくる気がした。

それからは、記憶に穴が開いてしまったかのように思い出せない…。

「懐かしい匂いがしますね!」

「そうだねぇ。すごく、懐かしい」

奥から、聞き覚えの無い二人の会話が聞こえてきてすぐ、障子が開いた。

「あ、起きてたんだね」


俺を一目見て、声を発した人物は黄色髪と、不思議な服装。その人の袖を掴みながら、たたずんでいる
大きなくりくりの瞳を俺に向けている人物は
黒い髪に、緑色の…帽子だろうか?


そして 狐の尻尾。

猫耳、猫の尻尾

さて、狐の尻尾は見えるのだが、狐の耳のような形をした帽子
…狐耳が隠れていたりしないよな?


「…珍しいコスプレ会場だな」

そう自分に言い聞かせて納得させる。

猫耳をした少女の耳がピコピコ動いているのは見なかったことにした。

「コスプレ?はは、そう思われても仕方ないかな」

両手に持っていた湯飲みと急須を卓袱台に置いて、一人は向かい側に座った。

黒い髪の子は、俺の周りをくんくんと嗅ぎ始めた。

猫耳ついているから、猫のマネでもしているのだろうか?

「さてと、何から話せばいいかな?長くなっちゃうけど、我慢してね」

「…」

黒い髪の子は、恐る恐る近寄って。

控えめに俺の足に座り、何もしてこないことを確認できると俺の胸に体重を掛けてきた。

「話したいことがありすぎて、何から話していいかわからないなぁ」

そんな黒髪の子のかわいらしい仕草に癒されていると、反対側の狐耳の女性はうーんと悩んでいた。

「藍様、この人、すごく優しい匂いがします」

猫耳と鼻をピコピコさせて、黒い髪の子が言った。

「白鳥家だからね、私達とすごく縁があるんだよ」

白鳥家…?俺の家族のことか…?

「…さっきから、懐かしいとか言っているけど…来たことあったか…?」

黒い髪の子が「藍様」と言っていたのだから、多分「らん」っていう名前なんだろうな。

その藍へ俺は質問をしてみる。

「いいや、君はないよ。でも、君の先祖はここに来た事があるよ」

「先祖…。なんで、俺の先祖を…てゆうか、君達、何歳なんだ…?」

俺の先祖を知っているってことは、100歳も余裕で越えているってことだぞ。

聞きたいことが山ほどある反面、関わってしまっていいのか迷う面も登場してきた。

いきなり変な家へ連れてこられて、コスプレしている二人に出会えば不審に思うのも当然だ。


「私達は妖怪なんだよ、だから、長生きできるの」

「妖怪?………頭の処理が追いつかないな」

先ほどから何とか見ないふりをしてきたけど、俺もいい加減限界であった。

「仕方ないけど、これは本当の話だよ?そこにいる、橙って言う名前の子の耳もきちんと生えている」

この子は「ちぇん」というのか。

それにしても「らん」に「ちぇん」とは、まるで異国の名前だ。

そんなことより、耳が生えている点が疑問となって前へ出てきた。

「やっぱりそうなのか…」

ピコピコ動いていたしな…。 

尻尾は相変わらず揺れている。

「うんっ」

揺れているそれを撫で回したくなる衝動をなんとか抑えて、俺は藍の方を向いた。

「そして、私のもね」

耳の形をした帽子をとると、狐の尻尾に続き、狐の耳が現れた。

これはこれで予想通りというか、ただ狐の耳を見つめることしかできなかった。

「あ、忘れてたけど、私の名前は八雲藍っていうから、これからよろしくね」

「あぁ…。よろ、しく?」

これからよろしく?

これから君達と一体何をよろしくしろというのだろうか。

もしかして、このままこの家に拉致られてしまうとかそういうことだろうか?



まぁいいか…。


よくはないけど。


「…君達が妖怪だってことはなんとなくわかった」

妖怪だってことを認めている自分が奇妙だが、認めざるおえない。

目の前でぴくぴくと動いている耳と尻尾があればなおさら。

「妖怪…妖怪…」

目を細めてみるもやはり耳と尻尾は消えない。


「まずはこの世界についてだね。ここは、神無(かんな)が存在していた世界とはかけ離れている世界なの」

…俺の名前を知っている…。

そんなことよりも遥かに驚く出来事が目の前で起きているためか、そんなものは些細に思えた。

「ここは幻想郷って世界。人間や妖怪や妖精その他色々、神無が見た事のない生物も、共存しているの」

「…そう、ゲームの世界みたいだな」

そして、藍と言う妖怪は、意外な一言を口にした。

「あなたの先祖は昔、この幻想郷に住んでたんだよ?」

「えっ、俺の先祖が…?」

奇妙なことに、眉を潜めてしまった。

「うん、白鳥家っていう有名な妖怪退治人だったんだけどね」

俺の先祖が、妖怪退治人だったなんて、そんな話、初めて聞いた。


「妖怪退治人が、君達とつるんでいていいのか?」

「白鳥家は、妖怪と共存を望んでいた一族だったから、妖怪達とはすごく仲が良かったんだよ?」

妖怪達とは?

「その言い草から、人間からは良く思われてなかったっぽいな」

「お察しの通り、人間から追放されてしまったんだよ」

俺の先祖が、人間から追放…。

人間という種族から  拒絶されて 独りになってしまう。

理由が違うけど、俺と同じ…なのか。

「幻想郷には、人間の里っていう、人間が固まっている里があるんだけど、そこから追放されてしまうと、妖怪の餌食になってしまう場合が多いの」

「妖怪と共存を望んでいたのに?」

「確かに、白鳥家と良く思う妖怪もいたけど、やっぱりその反面っていうものがいるんだよ」

「そうだね…」

「私の主人、紫様は白鳥家を良く思っている位置にいたから、現実の世界へと白鳥家を逃がしたのよ」

「その紫っていう人は、現実の世界と幻想郷を行き来できるんだな」

「うん、そういう能力を持っているからね」

なるほど。

「…その紫って人が、俺をここに連れてきたってことか」

ここまでの至りがぼんやりと図になってきた。

しかしまだ、俺をこの世界へ引きずり込む理由がわからなかった。


「あなたには白鳥家の力が宿ってるから、監視を続けてきて良かった」

「白鳥家の力とかなんかが原因なのか…?」

「うん、あなたは身内を失った孤独の苦しみから、白鳥家の力を引き出してしまうところだったの」

つい、自分の手の平を見つめてしまう。


「……。」


あの時、手の平に感じた強い衝動が 白鳥家の力だったのかもしれない。

例えば、あの時紫という人物が俺をこの世界へ落としてくれなかったら、どうなっていただろうか。


「現実のバランスを保つために、やむおえず、あなたをこの地へ連れて来たの」

思考を見透かされたように、俺の疑問に答えた藍。

「そう…か、ぼんやりと、把握した…」

「でも、やむおえずとは言わないかも」

藍は笑った。

「…ん?」



なぜだろう、ここには温かいものを感じる。

まだ初めて会ったばかりなのに。

古い知り合いだとしても、俺の先祖だぞ…?

それなのに

とても、心地よいもの…。


「あ、お茶どうぞ」



「あ、ありがと」

静かにお茶をすする。

「不思議な気分だな、こんな現実離れしたことが目の前で起きていても、もうそれが自然に思えてしまう」

そして、不思議なことに初対面相手におしゃべりになってしまっていた。

こんなに言葉を交わしたのはいつぶりだろうか。

橙は俺の胸に体重をのせて、居心地よさそうにして鼻歌を歌っている。

「先祖の記憶が残ってたりしてるかもね」

微笑んで、藍は言った。

続く
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ついに始まりました、新書き下ろし版 幻想入りした現実の人間の物語。

色々な種族が複雑に絡み合いできたこの幻想郷で
彼が見るものとは一体…?

続きもご期待ください。