香港。

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こんにちは。

ぱんださん@香港です。


中国国内ではアクセスできないため

ひさびさにアメブロ新党ぱんだを開きました。


何もしないのもさびしいので

さしあたりアップしてみました。



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ぱんだ代理人より

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ぱんださんより伝言です。
またしてもこちらの新党ぱんだが中国からアクセスできなくなったそうです。
こちらのアドレスまでよろしくお願いしますとのことです。
http://41777576.at.webry.info/

(仮)ぱんだ ●兄●

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ちびまる子ちゃん

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と念願かないまして、今回20先生とともに曽木温泉にむかいました。


20先生とふたりっきりというあぶないシチュエーションではなく、

(日曜日の曽木温泉は人がいっぱいですのでそんな雰囲気にはなりすらしませんが)

在校生のF岡くん、N嶋くん、と4年前の卒業生でらっしゃるY原さん、

女性陣は中国旅行一緒でしたS原さんと、去年の卒業生のTさんとわいわいと。


F岡くんが「のっぴきならない事情」で

タオルを「2枚」

リクエストしたことはぱんだ的にはだいぶつぼでしたが(笑)


Y原さんとあれこれと駄知近辺の陶芸事情やら温泉に入りながら。

ぱんだもひさびさに陶芸のことを思いっきりあれこれと話をできてうれしい限りでした。


と20先生の背中のひとつでもながそうと思っていたのですが、話に夢中でタイミング逃し失礼いたしました。


しかし20先生がつかってらっしゃったタオルが

「ちびまる子ちゃん」

のものだったのがちょっと笑いました。


その後太一選手宅にお邪魔したときにも同じタオルがありましたので、

中日新聞の景品らしいことは理解したのですが。


「たまちゃん」

「丸尾くん」

「ちびまる子ちゃん」


ですからね。

狙って持ってきたとしか思えません(笑)


ゆっくりいいお湯でしたありがとうございます。

徐々に日本ねたアップしていきます。


http://blog.with2.net/link.php?325336

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下の住人修了生堀○さん仕事場覗きに。
「こんなおおきな物挽いてるんだ!」と。

45センチはある壷に鉛筆で等分割して釘・弓のこぎりの刃で線彫り・マガリで面取りと。

ほお!そんなにでかいものをつくってらっしゃる!
見させていただくのを楽しみにしております。
20先生は「面取り」の技法をものすごく大切に使ってらっしゃいますわね。
はたでしか見ておりませんが、そういつも感じます。


話の途中で「風化長石」について。
小生が藤岡町で取ってくるものを少しあげました。
平津長石の良い物に混ぜます。
小生の車を駐車している場所に行って説明。
ご当地は元々原料が豊富に自然に取れるところの説明。

あー原料のご指導いいですなぁ、うらやましい。
ぱんだも教えていただきたいところですが、変に教えていただくと、山の奥へ奥へと進んでいきそうで中国へ帰ることができなくなりそうで怖いのであります(笑)


山の斜面に露出している花崗岩、それがボソボソになって千倉という長石を掘○さんが手に取る。
それが単味で「志野」だよと。


ちなみに長石は中国語では「チャンシー、チャンスー」シーとスーの中間発音 です。
色々と志野のことを上司のIさんにも教えをいただき

今の志野といえばカリ長石が基本やけれども、実は昔の志野はソーダ長石で耐火度も今の志野とは違っていたはずやわ

とご指導いただいているのですが、なかなか使いこなせないぱんだで失礼しております。


そして、その側面が少し赤い箇所があります。
「そぼ・そぶ」とい言う土中の鉄分が噴出している。
是が固まると「鬼板」となります。
精製するにはマグネットで鉄分を採って使用します。
志野の鉄絵は是で描かれたはず。


ちなみに鉄は中国語では「テー」です
ぱんだが掘っていた粘土のところも
20先生がおっしゃっている「そぼ・そぶ」がどのようなものか分かりませんが「そぼ・そぶ」らしきものの層が横にずらりと。
ぱんだの場合は固まりきっていないところを粘土に入れて
還元焼成してみたりしておりました。


このように美濃の地は自然環境の中に陶芸材料が多く存在します。
黄瀬戸といえば美濃では「原清さん」以前お話していて、粘土は大きな木の潅木で無い所を見つけて掘って来るとか。
土が粘土質であると木は生長できないので。と。

なるほど。
水はけが悪いと木の生長を妨げるわけですな。
中国の「原清さん」を目指してあれこれとぱんだも堀りたいものであります。
がいまのところこれ以上粘土の種類を増やすつもりはないのですが。

使いこなせてこそだとやっとこさ気がつきつつあるぱんだですが。


灰は周辺の雑木の焼成した土灰。
風化長石と混ぜれば釉薬はOKです。
千倉90%と土灰10で志野。千倉100%で志野。
千倉と鉄分ふくんでだ土灰で黄瀬戸。
千倉と土灰と酸化銅で織部釉。
このように桃山時代は極めて単純な構成であったはずです。
現代の釉薬はいじりすぎて、原料の単味を厳選しない傾向にあります。

上司のIさんも
「昔の陶芸は、この釉薬にそのへんの土をひとつかみいれますだとか単純である意味で大雑把だったはず」

だと。
「むずかしく考えすぎているところが陶芸をか弱くしている原因でもあるのじゃないか」
とのこと。

とはいえよい原料というのが枯渇していることは確かなことで、
だからこそ悪い原料でなんとかよいものを作ってくれと
Iさんやらぱんだのような研究する仕事があるわけでもあるのですが。


示性式・モル計算式は大切ですが、陶芸家は学者ではありません。
単純な釉薬構成を考えて、形を創る事が大切と思います。

時間や経済が無限でありませんので。


とぱんだも20先生に言われてその言葉の重みひしひしと感じております。
つい時間が無限だと思い込んでしまうところがあるのがいけないのかしら?
あれこれと帰国したときにたくさんの人からヒントなり答えを得たいと思っております。

あらら17位まで落ちてしまいました!

じわじわといきますぞ。

http://blog.with2.net/link.php?325336


ブログ投稿は全力で入れてきました。
小生の動向で多忙や気持ちの問題で目途が立ちましたら終わりとしましょう。
そして、又、落ち着いてたら入れることとしましょう。


ぱんだも全力で受け取ることに終始してきましたが、
20先生そして読んでくださっているみなさんに対して果たしてどこまで20先生の話を受け取りきり、みなさんのご期待にこたえることが出来たのかは疑問なところです。


日によってはあれこれとの用事が重なったりどうのこうので時間的にクオリティーを煮詰めることが出来ずに投稿してしまうものも正直ありましたが、
「135回を超えることが出来たことの意味合い」
これは現時点でも一つ財産だなと。

何の実績もなく、なんの結果も出していない「いち卒業生」にすぎない人間に対して
陶芸歴45年のお方がここまで言葉を投げかけてくださったことのまずもってその不思議さ(笑)

ぱんだ受け取ることに必死でおそらくまだまだ気がつききれていない部分もあるのでしょうが、将来じわじわとこの交換日記の意味合いがさらに大きくなりそうな気がいたします。

いやいやまだ終わったわけじゃないですから。

毎日がこれで終わりであっても悔いがないほどのクオリティーでありたいものです。


さて、陶芸の発表活動について
折角、創っても人が使ってくれたり、評価されないと次に繋がりません。
人によっては自分で満足の人もいるでしょうか。
小生などこの味合いが欲しくて、この味合いの過程で人との交流が多くあり、生きる実感を獲得してきました。


ただのサラリーマンで終わりたくなく。
ただのサラリーマンであればもう人生は一応終了して老後としての生活設計に入るはずですが。


結局ぱんだもスーツを着て、営業周りなどと普通のサラリーマンにはなれない人生を歩くこととなりそうです。


父であるようちゃんもスーツなど年に1度着るかどうか、常に作業着を着て働いていたために、以前はスーツ着て働いているひとを見ると「あーすごいなぁと」なんとなく思ってしまうところがありましたが、ぱんださん騙されていましたよ。


形が見えるものを創って、人に使ってもらえる喜びを味わうことが出来る仕事というのは幸せなことです。

自分が営業したものがこの社会で結局どう使われていくのか見えない世の中。

だからこそ陶芸という自分の腕一本で作り上げることが出来る分野に毎年これだけの人が少なからずのリスクを背負ってでも他県から仕事を辞めてまで訓練校に来るわけです。


この発表活動は努力と継続の結果が為せる事です。
誰も命令でこうしろなんていってくれません。
少し、助言やアドバイスすると逆に誤解される始末。
厄介なことです。自分に興味を持ってもらえることなんて幸福な事は無いのに人は我がままで手に負えません。


人に何かを言ってもらえるうちが花というのは本当ですわね。
ぱんだ何をいってもへこたれないように思われているようですが、
面とむかってがっつり言われるとさすがにへこみますので何かありましたが、そっとメールなどでおしえてください(笑)

その僕のことをよく知る人に言わせると「ものすごく打たれ強い」わけじゃなくて「打たれて倒れても異常に立ち上がるのが早い」人なのだそうです。


自分は自分ひとりで生きているわけで無いのですが。また、自分だけでは成長できません。


創って人の評価は辛い時もありますが、是非君のものをと言って買いに来る人などいますと嗚呼!陶芸続けていてよかったなあと。


昨日20先生に現在取り組んでいる釉薬やらのテストの画像をメールにて質問させていただきました。本当にありがたいアドバイスいただきました。


簡単にまとめますと

貴君は多くの作品化する作業にまい進しなくてはいけません
と。

そうかと。ぱんだあまりにも釉薬やら、原料やらに突っ込みすぎていたのだと。
それは学者さんの領域に踏み込みつつあったのではないかと。

ぱんだは何か?
創る人でしょうと。

え?そうなの?と疑問に思われる人もいるかと思うのですが。

やはり作業服が永遠に似合う人でいたいぞと。

ぱんだ商社で働いておりますので、モノを右から左へと黙ってみているだけでお金が入ってくるという生活に染まりすぎるととても危険です。


創り手の意欲がそがれていく感覚がなきにしもあらず。
創るということを根本から考え直さなくてはならないようです、
とこれはいつまでたっても一生突き詰めないといけない問題のようなのですが。


個展は一応に目途にと思っていると出来ません。
それは、技術・芸術は日々向上したり後退したりと変化しますので。


あーなるほど。
常に向上するものというのは理想の話なのですね。

現実をみなくては。


発表は日にちを無理でも決めてかからないと創れませんし。他者に振り回された事実で合っても創る動機は出来ます。

創れば見てもらい、反応を認識できない場合も多々有りますが。
とにかく発表の為であっても創る機会は多い程好いわけです。
良い反応を期待していても裏切られますが、人間は自分の価値が正しいと思う傾向が強いものです。
しかし、時間が決めてくれます。
創る評価と人間関係は共通性があります。

創り・発表・評価、これが如何に多いか。
誤解・正解の住む世界から逃げないよう頑張って発表しましょう。


イチローのようにヒットを量産する選手でなくとも、野球選手であれば一本一本のヒットこだわることは大切なことであっても、後々に残っていくものは「数字」なわけで。


例えば今日は4打席ノーヒットであっても、次の日までそれを引きずることはないわけで。
引きずって考えすぎてしまえば逆効果でまた打てないこともあるわけで。


一回個展を開いて酷評されたとしても、次ですばらしいと絶賛されればそれでいいのだと。

こけることを恐れてしまってはいけないなと。


100%ヒットを打てたのだとしても10試合しか年間出られないバッターよりも

35%だとしても135試合試合に出られる選手ならば首位打者も、ゆくゆくは名球会も狙えるわけです。


偉大なる継続と時間の力。


12位とありがとうございます。

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陶芸教室について
専門校の修了生で全国に自宅や経営している陶芸教室で働いている人が多く居ます。
まず、自分で主宰している場合、建物の経費が無いし言う条件で無いとなかなか難しい。
賃貸料を支払ってまでとなると。


ある程度の大きさの場所を借りなくてはならないですしね。
「20さんは大学生の時はとにかく真面目。毎日釉薬の実験をされていた」
(3回目。何度でもいいましょう 笑)
との貴重な大学時分の20先生を知るY口ご夫妻は、

横浜で陶芸教室をされてらっしゃいましてあれこれと陶芸教室のことを聞かせていただきましたが、

「使っている建物はY口家のもので経費がかかっていないからなんとかやっていけるところがあるけれども、家賃まで払っていたらちょっと厳しいね」

ともおっしゃっておりました。


次に場所。どんな場所でも。確かに普通の店舗のような繁華街でなくてもよい場合が多いです。
但し、不便な所は駐車スペースがいります。
勿論、そんなに一遍に来ませんが。


とはいえ土日はたくさんのお方がいらっしゃるのでしょうからある程度のスペースを確保しなくてはいけないでしょうし。

先ほどパラパラと「つくる陶磁郎」の陶芸教室情報を読んでおりましたが、

東京世田谷の教室でも駐車スペースがあるとのこと。ずいぶんな経費になるでしょうね。

叔父が目黒に住んでいたころ、そのマンションの駐車場一ヶ月の代金が、ぱんださんのアパートの一か月分の値段と同じだったことを知り愕然としたことがありましたが(笑)


主宰者の名前で客が来る場合は都会です。
そこそこの地域では主宰者は著名な作家でなくてもOK。
会費は色んなパターンが有りますが、月4・5000円。入会金10000円。粘土代・焼成代といったところです。


値段を知ってしまったがために陶芸教室の粘土の値段にめちゃんこ驚いたことがありましたが、陶芸教室の運営の厳しさも分かってしまったがために、納得なところはあるのですが。


会員はだいたい80人ぐらい居ないと維持できないようです。常時来るのが20・30人。
時々、発表会を開いてサロン化したり、目標を持って作ってもらう。
商売の延長戦で出張陶芸教室をしている人もいます。

老人会・子ども会・婦人会に町の公民館などで、簡易な道具を常時準備しておいて。
全国的にチェーン化している陶芸教室の企業などがある。


小学校の6年生の時に体育館で1クラスずつお茶碗を作りましたが、今思えば仙台市内の陶芸教室のお方が指導してくれたのでしょう。

ちなみにぱんだはかなりこぶりな茶碗を一つだけ作り、母は他の人の粘土をもらってまででかいものをつくったことを思い出します(笑)


当時ぱんださんまったく陶芸に目が開かれておりません(笑)

1クラス35人として、一人頭大体3500円と仮に設定すれば商売としてなりたっていくかなとは思うのですが、しかし一年中あるわけでもないでしょうし、学校の行事に滑り込むというのもなかなか営業その他難しいところがあると思われます。


指導員で働いても条件がきつく、今まで多くのトラブルがある。
簡単に窯や仕事場が使える魅力で就労するのですが、賃金が。
時間単価は良いが、コマ数が少ない。
生活するとなると三箇所位掛け持ち。
客商売で疲れて長続きしない。ましてや、自分の作品創りなどエネルギーを吸い取られ創れず。


陶芸教室に通っていた人のお話ですが、自分でえいえいと作りたいのに、先生が気を使ってくださってでしょうが、もうちょっとこうした方がだとかあれこれと手を出してくれるそうで。

先生としてはもちろんお金をもらっている以上よりよいものを作って欲しいというところなのでしょうが、

自分で作りたいというお人は手を出されすぎるといやなところもあるでしょうし、難しいところなのでしょう。

そのお方に一度ろくろを教えたことがありましたが、ぱんだくんは ほどよくほおって置いてくれるねぇと微妙なほめられ方をしましたが(笑)


作家家業で現金収入で陶芸教室でバイトならOK。
専門校修了生は生活の心配ない主婦ならOK。
生活をするレベルなら経済的に心配ない人。
そんな人少ないですが。
かくかく、陶芸教室で主宰して成功している人も多くはいない。
ましてや、勤務して食べている人などは限られている。
ボランティアならOK。
定年後の地域還元や老人が貴重な社会還元の意味ならこんな楽しいものは無い。
生産の厳しさなく、創る喜びの方向性は色んな展開がある


その子供たちのつくったものだとかを見ると本当にすごい力をもらうそうですね。
創る喜びに満ちているのだと。

ただ焼成したり、釉をかけたりする側にまわるとそれはそれで大変なのだそうですが。
ふーむ創る喜び。
最近産みの苦しみばかりなところがあるので、「純粋に楽しい」ということも大切にしたいものであります。


8位の予定でしたが13位ありがとうございます(笑)

すいませんもうネタがありません

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陶芸展・美術展出品について
入選・入賞するに当たっては、受験と同様です。
過去問の傾向を調査し、確立を高くして望みます。
その展覧会の趣旨を先ず把握する事。
過去の図録を確保して、傾向と対策を練る。
審査員の調査。
入選レベルはここまででOK。


ぱんだは
「いいものであればどこに出してもいいものと評価されるのである」
とどこか謎の自信があったために、あれこれと痛い目にあってきましたが(笑)
無駄に自信をなくすような行動はこれからは控えたいと心より思っております(笑)


折角自分の分身でもある作品なわけですから、できる限りのこと、考えられる限りのことをして評価に結び付けたいものです。


入賞はかつて例の少ない隙間の技法・素材・原料・加飾・焼成・展示方法などを良く考える。
出品前に審査員などコネがあれば見てもらい意見を聞く。
いきなり、TELして見てくれる場合あり。

日頃から近づいておく努力も必要。
所属団体に入っている場合は自分の師匠を通じてのコネクションを有効に使う。

審査員もただの人間です。恐くない。
自分の個展時の推薦文も書いてくれる場合あり。

上司のIさんに創った作品を見せてあれこれどうですかね?どうですかね?
と聞くのですが、優しすぎる人ですので
「ええんやない」「ええと思うよ」
としか言ってくださらないのでこのままではいけないと。

(技法的質問にはしっかりと答えてくださるので本当にありがたいのですが)


ぱんだもっとあれこれとぶつかっていかなくてはいけませんね。
摩擦熱で自分ももっと熱くなりたいし、

ガツガツとぶつかることで余計なものだとかを削ぎたいものです。


とますちゃんが以前コメントをくださっていたけれども、
専門家の人だとどうしても知っているだけにぬるい意見になりがちだと。

まったく陶芸を知らない人から率直な意見を聞くと大切なのでしょうかね?


陶芸展・美術展出品の時であれば、より専門家でしょうし、
本当の実力、より販売の方向であれば、より知らない人に聞くべきなのかしら?


審査員が陶芸作家で息子が居る場合は協力薄い。
審査員が評論家の場合日頃の接触が効果を出す場合あり。

まあ、作品自体に入選をする最低レベルは当然必須。
経験者に出す前に見てもらえばほぼ分かる。

陶歴が必要な世界に行く人は、避けることのできない登竜門。
身近な市民展・県展・地方展から出発の場合といきなり全国公募展に出品する場合もあり。


今回の帰国ではあれこれと時間をみつけて、色々な人に会いに行きたいものであります。


一応来年度の陶芸展はすべて調べて、

製作計画表はすでにぱんださん完成しているのですが、

ここのところ自分の創りたいものと、自分の実力のなさというか、なかなか完成までもっていくことができないところで苦しいところでございます。

最近は世界規模の展覧会に応募。
これば、スライド審査や手続きが面倒です。
しかし、是をクリアーすると入選の確立は結構高い。
これは審査側の思惑があり、一定のその国の入選・受賞の枠が予め決められている場合がある。


国内では内容はともかくネームバリューは結構いける。
国際的な陶芸展は日本・韓国・スペイン・イタリア・オーストラリア等などかなりやっている。


海外の陶芸展はあこがれるところでありますが、輸送費やらあれこれと考えると二の足を踏むところがありますね。


とはいえぱんだの場合日本の陶芸展に出すことにしても輸送費かかってしまうわけですから一緒といえば一緒ですが。


日展・日本工芸会・一水会・国画会・現代工芸・新工芸・クラフト・民芸・女流陶芸といった団体展。

各新聞社主催のもの。毎日(日本陶芸展)・朝日陶芸展。
各地方の益子陶芸展・長三賞陶芸展・有田陶芸展。

各デパートやギャラリーには美術年鑑が有ります。これが作家の作品の値段に一応目安となる場合があります。
是には、出身学校・師事した先生・入選・受賞・所属団体でランクづけされています。

尤も、年鑑は裏があります。お金を多く払えば大きく太く字が表現されます。
また、有名人は無料で掲載されていますが。


ぱんだの陶芸の先生のだんなさんSさんは版画で国画会にずっと出しており、

去年長年の功績が認められて会員さんになられました。おめでとうございます。

ですので、東京にいるときには無料のチケットを毎年もらっておりましたので

上野にて毎年ゴールデンウィークに開催される国画会を、Sさんの息子のFくんと一緒に見に行っていたものですが、

陶芸のコーナーは何度も行っているはずなのにびっくりするほど記憶がなく(笑)

彫刻のコーナーでは
「無駄にでかいだけだな」
だとかでかい口をたたき。


Fくんなど、親父であるSさんの版画の前にて
「毎年たいして変化がないなぁ」
だとか失礼極まりないことを結構な大きな声で語った身の程知らずの我々でしたが


もしぱんださんが国画会に作品を出すようになったら、後ろ指を大いに差していただきたいと(笑)


国画会は以前は帝展ですから、版画部門といえば棟方志功も出品していた訳で

(途中で抜けられてしまったので、今では特に名残らしきものは残っていないのですが)


うらやましい限りであります。

ぱんだはどこをめざしましょうか。


えー。9位どころか13位まで落ちておりました(笑)

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