先週放送された、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」にハイパーレスキューの隊長さんが出演していました。


彼は、地震や火事などの災害現場でたくさんの人の命を救っています。

その救助率は東京消防庁でも群を抜いているとか。


そんな彼の言葉で印象に残っているのが、

「今までに何人か救えなかった命がある。

自分は、その人たちの名前をずっと覚えているんだ」、というものでした。


その言葉を聞いて、私にも忘れられない名前がいくつかあることを思い出しました。



受験したのに、どこにも合格できなかった教え子たちの名前です。


今は少子化がかなり進んでいるので、かつてのような高い倍率の学校というのは少なくなりました。

ちゃんと勉強していればよほどのことがない限り、どこかの私立中学に入ることは可能です。


私が塾で教えていた5年間に、授業を担当した生徒はざっと1000人ぐらいいます。

その中で最後まで面倒を見たのに、どこにも合格できなかった生徒は数えるほどしかいません。


合格できなかった子は、受験期間にひどく体調を崩してしまったとか、もともと本人が勉強をサボっていた、というのがほとんどです。


40人のクラスのうち、一人か二人ぐらい、言っても言っても宿題をやらなかったり、上手にごまかして受験を迎える子がいます。


そんな子でも受験2週間前になると、さすがに焦りはじめます。

朝から晩までハチマキ巻いて勉強するようになります。

しかし残念ながら受験はそんなに甘くない。

全部落ちてしまいます。



受験が終わってしまうと、生徒と先生は顔をあわせる機会がほとんどありません。

卒業しても会いに来てくれる生徒もいますが、それは「どこかに決まった」生徒です。

合格できなかった生徒は、塾に来ません。


正直に言うと、「生徒の自業自得だ」と思う自分もどこかにいます。


でも、彼らは貴重な数年間を受験のために費やしたことは事実です。

友達と遊びたかった時間も、家族とテレビを見ながらゲラゲラ笑いたかった時間も犠牲にして塾に来ていた。気付くのが他の子より遅かっただけなのかもしれません。


そんな生徒でもやっぱり合格通知が来なかったときは悔しかったと思うし、

地元の中学に通うことになって、塾のクラスメイトに会ってしまったときは複雑な気分になるかもしれない。

実際にそんな気持ちになったかどうかすら、本人達に確かめることもできないわけです。


もう受験から数年経って、小学生だった彼らも当時の面影はまったく残っていないはずですが、

私には小学生のままの姿で残っています。


もう一生、彼らに会うことはないかもしれません。

けれど、もし会うことがあれば、「あのときはつらい思いをしたね。ごめんね」と声をかけたい。

ひょっとしたら、来るかもしれないその日のために彼らの名前を覚えているのかなと思います。



私のために、あなたを覚えてる。


彼らよ、「美人で優しい社会の先生だった」という記憶は忘れないでね♪