↓ 産経ニュース（2016.7.17） より
雨が上がり、森はひんやりとした霧に包まれた。鬱蒼（うっそう）と生い
茂るオシダの中に踏み入れると、目の前に神秘的な杉が現れた。
ロウソクを何本もつけたキャンドルスタンドのように幹が途中から分か
れ、乳房のような“こぶ”もつけている。
↓ 雨が上がり、霧に包まれる「岩倉の乳房杉」。
杉とは思えないような異様な姿です
松江市から北へ約70キロ、隠岐諸島最大の島「島後（どうご）」（島根県
隠岐の島町）。
標高500メートル級の山が連なる森にあるこの杉は、「岩倉の乳房杉
（ちちすぎ）」と呼ばれ、県の天然記念物に指定されている。
樹齢約800年、樹高約30メートル。
島の最高峰・大満寺山（だいまんじさん）の裾野にひっそりと
たたずむ。
幹回り約11メートル、地上約4メートルのところで15本に分岐し、その
部分から大小24個の「下垂根（かすいこん）」と呼ばれる乳房状の根が
垂れ下がっている。
杉の周辺は、溶岩が崩れて堆積した岩場で、土は薄く保水力が
乏しい。
このため、独特の形をした根で必要な水分を空気中から取り込んで
いるという。
名前の由来は、下垂根の形状が乳房に見えること、また「お嫁さんの
乳の出が悪い時、ここを訪れ、乳の出が良くなるようにお参りした」と
いう言い伝えからだといわれている。
隠岐ジオパークツアーデスクでガイドを務める斎藤正幸さん（36）は
「多くの人が『こんな杉見たことがない。（鹿児島県屋久島の）屋久杉
よりもすごい』と言いますよ」と話す。
この杉は「母乳の神」などとも呼ばれ、女性観光客も多い。
地球に氷河期が訪れていた約2万年前の地層から杉の花粉が見つ
かったのは、日本では隠岐、屋久島、伊豆（静岡県）の3カ所だけだ。
隠岐の山中に、太古から続く「女の幸福の神」が宿っていた。
（写真報道局 川口良介）
イチョウの木でも、気根（きこん）または乳垂（ちだれ）と呼ばれる
乳房状の根が多く出来た古木は「乳銀杏」として、安産・子育て、
乳が出るように願を掛けるなど信仰の対象となっており、こうした
植物は全国で まま見られます。
これらの底流に類感呪術（模倣呪術）が有るのは想像に難くない
ですが、ここには（特に母乳に頼るしかなかった時代には）母親として
の切実さや悲哀が感じられます。
また、乳を出す木で想起されるのは、三遊亭圓朝の怪談噺 『怪談
乳房榎（ちぶさえのき）』 です。
江戸の絵師・菱川重信は、妻・おきせと赤ん坊の真与太郎（まよ
たろう）の3人暮らし。
重信の弟子となった元浪人・磯貝浪江（いそがい なみえ）はおきせ
に横恋慕。
重信が留守の間、浪江は「息子を殺す」と脅し、おきせと枕を交わ
す。おきせも最初は拒んだものの、やがて情が移り、おきせの方
から誘うように。
いよいよ重信が邪魔になった浪江は、爺やの正介（しょうすけ）を
抱え込み、落合の蛍見物に誘い出した重信を二人がかりで手に
かける。
重信の死に悲嘆に暮れるもおきせは浪江と再婚、浪江の子を
身籠る。
浪江は正介に真与太郎を殺すように命じ、正介はやむなく大滝の
滝壺に投げ入れる。すると、滝壺から真与太郎を抱いた重信の
幽霊が現れ、正介を諭し改心させる。
正介は故郷の赤塚村に有る寺・松月院の門番となり、真与太郎
を育てる。
松月院の境内には、乳房の形をしたコブから甘い雫を出す榎が
有り、乳房の病気を治し、乳が出ない女性も出るようになった。
真与太郎は、この雫を乳代わりに育てられた。
おきせは、乳が出ず浪江の子を死なせてしまい、乳房に腫れ物
が出来、苦しんだ末に狂い死にする。
やがて、5歳となった真与太郎と正介は、重信の幽霊に助けられ
浪江を討ち、無念を晴らした。
ざっと書き出してもこれだけ長い噺なので、何回かに分けて演じられ
ました。
↓ 八月歌舞伎のポスター
↓ 伊藤晴雨（1882～1961年）・画 『怪談乳房榎図』
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