◆2014年6月17日(火)
午後一番にPETの予約をしていたのですが
母が喘息の発作を起こし、別の病院に付き添って出かけていました。
PETは薬剤を事前に準備するのでドタキャンは出来ない、
と以前どこかで聞いたことがあったので、
途中で何度か電話を入れると、
「ギリギリまで待ってますから、慌てないで来て下さい。」と
本当にありがたくも優しい言葉。
しかしながらお茶の水駅に着いた時は、
もう最終の受付時間を大きく過ぎてしまっていました。

でも、心のどこかでほっとしていた私。

何だか全てが早くて、
立ち止まって考えたいのに
どんどん背中を押されて進んでいく、そんな気持ちでした。

15時にA先生の診察予約が入っていたため、
駅の反対側のカフェにて時間調整。
検査のために、朝から何も食べていなかったのを思いだし
急に空腹感が…。


サンドイッチを食べながら涙がこぼれてきました。

そんなわけない。
あんなに怪しいところさえガンじゃなかったのに…。

心を寄せ、励ましてくれていた親友の一人に送ったメールです。

≪ごく初期…。
 切り取った部分の一部に細胞の変化があった。
 健康な細胞のなかにいくつか。
 だから更に大きくえぐり取る。
 その際は白板症も一緒に取った方がいい。
 広範囲になる。
 舌に後遺症がでる。
 少しでも回避したいのなら、皮膚を移植する。
 と、いうこと。

 もう、立ち向かうしかないのかな。
 かわいそうな自分に涙してても仕方ないのかな。

 だけど、みんなそう思うんじゃないかな。
 信じられないのです。
 信じたくない、のでしょうね…。≫


ううう、重い。
こんなメールを受け取る側も辛かったはず。ゴメン!
でも彼女には本当にずっと助けられました。

誰にでも言える話じゃないからこそ、
打ち明けられる人がいるってありがたいことです。



15時過ぎに口腔外科外来へ。7回目の通院。


待って、待って、待った。とにかく待たされた。
PET検査を見越しての予約時間だったこともあって、
きっともっと遅くなると思っていたのかな。
待合室にいる患者さんが2周りは入れ替ったかと思います。

そして私、その間ずっと泣いていました。

どうです? これ。

人前であんなに泣いたのは、本当に生まれて初めてでした。
でも、止めようがなかった。
どうしてあの場でなのか、全然説明出来ないのですが、
あとからあとから涙が出てきて、
泣き続けることで、自分が諦める=受け入れる覚悟をしようと
していたような気もします。

他の患者さんたちを不安にさせてしまったでしょうか。
はた迷惑だったと思います。
本当にごめんなさい。

ティッシュが底をつき、メイクも取れた頃、やっと呼ばれて診察室に。
初診の時に座った、一つだけ窓を背にした椅子に座ると
目の前には昨日のCTの画像が映し出され、
何人もの白衣がそれを囲んで見ています。
そしてその中の年配の先生がおもむろに私に近づいてきました。
口腔外科のトップとのことです。

後ろに沢山の白衣を従え、私の舌を見ることおよそ1分。
「大丈夫だよ、シートで。」とつぶやき、そして退場。

果たして、太ももの皮膚移植は消え、
人工皮膚(ネオベール)を使用しての手術となりました。

首と舌(!)を再度エコーで検査したあと、
A先生と二人になって、やっと気持ちが落ち着いてきました。
手術の方針や考えられる後遺症など、改めて説明を受けたのですが、
またもや涙が止まらない。
そして言われてしまいました。

「心療内科、紹介しましょうか?」




この夜、一人で改めて「病理診断レポートを」精読しました。

納得しました。

やっと自分が「舌ガン」であることと向き合うことが出来たようでした。




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6月17日 抜糸後4日目
傷口はきれいに治っています。










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