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2018-04-22

故南原宏冶氏の慟哭

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「なにゆえ、日本の神々は沈黙を守っておられるのか。先の大戦の事について語って下さらないのか・・・」

 

 

 1980年代後半の故南原宏冶氏の慟哭である。

 

 

 還暦からの出発をなされ殺人的スケジュールを血尿を垂れながら(本人の言葉では『血のしょん〇んを垂れながら』)まさしく、南原さん流に表現すれば、酷暑南瞑・北辺極寒を青年たちのために奔走された氏の慟哭である。

 

 私には、西荻窪で銭湯跡の道場で聞いた氏の慟哭の「音圧」がまだ耳に残っている。

 

 時は過ぎ、南原氏帰天より10年が過ぎようとする時分2009年頃から特に戦後70年の2015年あたりをピークに、突如として、怒涛の如く日本の神々の霊言が天下った。神々と共に、東条英機等、いわゆる「A級戦犯」の生々しい声も語り下されたのである。


 そしてついに、昭和天皇、明治天皇の霊言も天下ったのである。

 

 もちろん、大川隆法総裁を通して。

 

 あれほど、神々の声を、英霊の声を待ち望んだ南原氏のような戦争経験者が地上にあって聴くことができず、聴くことができたのは、我々「戦争を知らない子供たち」だったのだ。

 

 「霊言」に際しては、いつも南原氏の慟哭を想起し、有り得べからざる事が起っているのだ、南原さん流にいえば、天地開闢以来の奇跡が起っていると肝に銘じ、臨みたいと思っている。

 

 忙しさにかまけて、その心構えを忘れがちである。

 

 しかし、稀代の名優として鍛えられた南原氏の言霊の「音圧」は、魂にまで沁み込んでいるゆえ、容易に心の「ふんどし」を締めなおすことができるのである。

 

 今にして思えば、南原さんの役者さんとして時に過剰とも思える修辞(レトリック)が、過剰であればあるほど、現代日本に与えらえている本来の奇跡を、時代精神を正確に表現されていた事に気付く。

 

 過剰とも思える修辞を、役者として鍛えぬいた「声」で語る人が南原さん以来、残念ながら出ていない気がする。

 

 ぜひとも、ニュースタープロダクション、アリプロダクションの役者さんたちに期待したい。

 

 さて、南原氏の慟哭を想起し、明日、「司馬遼太郎の新霊言」を恭しく拝聴することとしよう。

 

 写真は、ご子息の健朗さんに許可を頂き、美丈夫な若き日の故南原氏、先般お亡くなりになった奥様、そして私のお気に入りの嘉月絵理さん(娘さん)のワンショット。

 

 

若き日の美丈夫 南原宏冶氏

 

 

先般お亡くなりになられた宝塚雪組時代の上月左知子さん

 

 

 

宝塚月組時代の嘉月絵理さん

 

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2018-04-21

大内兵衛の誤謬を喝破した母の知恵

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 「父の哲学」について書いたところ、お読みになられた三重県のHさんから、「母親についてかかれた本は多いですが、この本は父のあり方についてかかれた名著ですよね。」とメッセを頂戴した。

 

 確かにそうですよね。

 

 そこで、渡部昇一氏が書かれた母親論の代表作はこれかな?


 いま、ネットの古本市場では、この本は5,000円以上、中には10000円を超える値がついている。
 なるほど、風雪を耐える名著は、ちゃんと正当な評価を受けるものだなあと思う次第である。

 

 ふむふむ、私の蔵書にこの本があるではないか。10000円か・・・誘惑。

 

 もう13年も前になるが、アマゾンに投稿したレビューがございました。ご参考まで。

 

・・・・・・・・・・・・

 

「当代随一の知力・洞察力の根源」

 

 

本書は一冊で2冊分の読み方が出来る。

 

まさしく「母なるもの・母の知恵」をキーワードとして、家庭を再生する十の知恵が十の章立てで説かれている。どれも抽象的でなく、実際的でやる気があれば、ただ今から実践できる徳目ばかりである。また、家庭の普遍的意義について歴史的な経緯を踏まえ、深く理解することができる。

 

 もうひとつの視点は、著者の炯眼、当代随一の洞察力のいかにして育ったのか、得られたものであるのかその根源となるエピソードが開陳されている。つまり、著者の洞察力の根源には、実母の知恵(インリジェンスでなくインテレクト)が深く影響しているのである。

 母の知恵とは、物事の本質をたちどころに捉えてしまう知である。

 

そこに学問的装飾は何もない。

 

しかし、いかなる高名な学者より物事の本質を捉えたのである。

 

 例えば、ソ連の本質などである。これなど戦後のスター学者の大内兵衛などよりも結果的には著者の実母のほうがその本質をするどく捉えていた。

 

「戦争が終わっても捕虜を帰さない国など信用できるもんか、、」ソ連を理想郷として崇めていた学者には、この根本的洞察が出来なかった。

 どちらが正しい認識だったかは明らかだろう。

 

 読書中、幾度も目が潤んだ。著者の母への思い、愛が行間に滲み出ていた。よくよく読み込めば、今、日本が崩壊の危機に直面していることが分かる。

 

 その再生のキーワードは、母なるものの復活である。

 

無数の母の無償の愛の力により、日本人は歴史の試練を生き抜きりっぱな日本を造ってきたのである。著者の警告に耳を傾けるべきだ。

 

 人類の友といわれたベンジャミン・フランクリンの有名な13徳の教えに匹敵するであろう国家の要・家庭を治める10の知恵である。

 

 

 

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2018-04-20

タガが外れ漂流する日本 

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  渡部昇一著「父の哲学」の前書きは、折に触れ、私の裡で(何度も何度も)反芻するものだ。このブログでも何回も引用している。


~真実「弱者」であったとしても、この「やせ我慢」に徹することによって、卑屈にならず精神の「強者」になることが出来る。

目先の利益は何も生まない世の信義・道義を煩わしく思い、そうしたものをないがしろにして富や地位を得るのは、むしろ容易な道である。

 そうした容易な報酬の誘惑に、日夜さらされながらも、やはり人間として、男として、父親として恥ずべき容易なこと、卑劣なこと、筋の通らないことは、断じてやらないという壮大なる「やせ我慢」こそが、今の父親に求められている。~

 

 

 今の父親に求められている・・・という行は、文春砲、新潮砲の標的となっている高級官僚、政治家諸氏と読みかえてもいいだろう。いや、広く男たちとするべきなのかもしれない。

 

 文春砲、新潮砲の標的になった高級官僚、国会議員、首長諸氏は、目先の利益は何も生まない世の信義・道義を煩わしく思い、そうしたものをないがしろにしたのだ。それはまた容易な道なのだということだ。

 

 誘惑に、日夜さらされながらも・・・・断じてやらないという壮大なる「やせ我慢」・・・そう、やせ我慢なのだ。

 

 例え、地位と名誉を備えた御仁の前に、豊満な美女が誘惑しようと、「やせ我慢」するのである。

 

 ましてや、女性記者相手に「おっぱい云々」を軽率に飄々と言っていた財務省事務次官とおぼしき御仁は、言語道断である。(笑)

 

 完全にタガが外れている。

 

 今こそ 「幸福実現党の目指すもの」の精神がこのタガが外れた日本に必要である。

 

この国の政治に一本、精神的主柱を立てたい。

これが私のかねてからの願いである。

精神的主柱がなければ、国家は漂流し、
無告の民は、不幸のどん底へと突き落とされる。

・・・・・・・・・

 

 タガが外れた国家は、漂流するしかないのだ。

 

 私は聖人ではない。

 

だから、やせ我慢するのだ。

 

 

 

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2018-04-19

『文春政局』は続くよ、どこまでも・・・

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喝采や北酒場などで著名な作曲家中村泰士氏は、1991.7.15東京ドームで開催された大川隆法総裁大講演会に参加され、講演後のマスコミのインタビューにこのように答えておられたと記憶している。(記憶による意訳)
 
「私は声の専門家でもあるが、大川さんの『声』は、嘘を語る者の声ではなかった。真実を語る者の『声』であった・・・」

 

 当時いろんな方のコメントが報道されたが、中村氏のものは強く印象に残った。

 

 私のような声の素人でも、このコメントの意味を深く深く了解した。

 

 今は、絶版となっている「悪霊撃退法」という著作の文字起こし前の生音源を聴いた事がございます。

 

 特に坂本龍馬の章などは、芸人の声帯模写と思われるような土佐弁で絞り出すようにゆっくりと訥々と語られる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 さて、昨年秋時点のわが国の政局を、読売新聞橋本五郎特別編集委員は「文春政局」と表現した。

 

 あれから半年、「文春政局」は収束するどころか、益々拡大発展?の一途を辿っている。

 

昨年秋にも紹介したが、坂本龍馬の霊言が、私の裡で鳴り響いて止まないのであります。

 

~日本の政治家と国民もいいかげんにせい~

 「わしゃあ、日本の政治には関心を持って、今も見ちょるが、まあわしゃあ、あんまり好かんな。好かんなというのは、政治家もまあ、いまひとつ好かんが、わしゃあ国民も好かん。
 こんな国民、好かん。

わしゃあ好かん。大嫌いじゃ。何ちゅうか、全員が女々しゅうなっとって、人のふところを探るような人間ばっかりになちょる。

 人のふところ具合だとか、まあ財布具合というのか、財布の重さを確かめてみたり、人の下半身の具合を確かめてみたり、また、まあそれだけならまだわしはいいと思うんじゃが、それだけをほんとうに正義のつもりでやるならいいが、それをやっとって金を儲けているじゃろう。

 それを、金を儲けて、ワーワー言うとる。わしゃあ、嫌いじゃなあー。」(悪霊撃退法:大川隆法著1989刊、絶版)

 

 ※ちなみにこの本の初版は、中古本市場で20000円の値がついている。それ以外も4000円~10000円と高値がついている。

 

 

 

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2018-04-18

吉田毒とれん (吉田ドクトリンの呪縛)

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渡部昇一氏が帰天されてちょうど一年が過ぎた。(平成29年4月17日逝去)

 

日本の言論人のほとんど全てが、本人たちの思惑とは別に、間違った言論を張っていた時、たった数人の言論人のみが正しかったというような時に、その数人の内の一人が必ず渡部昇一氏であった・・・というような評価を与えられたのが、氏であった。

 

 つまり、氏の言論は、歴史の批判に耐えうる稀有なものといえよう。

 

簡単に言えば、氏の著作は、その内容が全然古くならないともいえよう。

 

例えば、渡部昇一著「腐敗の時代」


 これは、抜群に面白い。そして前置き通り全然古くならない。 

特に、第一章「腐敗の効用」(1975.2『諸君』発出)これは 当時、大変な評判となり日本エッセイストクラブ賞を受賞した。 

 これは、今、もう一度読むべき内容だと思う。特にマスコミ人は。 

 現在、安倍昭恵夫人、財務省事務次官、新潟県知事等の個人の「腐敗」問題でもちきりだ。 


個人の腐敗と、組織の腐敗についてちょっとおもしろい観点が 書いてある。 

 こんなことが、書いてある。 

~もっぱら、マスコミは個人の腐敗を声高に糾弾する。 しかし、個人の腐敗などたかが知れているという。 

 最も警戒すべきは、組織の腐敗であるという。 

 イギリス、ウォルポール内閣の時代は、 ウォルポール個人の金権体質はあったにせよ、 非常に平和な幸福な時代であったという。しかし、あろうことか ウォルポールを腐敗しているといって倒したのは、 平和に飽きて戦争をしたくなった連中だったのである。 

 組織的腐敗は人の嫉妬心を刺激しないという不思議な 性質を持っている。 


 しかし、個人的腐敗は甚だしく嫉妬を起こさせやすいものらしい。 

 個人的腐敗よりも、組織的腐敗の方が格段に恐ろしいものであることを指摘しているのはパーキンソンくらいのものである。 ~(引用おわり)
 

 
 私たちは、嫉妬心を刺激する個人の腐敗に目を奪われている間に、壮大な組織的腐敗が進行していくのを見逃してはならない。



誰それがおなごを買ったといって国民的規模で嫉妬心を燃やしている間に、中共の極左の国家的工作には嫉妬心が燃えないゆえ、見過ごしてしまう。


 

 『嫉妬心を刺激する』とは、これこそ週刊誌の商売のエンジンである。利益を生む源泉である。

 

だから、週刊誌は、格段に恐ろしい組織的腐敗には、嫉妬心を刺激しないので、つまり商売に利あらずで興味がないのかもしれない。利を生むは個人攻撃なのである。

 

この文脈からいえば、現在の政局の混迷は、フジテレビ解説委員の平井文夫氏が指摘している通り、国民の壮大な憂さ晴らしともいえるのかもしれない。

 

 国会前でデモをしている御仁は、平井流にいえば、人間の劣情をエンジンとした壮大な憂さ晴らしなのである。

 

 

私からすれば、組織的腐敗の極みは、憲法9条を改正せず、軍隊も持たない日本、これである。


  安倍昭恵夫人等、個人の腐敗を声高に騒いでいるうちに 最も恐るべき組織の腐敗(憲法9条下の国体:戦後レジーム)が温存され、隠蔽されつつあるとしたら、その現状維持を喜ぶのは中国と北朝鮮であろう。

 

この流れで安倍政権が倒れるとしたら、安倍政権は、戦後レジームの脱却どころか、戦後レジームをさらに確固たる盤石なものとした政権ということになろう。まさに「吉田毒とれん」である。(吉田ドクトリンの温存)
 
 組織の腐敗こそ、おそるべき悪なのである。 

 
 最後に、本書から、昭和の戦争前夜の青年将校に関する記述を引用する。 

~しかしどう考えても、あの当時の青年将校に正義感が欠けてさえいてくれたら、政党も財閥も大いに腐敗し続けたろうが、日本は敗戦を知らず、一般の人々も快適に腐敗の 生活をおくれることが出来、ビルマやフォリピンの ジャングルの中で、文字通り腐敗してウジ虫に喰われて しまうとこもなかったであろう~ (引用終了)
 

転じて、以下のような事が将来言われないように祈る。

 

 ~しかしどう考えても、あの当時の左翼マスコミの「憲法9条教」という信仰心が欠けてさえいてくれたら、安倍政権は続いたであろうが、日本は、第二の敗戦を知らず、中共の植民地になることもなく、一般の人々も快適に(原子力発電を主電源とした)腐敗の生活をおくることが出来、強制収容所の中で、文字通り腐敗してウジ虫に喰われてしまうこともなかったであろう~

 


将来、こんな狂歌が歌われないことを祈ります。

野田聖の辻清の清きに魚も棲みかねて  元の濁りの安倍恋しき

 

 

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