式は覚えてないけど
自宅から小学校まで、約1km 母に手を引かれて歩き
道端に小さな花を見つけたこと 覚えてます。
紫色の、小さな花。

↑ こんな感じの。
思えば、お母さんの手の温もりを感じたのは
あの時が最後だった気がする。
写真を見ると想像がつくと思いますが
(2歳の頃の写真はこちら)
私を産んだ時、母は40歳
授業参観は、決まってイジられました。
「おまえんち、ばあちゃんだろ?」って。
私は、一番小さくて
並ばされるといつも、一番前。
2年生の時、体重22kgで足のサイズも22cmだった
(誕生日22日だから、ゾロ目続きで覚えてた)
「足が大きいから背が伸びるよ」と言われても、さっぱり伸びなかったな。
見上げるほど大きな子たちと、同じ給食と、同じ体育の時間
食べきれなくて、残すのも許されなくて
お昼休みはなしで
みんなと同じに出来なくて、何度もやらされて
恥ずかしくて。
苦痛だった。
かけっこ、跳び箱、逆上がり、水泳
全部できなかったなぁ。
ボールは、手で受けられず顔で受けてたし。笑
(・・・今なら、ただのネタなんだけどね。)
一年生の時は、明らかに
ランドセルより、背中が小さかったもの(笑)
そして、帰り道は決まって、同じ子にいじめられてました
クラス全員から無視されるとか
そういういじめじゃなかった分
いまどきよりも のんびりしたものだったかもしれないけど
当の本人はキツいよね
毎日だし。
そして家に帰れば
今度は父と母がやり合う姿と言葉と声を 見て聞いてるという。
自分の話を聞いて欲しくて話しかけても、二人はスルー
・・・なんだか、結構平和だった世界から
どこ行っても、何かが「合わない」実感だけを持つ
そんな世界に入っちゃってたね。
大きすぎるランドセルと一緒でね。(つづく)▷▷できない私はダメなヤツ▷